第49話 二人目の再会
カイと志渡院佳の記憶を持つエンディはキリアが連れて来た一人の少年を見て思わず言葉を失っていた。
その人物はカイがずっと探していた行方不明者の一人である相川翼であったからだ。
そして相川翼の方もカイ達の姿を見てその足を止めた。
まるで幽霊でも見ているように。
「志渡院......なのか?」
翼が思わず口から洩れた言葉に疑問符をつけたのは、昔の記憶にいる新神戒という少年と現在のカイが重なって見えたことと志渡院佳の容姿をしていたエンディの影響であったからだ。
その三人の様子にキリアと翼の仲間である男女三人は思わず小首を傾げる。
現在がどういう状況になっているか測りかねているからかもしれない。
カイは胸の内から溢れる気持ちを抑えて冷静に言葉を吐き出そうと努めた。
「翼、俺は新神戒だ。容姿も体格も全然変わってしまったが、本当のことなんだ」
「戒だって......!? いや、それはありえない! あいつはこの世界には来てないはずだ!」
「俺は行方不明になったお前達を探しにこの世界にやってきたんだ。
もちろん、探しているのは翼だけじゃない」
カイの言葉に思わず驚いたキリアは何か言いたげの顔をするが、口を挟むべきでないと手で口を押えて静観することにした。
その一方で、翼はカイを疑うように見続け、カイが自分の知っている“戒”であるか確かめるように質問した。
「お前が本当に戒であるならば、俺の質問に答えられるはずだ。お前の幼馴染みの名前は?」
「守代空だ。あいつの好きなものはチーズタルト」
「......俺とお前が競い合ったのはいつだ?」
「高校一年の体育祭での選抜対抗リレー。競い合ったという意味合いならそれが一番正しいはずだ」
「最後の質問だ――――守代の想い人は?」
「......え?」
カイは翼の質問に思わず言葉を漏らした。
それは相手が本物であるかを確かめるにはあまりにもトリッキーな質問であったからだ。
そうでなくてもカイは守代空の想い人なんて知らない。
もとより、記憶にある限りで思い返しても守代空にそのような人物がいたかどうかさえ怪しいと言える。
カイは疑われることを覚悟で「ちょっと待ってくれ」と告げるとあごに手を当てながら記憶を捻りだしていく。
そんな様子を見ていた翼は思わず吹き出して笑い始めると緊張感を作り出していた空気を霧散させて告げる。
「戒、もういいよ。お前が本物の戒であることはわかった」
「え、今ので? 俺、何も答えられてないけど?」
「それでこそお前なんだよ。ま、こう言うと守代には少し可哀そうだけどな」
翼は周囲を見ると僅かに注目を集めていることが分かった。
そこで一先ず昼間の間は街の復興やまだ僅かに居る魔物の掃討に費やし、夜に再び会うことにしたカイと翼。
それからあっという間に夜が訪れ、カイ達と翼達はたまたま空いていた酒場の席で向かい合う。
「それじゃ、知らない人もいるみたいだし改めて自己紹介するよ。
俺は相川翼。ツバサで構わない。で、こちらの三人が今パーティを組んでいるグレッグ、ラティア、ローナだ」
ツバサが紹介する三人は名前が呼ばれた順からガッチリした男性に神官の少女、魔術師の女性であった。
その三人はペコリと頭を下げるので、カイ達も返すように頭を下げていく。
「それじゃこちらからも今手伝ってもらっているエンディとキリアだ。そして現在娘をやっているシルビア」
「です」
「娘?」
カイの言葉に当然食いついたツバサ。
それに対し、カイは端折って伝えても惑わすだけなので、自分がどうやってこの世界に来てどういう目的で行動しているかというこれまでの行動を出来るだけわかりやすく伝えていった。
その話を聞いてツバサからだんだんと笑みが消えていく。
それは残酷な月日の流れに対してでもあり、カイが過ごしてきた壊れた日常のことでもあるだろう。
故に、ツバサはただ「そっか」と相槌を打つことしかできなかった。
「お前を最初見た時、記憶の奥底にしまっていた高校時代のお前の顔がチラついた。
だけど、この世界にいるわけないってことは確かだったし他人の空似と思っていたが......そっちの世界ではもうそんなに時間が流れているんだな」
「あぁ、それで俺が警察官だから言えることだがお前達が失踪してから俺がこの世界に来るまでに十八年経っている。
つまりは行方不明者のお前達はもう法律上ではとっくに死亡者扱いされて戻ってもすぐに日常が戻ることはない」
「いつか皆で帰れると楽観視してたけど、時が経ったお前の言葉からそう言われると......なんかなぁ。
ただふと思うことはもう少し両親に優しくしとけばよかったってことかな。もう遅いけど」
「翼......」
ツバサは顔を俯かせて暗い表情を浮かべている。
無理もない、相川翼は心のどこかで再び昔の日常が取り戻せると思っていたのだ。
しかし、カイの過ごしてきた時間の流れを言葉にされ、それが本気であるからこそこうなると知っていればもっとちゃんとした行動が出来たのではないかと思うのだ。
されど、後悔は先には立たない。
ツバサは「ふぅー」と大きく息を吐いていくと上手く切り替えられてないのかぎこちない笑みを浮かべながら、エンディを一瞥して告げる。
「――――それで、エンディって子が志渡院佳ってことは本当なのか?」
「訳あって完全にそうとは言えないが、それでも志渡院の記憶は確かにあるから志渡院佳とも言える。だが、今の彼女はエンディだ」
「......色々とあったみたいだな。そのことは今度ゆっくり聞かせてくれ。
今は......心を整理する時間が欲しいな。残りの皆の無事も祈りたいし」
「あぁ、好きにしてくれ。俺もかなり時間がかかったしな」
そう言ってツバサは席を立ちあがると重い足取りで歩いていった。その後ろをパーティの三人がついていく。
ツバサ達の様子を横目で見ながらカイも重たい息を一つ吐くと先ほどツバサが座っていた位置にエンディが、椅子を持ってきたキリアが二人の間に座った。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。こう見えても辛いことは慣れっこなんだ」
「パパ、嘘はいけませんよ。いつもよりも精神力が弱まっています」
「カイさん、楽しいことを考えましょう!
すぐには難しいかもしれませんが、楽しいことを考えれば前向きな気持ちになってしっかりとした行動が出来るはずです!」
「ありがとう。考えてみるよ」
エンディ、シルビア、キリアから励ましの言葉を貰ってカイもふと笑みを浮かべていく。
そして「楽しい事か」と呟きながら少しだけ考えてみることにした。
そもそもの話、カイがこの世界に来た理由は行方不明になった友達や家族を見つけることだ。
だとすれば、見つけた上で望む楽しい事と言えばやはり一度失った日常のやり直しなのかもしれない。
カイは一度きりの人生で二度の日常を失った。
一つ目が高校の同級生との思い出になるはずだった青春時代、二つ目が一生の愛を誓った妻や命に代えても守りたい娘との日々。
この二つの日常はどちらとも成立していることは決してないといえるかもしれない。
もしカイが普通通りに青春時代を過ごせたなら恐らく妻の万理とは出会うことはなかっただろうし、逆にその破綻した日常があったからこそ出会えたともいえる。
もちろん、今のカイとなってはどちらも大切でもっと過ごしたい日常の風景である。
ならば、今はどうであろうか?
今はカイが元の世界では決して両立できなかったであろう二つの日常が両立する可能性が残っている。
もしカイが行方不明者を見つけ出して失った日常を取り戻したとするならば、過ごしたかった二つの日常が同時に戻ってくるかもしれない。
恐らくカイにとってこれ以上の楽しいことはないだろう。
自分が望む全てが手に入るのだから。
カイは今この瞬間、最後に自分が目指すべきビジョンが見えた。
全員を助けたその先の全員の日常が取り戻せる最高の旅の終わりを。
そんなことに気付かせてくれたキリアにカイはそっと手を伸ばすと頭を軽く撫でていく。
「ありがとう。大切な希望を気づかせてくれて」
「ど、どういたしまして......」
キリアはカイの突然の行動に顔から蒸気が出るほどに真っ赤にさせていく。
そしてのまま借りてきた猫のように固まって動かなくなってしまった。
そんなキリアの目を見て「絶対変な事考えてる」とエンディが思うと同時に、カイから自主的にやってもらったことに対して少しだけ頬を膨らませてムッとした顔をする。
この場の状況を一番俯瞰的に眺めていたシルビアは心のパスから伝わってきたカイの考えに喜ぶと同時にその先に待っている主に女性関係の修羅場にため息を吐くのであった。
*****
カイ達と別れたツバサは外のベンチに座りながら夜風に当たっていた。
それはカイから聞かされた内容をどうやって整理しようか考えていたからだ。
そんなツバサに仲間の三人が声をかけていく。
「辛気臭い顔をしてんな」
「なんと可哀そうなツバサ様。私めが癒して差し上げましょう」
「こらこら、ツバサに対して過保護すぎんのよ。それに今はあたし達が踏み込む領域じゃないよ」
「そうでもないさ。現に俺の仲間探しに手伝ってもらってるわけだし。
ただ......確かに仲間だけど予想外の人物で、そして仲間の誰よりも中心人物にいた男に俺達の迷惑を全面に背負わせてしまったことが悔しくて」
ツバサは夜空を見上げながら告げる。
月光に照らされたツバサの瞳は僅かに反射しているように見えた。
そんなツバサに対して、グレッグは隣に座るとツバサの首に腕を回して告げた。
「ま、そう思うことは悪くないが、それは相手をしっかりと見て判断することだな。
俺にはあの男が迷惑かけたなんだの小さいことを気にするような奴には見えなかったぞ?
お前が為すべきことがあるようにあいつにも為すべきことはある。
その目的が二人とも一致してんならもうやることは一つだろ?」
「回りくどいです。一言でいいのです。
ツバサ様、私がついていますのでどうかご安心を。ツバサ様の全てをお世話してあげます!」
「それは単なる過保護宣言でしょうが。ともかく、あんたはどうしたいの?」
「俺は......」
ローナの言葉にツバサは顔を俯くさせていく。
しかし、その手を作った拳は感情を抑え込むように小刻みに震えていた。
そして顔を上げると三人に告げる。
「俺は仲間の皆を探し出したいし、カイの大切な家族も見つけたい。どうか力を貸してくれ」
「「「そうこなくちゃ」」」
ツバサは三人の反応に笑みを浮かべると立ち上がり、再び夜の街を歩き出した。
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