第59話 地下闘技場
「さーて、今宵も盛り上がりが耐えないこの地下闘技場で新たな挑戦者の情報が経った今実況席の方へとやってきました!
しかも、その情報元はなんと! このカジノの総責任者であるガブト氏からの推薦状とのことです!」
「え、ウソ!? なんのサプライズ!?」
「まさかガブト氏がこんな粋なことをしてくれるとは......しかもガブト氏直々に推薦付きなんて」
「ガブト氏が自ら見出した挑戦者だ。一体誰なんだ?」
司会者の言葉に観客席の貴族達はどよめき、その言葉に対する様々な意見が飛び交っていく。
加えて、その意見はどれもこれもが期待と言った感じで興奮が冷めやらない様子であった。
そんな貴族達の期待を更に煽るように司会者は会場のボルテージを上げていく。
「ガブト氏からの情報によるとその者の強さは未知数。
それは上下どちらともいう意味でありますが、このカジノの総責任者であるガブト氏が我々の期待を裏切ったことがございますでしょうか?
否、常に観客である我々のことを考えてくれているガブト氏が自信もなくこの推薦状を送るはずがありません!
つまりは盛大に期待してもいいということです!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
司会者の言葉は貴族達の心の火に油を注いでいくような感じで、その油に焚きつけられた貴族達は更に興奮していき会場の熱気に拍車をかけていく。
会場の雰囲気が温まったことを確認すると司会者は盛大に選手の名前を呼んだ。
「それでは来てもらいましょう! ガブト氏からのお墨付きの推薦者であり無名の挑戦者――――カイ=ニイガミイイイイィィィィ!」
結界内の闘技場の端から演出のように白い煙が炊かれるとともに上がった鉄柵か上裸でスーツのズボンを履いたたくましい肉体を露わにしたカイが現れた。
カイは両手につけた指ぬきグローブの感触を確かめながらカイの登場に盛大に声をあげる客席を見渡した。
その目的は会場にいるエンディとキリアでしっかりと客席に座っていることを確認すると安堵の息を漏らす。
「さて、対する挑戦者はこの地下闘技場においてのランキングで上位者に行くための登竜門と呼ばれているこの人物――――バイゼル=グラッディイイイイィィィィ!」
カイの正面の入り口から同じように煙の奥から屈強な肉体をした一人の男が現れた。
その男は慣れた様子で観客席に手を振りながらゆっくりと歩いていく。
そして両者がそれぞれ戦闘開始位置につくとバイゼルがカイへと話しかけた。
「全く、嫌になるぜ。この妙な噛ませ犬感って奴がな。
あのガブト氏からの推薦状を受けた奴だ。生半可な奴じゃないんだろうが......俺は噛ませ犬で終わる気はないんでね。
申し訳ないがここでお前には退場してもらう」
「ガブトさんのメンツを潰すことになってしまうが?」
「それこそ俺には関係ねぇ事だ。俺達はただ戦う。お前もその目的出来たんだろ?」
「残念ながら俺はそんな野蛮な人間じゃないんでね。ただ......俺は俺の目的のために戦わなければいけないだけだ」
「へっ、そうかい」
その時、司会者の「それでは試合を開始いたしましょう!――――始め!」というアナウンスと共に盛大に銅鑼の音が会場に響き渡った。
その音に完璧なスタートダッシュを決めたバイゼルはボクサーのようなファイティングポーズをしながら右拳を大きく引いていく。
「だが残念だったな! 俺はテメェのような戦い以外の目的を持ってここに来た奴に負けたことがねぇ!
ここは好戦的な奴らが集まった生きるか死ぬかの煉獄の地だ!
死にたくなかったらこの一撃で退場するんだな!」
「そうか。なら――――ここでお前の無敗記録は終わりだな」
カイは左手をポケットに突っ込むと人差し指と中指を揃えた右手をバイゼルの動きに合わせて突き出した。
そしてその指がバイゼルの振りかぶったストレートよりも先に額に届くと技を発動させた。
「天結」
―――――ドンッ
その僅かな衝撃音が鳴り響いた時、会場にいたエンディとキリア以外の観客全員はその一瞬の出来事に瞬きすら出来ずにいた。
たった指二本触れただけのバイゼルがカイに攻撃を当てる前に吹き飛んでいるからだ。
頭を大きくのけ反らせて、やって来た方向とは反対側へと死に体のまま進んでいく。
そして背中を打ち付けるようにバイゼルは地面へと叩きつけられ、そこから白目を剥いたままピクリとも動かなかった。
一瞬過ぎるその出来事に会場は一時無音の時間が続く。
その時間は観客にとって何が起こったか理解するまでの時間であり、やがてその意識が追い付いたのかその一瞬に魅せられた会場は一気に沸騰した。
「「「「「おおおおおおお!」」」」」
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が全体に響き渡っていく。
同じように興奮した司会者も思い出したように慌てて試合終了の銅鑼を鳴らした。
「し、試合終了~! なんということでしょう!
挑戦者に対しては数々の無敗記録を誇ってきた通称“期待殺し”バイゼル選手が一瞬にして敗れてしまったああああああ!
私も一言も発せずに試合が終わってしまったことに動揺が隠せません!」
司会者が胸に宿った熱量をそのままに熱く語っていく。
そのアナウンスを聞きながらカイの試合を様子を見ていたキリアは苦笑いをしながらエンディに話しかける。
「なんというか......心配という言葉がいらないほど一瞬の出来事でしたね」
「まぁ、カイだから。カイに一般人が勝てるはずがない」
「バイゼルという選手もそこそこの選手でしたが、パパと比べるとやはり次元が違いますからね」
二人の話に混ざるようにエンディの肩に座っている小さいシルビアことミニビアが話していく。
そして「しばらく茶番に付き合わされますよ」と告げると三人してカイの試合を眺めた。
ミニビアの言う通りしばらく同じような展開が続いた。
バイゼルよりも強い挑戦者が現れては瞬殺されて会場は盛り上がり、その選手よりも強い者が現れては瞬殺されetc......。
時折、選手ではない明らかに狂暴化して調教された魔物が出てきたがそれすらもカイは無傷&一撃で倒すので会場のボルテージは爆上がり。
カイ的にはさっさと目的のために終わらせたくてやっているのにまるでカイの試合に対しての賭け金を集めるように仕組まれた試合展開に釈然としない顔を浮かべている。
しかし、もとよりガブトとはそういう契約のもとでこの試合に参加しているので文句は言えない。
そのことがカイの釈然としなさに拍車をかけていた。
だがカイがあまりにもあっさりと倒すその光景はやがて会場のボルテージをあげるのも限界がやって来た。
当然だ、スカッとするような力の差をハッキリさせたような一瞬の戦いも一興だが、貴族という基本戦いから離れたような人々が求めているのは自分達の知らない血飛沫が飛び、両者とも互角に殴り合うような激しく刺激的な試合――――否、死合である。
そんな会場の空気を敏感に感じ取ったガブトはとある一人の男を試合に出すよう指示をした。
その情報は司会者の所にも届き、それを聞いた司会者は慌ててアナウンスする。
「こ、ここでガブト氏から重大な情報が舞い込んできました。
ななな、なんと! 本日この地下闘技場にあの伝説の王者であるRがここにやって来ているとのことです!」
「Rだって!? 本当かよ!?」
「え、ウソ!? あのR様が!? あぁ、愛しのR様」
「おいおい、こんなイカれた強さの挑戦者にあのRさんをぶつけるとか俺達をどんだけ興奮させてくれんだよ!」
謎の選手「R」という人物がこの地下闘技場にやって来ている情報が会場に伝わると瞬く間に騒然となった。
その声色は歓喜・興奮といった感情で一色で観客席を見たカイが魔眼で判断しなくてもわかるレベルに熱気で湧いている。
「あの伝説のR選手はなんとすでに準備万端の様子です!
ならば、この地下闘技場に殿堂入りを果たした我らが熱き戦いの象徴の名を呼びましょう!」
司会者自身がその会場のボルテージに当てられて選手の口上を述べていく。
「突如彗星の如くやって来た無名の挑戦者にして、この地下闘技場の猛者を次々と瞬殺してきた絶対強者に対して挑むのはやはりこの男しかいない!
甘いルックスでありながら次々と強者を倒した数はまさに山の如く!
余裕の笑みを浮かべて相手を恐怖の笑みに染め上げた無敗の王者アールウウウウゥゥゥゥ!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
会場は爆音が鳴り響くが如くに歓喜の叫び声が周囲か上がってくる。
貴族の誰もが席を立って拳を突き上げ、「アールゥ!」と選手の名前を何回も呼んでいく。
その声をうるささはエンディとキリアが全力で耳を塞ぐことに努めるほどであった。
そんな熱気に包まれた中で入り口に焚かれた白い煙の奥から「R」と思わしき一人の選手がゆっくりと歩いてきた。
その人物を見たカイは思わず驚く。どんな巨躯をした男かと思えば――――カイよりもやや身長の低い黄緑色の髪をした青年であったからだ。
見た目はおよそツバサと同じぐらいの十七歳ほどで細目をして常にニコニコしたような笑みを浮かべている。
観客に手を振りながら歩いていくRはカイの間に立ち止まると話しかけた。
「あなたが私の相手ですか。なんとも強そうな方ですね」
「それはこっちのセリフでもあるな」
カイは今までの試合の中で一番に警戒心を向けた。
感じ取ったのだ、少年が放つ実力の底が見えないことを。
そんなカイの心とリンクするように観客席に座るミニビアもRという選手に嫌な予感を感じた。
「何者なんでしょうか、あの少年は」
「どうしたのシルビアさん?」
「明らかに他の選手とは違う......異質な空気を纏っています。しかもこの感じ......隠すこともせずにわざとさらけ出しているように。
戦いにおいて時には実力を隠すことは立派な戦略なのですが、あの少年はまるで全力でぶつかってこいと言わんばかりに闘気を剥き出しにしています」
「確かに......でも、大丈夫。カイならきっと」
エンディはそう信じるようにされど観客席にいる自身にすら感じる肌のピリつくようなRの闘気に一抹の不安を抱えながらカイの様子を見守った。
一方、カイ達の方でも僅かに動きがあった。
「私は実はずっとあなたのことを楽しみにしてたんですよ。
だから、是非とも感じさせてください――――あなたの実力を」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




