第80話 魚人族の青年
「ふぅー」
ビーチの端にあるアーチ状の岩のトンネルを抜けた先にある人気のない砂浜。
そこの近くにある岩に腰かけてタバコを吸ってるカイは口から白い煙を吐き出していく。
先ほどまで乙女達プラス女神にいいように弄ばれていて、<実像分身>を使ってこんな所まで逃げてきたのだ。
眩い日光が白い砂浜と海を照らしていく。とても穏やかな一日であることには間違いない。
されど、相変わらず心の休まりどころがわからない状態のカイ。
休憩がてらに久しく吸っていなかったタバコを吸ってみれば落ち着くかと思えば、むしろ落ち着いた脳がいつまでも過去の思い出に浸るばかり。
「こんな所でタバコを吸っていたんですか?」
「シルビア.......どうした?」
すると、そんなカイにとことこやってきて声をかけてきたのはシルビアだった。
シルビアはカイの横に座ると口火を切る。
「タバコは吸えば吸うほど死期が早まるそうじゃないですか。この世界に来て4箱は空けていますよね?」
「地味に数えてやがったのか......いいんだよ、俺は。別に死期が早まろうと生きてるうちに残りの連中が見つかればそれで」
「それは遠回しに自らの死に対して執着が薄く、さらには彼女達の好意に対して否定的という意味になりますが?」
カイは横目でチラッとシルビアを見た。シルビアはただじっと波打つ海を、海の上を飛ぶ鳥を見ている。
そして、カイは視線を海に戻すと答えた。
「ま、現状はそうとしか言えんな。もちろん、純粋に好きでいてくれていることは知っている。
俺のあの空いた心を埋めようとしてくれていることも。
だが、その中で隠された本心はもう元の場所には戻れないというホームシックからの心のよりどころを求める動きからだ」
「......」
「特にソラはその意識が強いと見てる。
口に出さないだけであって、きっとあいつの記憶は高校の他愛もない会話をしていただけの時から動いてないんだ。
今見てるのはこの世界に適応しようと努力した別の記憶......いや、記録と言った方が正しいのかもな。
だからこそ、俺に好意をぶつけることで残した家族への想いをかき消そうとしているんだ」
「なら、エンディさんは? 彼女は違うと思いますが」
「エンディには志渡院佳という記憶がある。恐らくそれがソラと同調してそのように思ってしまっているのだろう」
「......それは彼女達が言ってたんですか?」
シルビアはカイの方を向いて告げた。その真剣な視線にカイは横目で目を合わせるとそっと頭を撫でていく。
それから、タバコを消して羽織っているパーカーのポケットに両手を突っ込みながら、波打ち際まで歩き出した。
波打ち際の前で立つとじっと遠くの水平線を眺め、先ほどのシルビアの質問に答えていく。
「言ってない。所詮は全て俺の妄想さ。だが、そうあって欲しいと思ってる」
「それはなぜ?」
そう聞いた瞬間に、カイは振り返った。そして、その顔を見たシルビアは思わず目を見開く。
「そりゃ――――俺はこの先の旅でいずれ死ぬだろうからな」
カイは笑っていた。とても穏やかで、されど寂しそうで、まるで子供に優しい嘘をついてそのまま戻らない親のようなそんな感じ。
シルビアの心中にとてもつもなく複雑な何かが生まれた。その何かはとても冷え切っていて、濡れている。
「そ.......それはどうしてですか?」
胸の複雑な何かが口から勢いよく飛び出しそうになった。
しかし、それをグッと飲み込むといつもの淡々とした口調で聞き返す。
その質問にカイは「来ると思った」とでも言いたげな顔を少し見せると前を向いた。
「前回の戦いではまぁ、まだ余裕を持って戦えたが、当然次が同じであるとは限らない。
そして、いずれは敵の総大将であるフォルティナとぶつかる時が来るだろう。
そうなれば、俺は命を賭して戦うことになる。
この道は俺の目的を叶える上では避けられない道だ。
もちろん、簡単に死んでやるつもりもないが、そうでも覚悟してないときっと手が鈍るって思ってるだけだ」
「それだけが理由じゃないでしょう?」
「まぁ......ん? 何か流れてくるぞ?」
するとその時、カイは遠くから木の板に乗っかった何かが並みの動きに合わせて近づいて来るのに気づいた。
そして、それが肉眼でハッキリと見える距離まで来ると目を見開く。
「人だ! それも恐らく人間みたいな容姿だが人間じゃない!」
「パパの視界にリンクして見た所魚人族のようですね。海で自在に活動できる特殊な種族です。しかし、そんな魚人族がどうして流されて.......」
「そりゃ何かがあったとしか言えねぇだろう。シルビアは空を連れてきてくれ。俺はアイツを回収しに行く」
「わかりました」
シルビアはソラ達がいるビーチまで走り出すとカイは<空力>で空を走っていく。
そして、その魚人のもとまで行くと抱えてもとの場所まで戻ってきた。
すると、タイミングよくソラも来たのですぐさま魚人の青年を見てもらう。
その青年の体には複数の切り傷があり、腹部には大きい傷跡があり血もだいぶ流れている。
「だいぶ出血が酷いけど、傷を塞げばまだ大丈夫。任せて、必ず助けるから――――天使の息吹」
ソラは青年の体に両手をかざすとそこから優しい白い光のオーラを当てていく。
すると、その光は全身を包んでいき、傷跡はゆっくりと塞がっていく。
それに伴って青年の苦しそうな顔は消えていき、呼吸もゆっくりと安定したものになっていった。
「これで一先ず大丈夫。といっても、血を回復させるためにしばらく安全な場所で安静させた方が良い」
「そうか。なら、俺が運ぼう。ありがとな。すぐに来てくれて」
「どういたしまして。さ、今は早くその人を運ぼう」
*****
「うぅ......ここは?」
しばらくして、港町のカイ達が止まる宿のベッドで魚人族の青年は目を覚ました。すると、青年にソラが話しかけていく。
「大丈夫? 気分は悪くない?」
「あなたは......天使? そうか、俺は死んでしまったのか......」
「え!? そんな私は天使なんかじゃないよ。それに死んでないから安心して」
「そうね。ソラは天使じゃなくて女神の方だからね」
「そうか、女神様か。俺は女神様に助けられたんだな」
「ちょっと、エンディちゃん! 変な誤解しちゃったじゃん!」
ソラは頬を膨らませてエンディに怒るが、エンディは「何が間違ってるの?」とでも言いたげな顔で首を傾げた。
そんなエンディの反応にソラはカイ達に反応を求める。それに対し、カイ達は困った様子で顔を見合わせるとキリアが答えた。
「まぁ、実際間違ってないですしね」
「今のソラはソラであり、女神ルナリス様でもあるし」
「エンディさんは何一つ間違ってないと思いますよ」
「えぇ~~~~~」
後からカイ、シルビアの後方射撃もあってソラは不満そうな反応をしながらも、現状に何も言い返せなくなっていた。
すると、青年が胸に苦しそうに手を当てながらソラに尋ねた。
「女神様、一目見た瞬間胸に込み上がるどうしようもない熱はなんだろうか?
全身にグツグツと煮えたぎったお湯が流れていくように全身が熱くなっていくのは?」
「え、え? そんな症状聞いたことないな。一応あらゆる症状に対して病名と治療法は頭に入れてあるんだけど」
「それはすごいな」
ソラの努力の証が垣間見えるような発言にカイが感心している一方で、キリア、エンディ、シルビアの三人は先ほどの青年の言葉に対して密かに顔を見合わせていた。
そして、エンディが青年の近くに近づいていくと提案する。
「ここは一つその胸の熱を言葉にして伝えてみるのはどう? きっと言葉は勝手に溢れてくるから」
「......」
「......? どうかした?」
「いいえ、ここは正しく天国かと思っただけだ。確かにあなたの言うとおりだ」
青年は上体を起こすとそのままスッと両手を伸ばし――――二人の手をそっと掴んだ。
「「え?」」
その突然の青年の行動に思わず固まるソラとエンディ。すると、青年は言われた通りに言葉にして伝えた。
「私はあなた方二人に恋に落ちました」
「「え?」」
「それは正しく青天の霹靂と言うにふさわしく、海流が激しく私を飲み込んでいくが如く感情の波で私の胸を襲っています」
「「ええ!?」」
「おふたがとも白きつや肌はまるでサンゴク諸島の幻の秘境である白き砂浜のようで。
黒髪の女神様の大きな目に小動物を思わせる柔らかさの感じる顔は実に愛らしく。
青髪の女神様の凛とした顔立ちにスッとした鼻筋、それから竜人族であるが故の無駄のないプロポーションは正に美の象徴」
「「えええ!?」」
「どうかこの魚人族の第2皇子ルフト=フリュナークの妻になってはいたただけないでしょうか?」
「「ええええぇぇぇぇぇーーーーー!?」」
魚人族の青年ルフトの熱のこもった告白に普段は反応の大人しいエンディすらもソラと一緒に声を上げて驚いた。
その真摯なる瞳に乙女二人は思わず顔を赤らめながらどう反応したらいいものかモジモジしている。
そんな二人の様子を見ていたシルビアはカイへと尋ねた。
「なるほど、これがNTRですか」
「いや、NTRじゃないから。そもそも恋人じゃないしね。しかし、良い青春してるじゃないか」
「なんともおじさんくさいセリフですね。いえ、おじさんでしたね。
にしても、この調子じゃ不味いのでは? 相手はどうやら王族らしいですし、玉の輿に興味のそそられない女はいないと聞きます」
「それどこ情報よ。ま、決めるのは俺じゃないし。にしても、今はまだ気づいてない様子だけど、もしキリアにも気づいたら......ってキリア?」
「......え、あ! 何でもないですよ!」
一瞬キリアが嫌そうな顔をしていたような気がしたカイであったが、本人が否定するので気にしないことにした。
すると、シルビアからつんつんとされて振り返ってみれば、指を指してるのでその方向を眺めてみるちと――――ソラとエンディがなにやらムッとした表情でこちらを睨んでいる。
そのことにカイが首を傾げた瞬間、二人の感情がプチッと切れたのか二人してカイを指さし大声で告げた。
「「私達にはすでに夫がいますので」」
「......え?」
「そ、そんな......おっさんに負けるなんて......」
そこからルフトの複雑に傷ついたプライドが立ち直るまでに十数分の時を要した。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




