第52話 後悔はしつこい存在
「見えて来たな、帝国エステガルデが」
「ほぇ~~~~、大きいですね~~~~~」
バイクで移動中のカイ達は遠くに見えてきた帝国に思わず胸を高鳴らせた。この度がそう楽しいものではないものと理解しつつも、それでも新たなる場所というのは童心のようにワクワクさせるものだ。
周りに堀があり、さらに城壁で囲まれた帝国へと橋を通って門まで向かうと冒険者カードで身分証明を済ませて入国していくカイ達。
そこは前にいたカイサルよりも圧倒的に広く、更に多くの人達の活気で溢れていた。
どこもかしこも騒がしい音や行き交う人々の波で、むしろ止まっている方が邪魔だと言わんばかりに眺める光景は変化し続けている。
「この中から空を探すのか? これは随分と骨が折れるな」
「とはいえ、この世界だと黒髪ってのは珍しい部類に入るみたいだからそれなりに絞れるとは思うよ。まぁそれでも多そうだけど」
「そうなのか」
反応したツバサの意見を聞き入れるとカイはザッと簡単な絞り込み条件を考えた。
「となると、黒髪で十六歳の少女ということか。後は......もう洗っていくしかないみたいだな」
「ま、それすらも簡単に行かなそうだけど」
それそのはず二人の目の前には行き交う人々で常に人の位置が変化しており、その中で黒髪の人を見つけるもすぐに消えてしまう。
加えて、黒髪であったとしても、男性か女性かで変わるし、少女であってもその顔を判断できるのはカイとツバサしかいない。
そこまで二人は同じ結論へと至った。その結果、二人はわかったように会話をし始める。
「これは分かれた方がいいかもな。少なくとも集団で動くメリットはない」
「だな。だとすれば、見つけた場合の連絡手段はどうする?」
「それは一先ずこれからここへ滞在するための宿屋の前とかでいいんじゃね? それに今日はようやく美味い飯が食えるんだ。ちゃんと英気を養って明日からにしよう」
「段取りが大人だなぁ......」
「心は少年、図体は中年。その名も新神戒!」
「すっげぇダセェし、絶対ウケねぇ」
カイの全力のボケは悲しくもツバサによって冷たくあしらわれてしまった。
そのことにそこはかとない気持ちを抱えるカイは少しだけ口数を減らしながら、泊れる宿屋を探していった。
――――数分後
「......なにこれ?」
宿屋を見つけた後、カイが所用で適当に泊る部屋を決めておくことを頼むと――――三人掛けの詰めれば四人寝転がれるほどの大きさを持ったキングサイズベッドが置かれている部屋という形で返事が返ってきた。
その明らかに一つしかないベッドに妙な作為的な意図を感じながらカイは一先ずこの場にいるエンディ、キリア、シルビアの三人に声をかけていく。
「これ......っていうか、この部屋って誰が決めたの?」
そう聞くとエンディがスッと手を上げる。
「私が決めた。何か問題でも?」
「すっげぇ強気の返答が帰って来たんだが」
なぜこの部屋にしたのかということを聞きたいカイであったが、エンディのあまりにも堂々とした立ち姿に動揺してすぐに言葉が出てこなかった。
なので、一先ず軽く深呼吸してもう一度聞いた。
「なんでここなの?」
「最近イチャイチャが足りないと思って」
「最近も何も前からそんなことしてなかったんだが?」
「ならば、新規ということで」
「圧が変わらず強いな」
妙にグイグイと来るエンディにカイは再び困惑してしまう。そんなエンディの変化を知ってそうなキリアとシルビアに目線で訴えかけてみるが、キリアは顔をすでに真っ赤にさせたまま思考が停止している様子でシルビアに至っては見放されたようにそっぽ向かれた。
カイは疲れたようなため息を吐くと一先ずエンディの両肩に手を置いた。その行動にエンディは顔を赤らめてドキッとした様子を見せる。
「エンディ、お前......変なものでも食べたか?」
「......」
エンディ、スッと顔が真顔になる。
「いや~、正直おかしさしかないんだよ。エンディは確かにまぁその恋をしてるわけだが、それでも今までは結構おとなしかったんだ。
それが急にこんなことを切り出すなんてそれこそ思い当たる節がないから、強いて思いつくのが変なものを食ったとかそれぐらいなんだが......」
「......なるほど、ケイちゃんが浮かばれないわけだ」
エンディは呆れたため息を吐くと後ろを振り向いて視線でキリアとシルビアに合図を送っていく。
するとその意図を理解したように二人は部屋にカイとエンディを残して出ていった。
そしてエンディは再びカイに振り返るとベッドへとカイを突き飛ばしていく。その突然の行動にカイは思わずよろめきベッドに座るとその横にエンディが座った。
「ど、どうしたの?」
「少し話をしようかと思って」
エンディの声のトーンはどこか悲しさを帯びていた。普段は相手の表情から感情を読み取る能力をオフにしているカイも今回ばかりは気になって見てみれば“嫉妬”や“好意”、“後悔”という感情を読み取っていく。
「――――私がケイちゃんの記憶も引き継いでるってことは知ってるでしょ?」
「あぁ、それは前に話してくれたからな」
「その記憶がね、私に言わないでいた気持ちも同じように伝えてくるの。いわば、ケイちゃんの内に秘めたる切なる想い」
「そう......なのか」
カイは思わず返答に困った。それは志渡院佳がカイのことをどう思っていたかを知っているから。
だからこそ、大片の想像がついてしまう。好きな人を想い続けたまま儚く消えてしまった少女の願いが。
「当然、ケイちゃんにとって元居た世界から急にここに来ることは予想だにしなかったと思う。
でも、得てして別れというものは突然やってくるもので、その急な別れに対して伝えきれない言葉がいっぱいあった」
「......」
「『こうなると知っていれば言っていた。たとえ結果がわかっていようとも』――――よくある後悔した人の決まり文句だよ。
だからこそ、こういう気持ちになるぐらいだったら前からもっと言っておけばいいと思うの」
「それは......志渡院の気持ちが記憶からよりダイレクトに伝わってくるからか?」
「......そうかも」
エンディはゆっくり頷いた。それに対し、カイは外からの活気の声がよりハッキリ聞こえるような静寂な空間の中で、自分の過去を思い出しながら返答していった。
「後悔しない人間なんていないんだよ。月並みなセリフでありながら、歳を取るほどに的を得てると思うセリフだ。
後悔なんてもはや友達みたいなもんだ。親よりも鬱陶しいほどにそばに居続け、日常が後悔の連続だってあるかもしれない」
カイのこれまでは後悔の人生と言っても過言ではないかもしれない。
カイが事件を目撃するあの日、あの時間にもう少し早ければ目の前からいなくなった友人の同じようにこの世界へと飛ばされていたかもしれない。
飛ばされて何が出来たかも想像できないが、それでも十八年も燻らせずにもっと早く助けに行く行動が出来たかもしれない。そういう後悔が付きまとうのだ。
もしそれが出来たとなれば、亡くなった志渡院佳も亡くならずに済んだかもしれないという後悔のセット付で。
「幸も不幸も俺達の眼には見えない。ゲームの設定のように確率が決まってるわけでもなければ、欲しいキャラが出るまで課金できるようなそんな行動すら現実にはない。
世界はあくまでも理不尽に設定されている。だからこそ、俺達はその理不尽に後悔しながら生き抜く術を学び、順応していく手段を見つけていく」
カイは理不尽が許せなかった。未曽有の事件でもある集団失踪事件。その事件の痕跡として残されてあったのは教室の床に焼け残った魔法陣の跡のみ。
まるでオカルトが全面的にかかわってるようなその事件は結局解決されることはなく、未解決事件として捜査の時効を迎えた。
直接関わったわけではない人達にとってはその事件であっても結局は他人事で、されど当事者のカイにとっては運命を呪うすら思うほどの強烈な感情を芽生えさせた。
その事件に対する復讐心ともいえる異様な執着がやがて突破口を見つけ出した――――それが今である。
「ま、そんな簡単には行かなかったが、それでも必ずやりようで結果は変わってくるんだ。
だからもし、エンディが後悔しないように今できることをするんだとすれば、俺はそれに協力する」
「なんでも?」
「......その言質は危険な気がする」
カイの反応にエンディはクスクスと笑って「冗談だよ」と告げていく。しかし、カイの気遣いが身に染みて嬉しく感じているのかほんのりと頬が赤く染まり、尻尾の先は激しくクネクネしている。
「私ね......少し嫉妬してたんだ」
「嫉妬?」
「うん、カイが見つけようとしている人はいつもカイのそばにいた人で、カイのことなら何でも知っているような人だから。少なくとも、ケイちゃんからはそう映っていた。
だから、その人に会って心を動かされる前に少しでも私の意識を覚えてて欲しかったの」
「だから、こんな部屋を.......」
「それは......半分勢いです」
エンディは改めて自分のした大胆な行動に恥ずかしくなって体を丸めていく。そんなエンディの少女らしい一面にカイは微笑みながら返答していく。
「確かに会って懐かしさはあるだろうが......きっと今の俺じゃ幻滅されちまうだろ?」
「カイはわかってない。女の子はロマンティックに憧れるんだって。何年経っても助けに来てくれるだったらトキめかないはずがない」
「とはいえ、それよりも早く現地民に助けてもらったなら、そっちの方が心動かされるだろ?」
「無くはないけど......いや、ない。ケイちゃんの記憶から見た限りじゃその子もかなり意思強そうだから」
「いや、仮に好意的な目が合ったとしても俺既婚者だし――――」
「この世界は一夫多妻が許されてる世界。それをどう解釈するかは相手次第」
「......そうでしたね」
その言葉に妙な不安を煽られながらも、カイも自分が言った“後悔”に対するセリフに対してふと考えなおすのであった。
「――――それで結局ど、どうする? する?」
「このタイミングで手を出したら俺の貞操観念どうなってんだよ」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




