第79話 必要休息
「わぁっ! 冷たい!」
「気持ちいい......」
「初めて見ました......ん、聞いた通りしょっぱい」
三人のうら若き乙女達が波打ち際で足首あたりを見ずに触れながらキャッキャッと楽しそうな声を上げている。
黄色いフリルのついたビキニのソラ、大胆な白一色の同じくビキニのエンディ、淡い緑色のワンピースタイプの水着を着たキリアの三人の圧倒的な可愛さ高レベル空間は周囲の男達の目をくぎ付けにするほどであった。
そんな三人の声を聞きながら片やビーチパラソルの下に日焼けするセレブが使うような白い椅子に寝そべりながら心地よい海風に目を細める親子。
水着の茶色いズボンに水色のパーカーを着ているカイと赤をベースとしたイチゴの柄がデザインされたワンピース水着を着て、さらにはサングラスまでかけているシルビアがそこにはいた。
なぜ彼らがそんな状態であるかを簡単に説明すると数日前、カレットマリンに向かう貨物船を見つけたため、その船に乗らせてもらうこと交渉に向かいそれはあっさりとクリアしたのだが、その船の乗せる荷物がまだ全て届いていないらしくすぐには出発できないとのことだった。
故に、出発できる日までカイ達は待機中となっているのだ。
もちろん、その数日でも事態に変化が起きる可能性があるとカイは危惧し、すぐに行動しようとしたのだが、それはエンディ達に止められた。
彼女達曰く「カイには精神的休養が必要である」と。常に切迫しているような心の持ち方をしていたらこの先いつかはそれが原因で崩れてしまう可能性もあるから、と。
カイを思っての彼女達の言葉を受けてカイは了承したように現在の快晴の空のもとで輝くビーチにいるのだが、一見のんびり寝そべっているようであっても精神をコネクトしているシルビアには理解していた。
「パパ、微塵も心が休まってないですね。むしろ、罪悪感に駆られてるといいますか」
「そりゃまぁ、今も仲間が大変な目に合ってるかもしれないってのに自分だけのんびりしてていいのかって思ってさ」
「そう言うならば、パパが一体いつのんびりしていた時間があったと?
パパはこの世界に来てからずっと仲間や家族を思って行動し、それと同時に多くの人達を救ってきました。
神の使いとの戦いもあり、つい先日なんてフォルティナ様の直属護衛である神影隊の一人と殺り合いました。
そうでなくても、パパはこの世界に来る前から通常業務とこの世界へと渡る方法にほとんどの寝食を削って探していた記憶があります。
確かにのんびりと言えばそうなのかもしれませんが、これは今後の効率を上げるための必要休息と言えます」
「必要休息ね......あれか、昼食を取った後って眠くなりやすいから仮眠とって目をスッキリさせて後の業務に勤しむって感じか」
「規模もやってることも全然当てはまりませんが......要はそう言うことです」
カイの微妙に理解してるか怪しい言葉にシルビアは思わずサングラスを傾けて睨むような目を向けるが、すぐに放っておくように寝そべっていく。
すると、カイが先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、どうしてさっきからサングラスかけてるの?」
「私はこう見えてもセレブですから。なんせ神に作られし存在ですし」
「別にセレブだからサングラスをかけるわけじゃないんだが......」
そう言いながらチラッと見てみれば幼児が親のサングラスをいっちょ前につけているような感じでしかなく、端的に言えば似合ってない。
とはいえ、それを指摘するのは野暮というもんであろう。
本人が気に入っているのであれば、それ以上何かを気に掛ける必要も無かろう。
そんなことを思って目線を元に戻すと同時にひょいっと顔が現れて、濡れ髪からポタポタと雫が落ちてカイの顔を濡らしていく。
「か~いちゃん」
「空......顔にかかってるんだが」
満面な笑みを浮かべたソラがカイの顔を覗き込むようにして見ている。
髪以外も濡れているので先ほどまで泳いでいたのだろうと思われるが......
「拭くならちゃんと拭きなさい」
「もう、子ども扱いして。私、こう見えても戒ちゃんの幼馴染で同級生なんだよ?
それに好意を持っている相手にそう言うこと言われるのは悲しいからやめて」
「わかったから。怒りながら顔を横に振るのやめて。濡れ髪が暴れて雫が顔にかかりまくってるから」
そんな様子を見ていたエンディは二人に近づいていくと会話に参加してきた。
「あーあ、カイの顔が濡れてしまったー(棒)。これはもはや全身濡れたところでさして変わらないだろー(棒)」
「......エンディ?」
「そうと決まれば早速泳ぐ準備を始めないとですね。スタンドアップですよ、カイさん」
「キリア?」
ソラとエンディにそれぞれ手を掴まれると強制的に立たされるカイ。
そして、キリアが手早くカイのパーカーを脱がしていく。
それから、エンディがカイの腕を掴むと告げた。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「え、ちょ、待っ――――」
エンディは片手でカイの腕を持ち前に引っ張って前のめりにしていくともう片方の手をカイの腹部に押し当てて持ち上げた。そこから一気に海に向かってぶん投げる。
カイは空中で体勢を整えながらとっさに空中に足場を作って止まろうろする。しかし、その時にはすでに次なる手が。
「チッ、やっぱり入らなかったか。なら、キリア。任せた」
「オッケー、エンディさん。風爆弾矢」
「まさかの二段階!?」
キリアが撃ち出した先端が膨らんだ矢は山なりに飛んでいき、丁度カイの頭上に向かっていくと弾けて暴風を巻き起こした。
それによって、カイの体は風で下に落とされる。しかし、カイは海面ギリギリで止まることに成功した。
「くっ、さすがカイさん。やはり一筋縄ではいきませんね」
「これで決まれば良かったが......仕方ない。最終フェーズに移行する。準備はいい?」
「もっちろん! この身に賭けてカイを海に落とす! 私は! カイと! 海で遊びたい! んだあああああ!」
「さらばだ、友よ」
「待っててください。すぐに向かいますから」
と、まるで戦地に自爆特攻しに行った友人を見送る味方兵士のような演技をするエンディとキリア。
そして、勇敢もとい全力の下心で飛び出していった自爆特攻兵ソラはそれはそれは全力で砂浜を駆け抜けていって、波打ち際に来るや思いっきりカイに向かってダイブした。
その距離およそ2メートル。随分な距離に思われるが身体強化したソラには十分届く距離である。またその距離は次第に縮まっていく。
「やるな。だが、俺も負けられないな」
「なっ!?」
カイは空中を蹴って咄嗟に横にスライドするように移動した。
それによって、ソラの直線状にカイはおらず、捕まえることも出来なければ距離はどんどん離れていく一方。
しかし、ソラには未だ秘策があった。
「戒ちゃん、やっぱり一筋縄じゃ行かないと思ってたよ。だからこそ、信じてたよ、その行動を。お願い、ルナリア様!」
「任せてー!」
その瞬間、意識が切り替わるようにソラの瞳には五芒星が宿る。
そして、その体の主導権を受け取ったルナリアは片手をカイがいる方とは反対側に向けるとそこから魔力のみの衝撃波を撃ち出した。
それによって、ルナリアの体は90度曲がっていき、その直線上には意表を突かれたカイがいる。
「え、マジ――――」
カイの苦笑いを最後にルナリアにダイブホールドされるとそのまま自重で海の中へと沈んでいった。
海に沈んだカイは背後に水面に揺らめく太陽をバックに抱きついたままのルナリスを見た。
ルナリスと目が合うとすぐにニコッと目を細めて、ダイブホールドの際に首に絡めた腕を引き寄せてカイにより密着していく。
それによるいわば未だ発展途上ともいえるが十分な柔らかさを持った実りを上半身の肌に感じて多大な犯罪臭のする罪悪感に駆られながら、カイは海面へと浮上した。
「「ぷはー」」
二人とも盛大に息を吐き出すとしばらくと呼吸整えののちにルナリスはカイに聞いた。
「どうでしたか? 乙女達の連携したアタックは?」
「完敗ですよ。なんせこうして海に使ってるんですから。まさかルナリス様も関わってるとは思いませんでしたが」
「あらー? 私も乙女ですから関わっていて当然だと思っていましたが?
もしかして、この世界の創生から生きている私は乙女とは認識してくれないのですか?」
「......ノーコメントで」
カイは知っていた。女性に年齢に関する話を受けた際には取り合ってはいけないと。そこに答えはない。あるのは地雷原のみ。
そんなカイが引きつった顔で目を背ける様子を見ながらルナリスはクスクスと笑い、そっと頭をカイの肩に寄り掛からせるようにして告げた。
「カイさん、どうにか落ち着いて下さい。逸る気持ちは時に大きな取り返しのつかない結末を引き起こす要因になります。
いくらポーカーフェイスが上手くなろうとも、あなたを見ている人はしっかりと見抜くものですよ」
「.......ですね。ルナリス様にも気を遣われるとはいよいよみたいです」
「カイ様の気持ちもわからなくはないですから。そう考えることもまた必然です。
ですので、ここは愛も司る創造神として一つ癒しの術を――――」
「待った待ったー! ルナリス様! たとえ神様であってもそれ以上のべたつきは許しませんよ!」
その時、ルナリスの片目から五芒星が消えてソラの意識が表に現れ始めた。そして、二人は一つの体で口喧嘩していく。
「いいじゃないの~これぐらい。若い子から若い成分を感じたいのよ」
「ダメです! カイは私のもの......には出来なかったですが、それでも私の大切な人ですから!」
「え~、ソラちゃんってばカイさんの側室狙ってる割には随分と他には厳しいんじゃな~い? それはちょっと違うんじゃないかな~」
「ぐぬぬぬ......定員はありますぅ! それにただからかいたいだけにそう言うこと言わないでください!」
「ふふふっ、つい反応が可愛くてね」
「あ、あの......いい加減離れて――――」
「その会話ちょっとまったー!」
そして、飛び込んできたのは傍らにキリアを抱えたエンディであった。
そのことにカイは「え?」と呟き、キリアは「きゃあああ」と叫びながら、エンディ達によってカイとソラ(及びルナリス)は再び海の中へ。
それから、再び海面へ上がればやんややんやとカイを挟んで会話を始めていく。
そんなカイの姿を見ながら「パパ乙」と寝そべっていたシルビアは不意に別の海岸に何かを感じた......が、めんどくさいので後回しにしたのであった。
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