第54話 初の受ける側
突然の広場での爆発後、その近くで唯一行動できていたカイは帝国騎士中隊長であるミュゼに拘束され、城近くにある騎士団本部へと連れていかれた。
そのまま取調室のような部屋に入れられるとその場にある椅子に座らされていく。
それまでのことに対して、カイは従順に従い続けた。とはいえ、やはり思うことはある。
「(まさか自分がこっちの立場になるとはな......)」
カイは二本では自分が警察官であるが故にそういう取り調べの経験をしたことがあるが、さすがに受ける立場になったことはないので少しだけワクワクしていた。
とはいえ、現状況的にはカイは容疑者候補としての重要人物の立場なので不用意に疑われる行為は避けなければならないだろう。
それから少し待つとミュゼが一つの水晶を片手に持って現れた。
「すまない、少し準備で遅れてしまった」
そう言いながら腰を掛けるとまず初めにカイに告げたことは感謝の言葉であった。
「まず大人しく取り調べに付き合ってくれたことに感謝する。
なぜか騎士団の存在はたまたま事件現場に居合わせた無実の人にまで逃げられてしまう始末だからな。
するとその無意味な逃亡から疑いが生じて調べる必要が出てきてしまう」
「少なからず無実の罪であろうとその人が事件の目撃者であればどのみちその当時の状況を確認するために取り調べる必要はありますけどね」
「うん、確かにそうだな......っと随分と詳しいな。
もしかして元は私達と同じような立場だったのか?」
「とりあえず似た様な立場ということだけ」
カイは自分が疑われる証拠は何もないのでスラスラと返答していく。
その受け答えにミュゼも気軽に接してくれるせいか取り調べにしては割に明るい空気であった。
しかし、ミュゼは時折チラッと水晶を見て確認している様子も見られる。
「とりあえず、あなたのことは簡単に調べさせてもらった。
あなたは連れの方と昨日入国しているようだが、それ以前の経歴があまりにも存在していないのだがこれは?」
「俺はここから遥か遠くの島国からやってきた者で移動していればいずれはどこかの街に辿り着くだろうと思っていれば結局つい最近のカイサルについたばかりで」
「なるほど、カイサルで.....」
その瞬間、水晶が僅かに光る。
それを見たミュゼは何かを理解するように頷きながら言葉を投げかけていく。
「......咄嗟に調べられる情報にはさすがに限界があるようだ。
さすがの私も海の向こう側出身の者を調べられる力はないしな。
これであなたに関する情報は簡単に確認させてもらったので、次は本題となる先ほどの事件について確認させてもらおうか」
そしてミュゼは当時の状況をカイに話すよう促すとカイはそれまでの経緯を余すことなく話していく。
それを聞きながらチラッと水晶を確認するミュゼは光らなかったことに少しだけため息を吐いた。
「なるほど、あなたの体質的な問題で周囲にバラまかれた痺れ粉は効かず、さらに魔法を反射できる剣を使ってその場に会った光の球体を上空へ弾き飛ばしたと」
「ま、聞いてる限りじゃ確かに出来過ぎた話とも言えますがね」
カイは苦笑いを浮かべながらこの場の空気が酷く暗くならないように努めた。
やはり暗い空気での思考は負の感情に引っ張られがちになり暗い思考になりがちというのもあるが、単純にカイが暗い空気が苦手というのもあっただけである。
その話を聞いたミュゼはあごに片手を添えると何かを考えるかのようにもう片方の人差し指でトントンと一定のリズムを刻みながら、視点を机に凝視させている。
それからしばらくして、椅子の背もたれに寄り掛かって大きく息を吐くとカイに近くにある水晶を持ってきて尋ねた。
「実のところを言うとな、こういった事件は今回だけじゃないんだ」
「今回だけじゃない? ってことは前にも似た様な事が?」
「あぁ、最初はスラム街とかでの犯罪者を捕まえる自警団的なものだったが、だんだんと過激になっていてな。
前はある貴族の屋敷が爆破された。そして今回が......あの広場での巨大爆発であったわけだ。
上空で見た爆発の規模からしてそれが地面に広がっていれば間違いなく周囲に大損害が出ていただろう。
だからあなたがその爆発を上空へ流してくれたことには非常に感謝している」
「それはまた......随分な過激行動ですね。さらに言えば今回が失敗したことでより用意周到に計画された同時犯行が行われる可能性もあるといえるでしょう」
「そうだな、それは確実に視野に入れて動かねば確実に後手に回る。
『再会の空』か......ほんと可愛らしい名前の割には物騒な連中だ」
「『再会の空』......? それが今回のテロ行為を行った奴らの連中か?」
「聞き覚えはあるか?」
「いいえ、ないですね」
即答するカイの表情を伺いながらミュゼは最後にもう一度水晶を見るがそれが光ることはもうなかった。
すると諦めたようにその水晶のネタバラシをしていく。
「先ほどから気になっていると思うがこれはいわゆるウソ発見器だ。
これをその場に置いておけば調べたい対象者から漏れ出る魔力の揺らぎを読み取って真偽を確かめる。
人は嘘をつくほど魔力の揺らぎが大きくなるそうだから、妙に落ち着きのあるあなたは嘘が上手そうだったので使ってみだが結局ただの紳士だったってわけだ」
「紳士ほど生易しい人間ではありませんよ。俺も己の正義のために人を殺めたことはありますから」
「そういう意味では私とて幾人もの人を殺したことがある。
もちろん、これは帝国のゆるぎない正義のためであるが......結局は建前を除けば私も殺人鬼とそう変わりない」
「より多くの人が安心安全で暮らせるための治安維持活動なんですからもう少し誇ってもいいんじゃないですか?」
「......そう言われると少しだけ救われるな」
ミュゼは立ち上がるとカイの拘束を解いていく。そして水晶を片手に持つとカイに告げた。
「取り調べは以上だ。あなたがテロ組織と関係がないことが分かった今これ以上あなたをここに拘束する理由もない。後はゆっくりとこの街を楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
カイは椅子から立ち上がるとそのまま扉の前に近づいていく。
そしてミュゼが先行して入口までカイを案内するとカイが帰る前に一つだけ質問した。
「そう言えば、あなたの取り調べ中に一回だけ光ったことがあったが......あれはカイサルよりも前に街か国に寄ったということか? ならばどうしてそれをわざわざ嘘をついたんだ?」
「それは単に話を脱線させないために言わなかっただけですよ。
おかげで事件の根本の繋がりは見えなさそうだから見逃してもらいましたけど」
「そう言われるとあなたをもう一度洗ってそれに繋がりがないか確かめる必要なるが?」
「うっ、それは困りますね。では、人助けにカイサル近くの人が住むところに寄ったということだけ」
そう言うとカイは本部前にある門を抜けて出ていった。
ミュゼはその後ろ姿を見ながら片手に持つ水晶を確認するが光る様子はない。どうやら嘘ではないようだ。
「ふふっ、私個人としてはあなたに興味が出てさらに調べたいものだな」
そう呟くと本部内へと戻っていった。
その一方で、カイはミュゼが本部に戻ったのを確認すると大きく息を吐く。
「ふぅー、緊張したぁ~~~~。疑われるってあんなにメンタル来るんだな。悪いことしてないのに」
カイ、異世界にて初の取り調べを受ける。状況的に取り調べを受けることは確実なのだが、この世界でのあまりもの経歴の薄さに序盤ミュゼに素性調査のことを言われていた時にはカイはかなりビクビクしていた。
「にしても、あの水晶がすぐさま魔道具ってわかって更に状況的にアレがウソ発見器だってわかるのが早くて助かった。マジでに日本の漫画に感謝だわ」
というのも、カイはミュゼが取り調べに明らかに異質なものである水晶を持ってきた時、すぐにそれが魔道具であることは理解していた。
されどそれがどのような効果をもたらす魔道具かは理解していなかった。
だがその時、カイのヲタクとしての記憶が過去に漫画で“異世界にやってきた主人公が水晶を使ったウソ発見器で窮地に陥る”という場面を思い出し、正しく状況的にそうだと認識して嘘は言わなかったのだ。
故にこのような完全潔白な釈放がなされたのかもしれない。
疑われるだけでかなりの緊張感なのに、実際にやってしまった時の取り調べとは一体――――
「やめよう。こんな無意味な想像は。もう終わったんだ。それでいいじゃないか」
カイは自分に納得させるように言葉を呟いていくと正面から「おーい」と元気そうな声が聞こえてきた。
その声のする方向に視線を向けてみると大きな犬が二匹――――もといエンディとキリアが小走りで近づいてきていた。
「カイさん、無事だったんですね。良かったです。連れていかれた時はどうしようかと思って......」
「だから言っただろ? 俺は何もしていないし、むしろ俺がやった行動はその場にいた人達が目撃してくれてる」
「だけどそれはそれとして心配なことには変わりない。だから――――おかえり」
「あぁ、ただいま」
犬のように尻尾が揺れているのが幻視出来るキリアに実際に尻尾を振っているエンディの安堵の表情を見て、カイもようやく完全に開放された実感が湧いてきた。
するとカイの背後から「私も忘れないでください」と言いながらよじ登る幼女の声が。
「ま、私はパパのこと心配してませんでしたけど。
とはいえ、カイサルのことを下手に隠して疑われたらどうするつもりだったんですか?」
「え? どうして知ってんの?」
カイは自分しか知らないはずのことを知っているシルビアに驚く。
すると答えを示すようにシルビアはカイのコートの胸ポケットから指人形サイズのシルビアを出現させた。これにはカイもびっくり。
「......なにこれ?」
「盗み、盗み見、盗み聞きとなんでもござれのミニビアちゃんです。これでパパの取り調べは逐一こちらに流れてました」
カイはふとエンディとキリアを見てみれば全力で目を逸らしている。
その様子にカイも思わずジト目になってしまうもので、それを問い詰めると思わぬ返答がされた。
「どうしてこんなことを?」
「そ、それは......中隊長さんが女性だったから......」
「カイのことだから興味持たれて帰ってくるかもしれないと思って」
「え、まさかの女性関係の心配? というか、俺ってそっちの信用なさすぎじゃね?」
カイは相変わらず自分の女たらしみたいな雰囲気が抜けていないことにため息を吐くのであった。
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