第41話 敵対する理由
夜を明るく照らす月が雲によって陰り始めた。
それにより周囲はより影を濃くしていき、ましてや路地裏などはよりハッキリと闇を演出していく。
そのとある路地裏の少し開けた場所でカイとシルビア、その周囲を囲むように立つルイスとその部下達は睨み合いの膠着状態を続けていた。
そして最初にカイが口火を切る。
「さてと、それじゃ、どうしてこんなことをしたのか教えてくれないか?
襲うとなればそれなりの動機が必要だからな」
「確かに、あなた様の言う通りですね。
ですが、こちらにも守秘義務がありますので答えることはできません。
それよりも、今の私達の罠をどうやって攻略したのかご教授してもらいたいところですが――――」
そう言いながらルイスは目を鋭くさせる。
「それから、あなた様の娘さんがどこに行ったのかも」
「まぁ当然気になるよな。だけど、隠し事はお互い様じゃない?」
「......そうですね」
ルイスはカイと話をしながらその間にこの場の解決策を考えていた。
その考えとは一つが差し違えてでもこの場で危険人物と認定したカイを殺すか、この場から全力で撤退するかの二つであった。
ルイスの罠は大抵の強者を屠ってきた強力なものであった。
どんな屈強な肉体や魔法を持っていようと先手を取って意識さえ刈り取ってしまえば、生殺与奪の権はルイスが握るも同じであったためだ。
当然、これまで同じ方法でやってきて警戒する者もいた。
しかし、そういう人達が警戒しているのは大抵が不意打ちの攻撃魔法であるが、ルイスがやったのは状態異常攻撃。
攻撃魔法を警戒する者が張る魔力による防御は意味をなさず、それ故にルイスは確実に命を刈り取ってきた。
しかし、今回は特例中の特例で状態異常及びその後の攻撃魔法すら傷一つついていない相手。
そのような相手は確実に格上だということをわかっているからこそルイスは「差し違えても」という考えに至った。
とはいえ、これはあまり現実的ではない。
「差し違えても」は相手に対し同等クラスの実力を持つ場合に使う方法だ。
だが、一般人が見るカイという人物は一見ただの気の良いおっさんに見えるが、ルイスからしてみれば底の知れないバケモノ。
それは諜報員としての技術を身に着けているからこそわかるルイスの直感であった。
となれば、二つ目の撤退であるがこちらも現実的とは程遠い。
カイの実力がどの程度かをルイスがわからない以上、下手に背中を見せることは即ち「死」を意味することになるのだ。
カイに対して、ルイスを含め部下全員で十五人いるが、そのうち何人逃げ切れるかルイスには計算できなかった。
ただルイスが知っていることは、強者は一度に十人以上は余裕で殺せる、ということ。
撤退の場合で一人でも逃げ切れれば勝ちともいえるが、そのルイスの判断を鈍らせているのがカイが持っている銃であった。
ルイスは当然「銃」という存在は知らない。
しかし、ルイスの長年の経験則がその武器を形状や結界を壊した時の状況から貫通力のある飛び道具と推察させた。
それがもし飛び道具であった場合、逃げるということは自らが的になるということと同じであり、殺してくださいと言っているも同義であった。
故に、逃げるという選択肢もルイスにとっては難しいのだ。
相手が射撃武器をメイン武器にしていたとしても、それは接近戦に弱いとイコールにはならないから。
ルイスはカイが自分以上の実力者であり、尚且つこの場の全員を瞬殺できるほどの人物と仮定して脳内で様々なシミュレーションをした。
しかし、ルイスの経験則に基づくある種未来予知にも近いそのシミュレーションの結果から導き出される唯一の生存ルートは――――賭けに近いその場から動かないことであった。
ルイスは手を不自然にならないように後ろ手に組みながら、カイへと言葉を告げる。
「カイ様、ハッキリ申しますと私達はあなた様がお嬢様に及ぼす脅威を恐れています。
故に、お嬢様を守るために危険なあなた様を排除することにしました」
ルイスは後ろ手に組んだ手を動かし、両隣にいる部下へと指示を送っていく。
「待ってくれ。俺は君達やましてやエンリさんに危害を加えるつもりはないし、こういっちゃなんだが......むしろ助けた側でもあるんだぜ?」
「その節は誠に感謝しております。
ですが、それがお嬢様に近づく口実でないとは言い切れませんし、何より再びあなた様にお会いする前にあなた様の素性を調べましたが経歴が一切ないのです......どこでいつ生まれ、育ったのかすら」
「......あー」
カイは返答する言葉が思い浮かばなかった。
なぜなら、カイは転移者なので経歴がないのは当然だからである。
それで怪しがられるとすればそれは当然のことで、それについてすぐに言葉に出せないのはカイがそこら辺の素性を適当に設定していた故の自業自得の結果である。
「それは俺が旅人だからだよ。君達の調べがつかないずっと遠くの方から来た。
君達だって全ての場所の情報を正確に持ってるわけじゃないでしょ?
加えて、俺が再び君達に会うまでに数日しかなかったのにそんなピンポイントで俺のことを調べられるのかい?」
カイはとりあえずいつも通りの設定で理屈をこねながら、さらっと今度は自分が質問者とばかりに質問して、ルイスの言葉に関しては濁しまくった。
そんなカイの表情をルイスは訝しむように見る。
時折、部下達の様子をチラッと見ながら、カイに返答した。
「確かに、あなた様の言う通りです。
ですから、お嬢様にそんな怪しい人物を近づけるわけにはいかないのです」
「言いたいことはわかる。だけど、怪しいってだけで殺すのはさすがに不味いと俺は思うよ。
それは聖女の侍女として品性を疑われないか?」
「あなたがそれを言いますか......あなたが、あなた達がいるからお嬢様はいつまで立っても報われないのですよ!」
カイの言葉にルイスは激昂した様子を見せると後ろに組んでいた手を前へと突き出した。
その瞬間、カイを囲む部下達も一斉に手を前に突き出す。
そして声を揃えるとその魔法名を告げた。
「「「「「凍り付けの人柱!」」」」」
直後、ルイスや部下達の手から浮かび上がる魔法陣から放たれた吹雪のような冷気がカイを囲んでいき、そしてカイの体を白い竜巻が包み込んだ。
その竜巻が消える頃にはカイは巨大な一つの氷柱の中心で氷漬けになって固まっていた。
「油断しましたね。いくら強者と言えど、一斉の強範囲攻撃にはそれなりの準備が必要ですから、その準備を油断で怠っていたあなたはその場で凍り付くのです」
「――――ならば、俺は魔法など一切使わず凍り付かせてみようか」
「っ!?」
ルイスは突然背後に聞こえてきた言葉と共に頭に何かが押し当てられる感触を感じた。
それを確かめたいルイスであったが、体が固まって動かない。正しく恐怖で氷漬けにされたように。
ルイスは普段閉じている細目を見開きながら、額にかく脂汗を感じつつ質問した。
「ど、どうしてあなた様がそこにいるんですか?」
「どうしても何もはなから君達が話している相手は本物の俺じゃないから」
「パパ、<影分身>や<実像幻影>では意味ないのはわかりますが、最近平然と私の分身を多用しすぎではないですか?」
「!?」
ルイスは再びブワっと汗が噴き出るような感覚に襲われた。
なぜなら、その銃から僅かだが声を聴いたシルビアの声と全く同じ声が聞こえてきたからだ。
確かにルイスはシルビアと初めて対面した時「どこか無機質な少女だな」と感じていたが、本当に無機質であるとはさすがのルイスも困惑であった。
そんなルイスの反応をカイは冷静に見ながら、自分の要件を告げる。
「安心してくれ。何か事情がありそうだからな、今は攻撃はしない。
それから下手に抵抗しようとしないでくれ。安全を確保できない」
「安全を確保......?」
ルイスはその言葉を聞いてふと周囲を見回した。
すると氷柱を囲んでいる部下達全員が影から伸びる手にまとわりつかれて拘束されているではないか。
「脅しですか?」
「最初に仕掛けてきたのはそっちだ。俺とて安全を確保してもいいだろ?」
「......わかりました。恐らく、あなたが聞きたいのは私達があなたを襲った理由ですね」
「話が早くて助かる」
カイがそう返答するとルイスは話し始めた。要約するとこんな感じである。
ルイスは最初はカイのことをエンリを助けた恩人だと思っていたが、エンリと会話をするカイを見て諜報員としての経験則からカイが所々嘘をついていることに気が付いたのだ。
そしてカイと再び接触するまでの間にカイの素性を調べたが、何一つ痕跡が見つからないことに不信感が募っていき、最終的なカイ暗殺という判断を下させたのは丁度世界樹の話をしている時であった。
その時にカイが明らかに大きな嘘をついていることに気付き、ルイスはカイ暗殺という強硬策の手段を取ったのだ。
「――――つまりは俺がアルフォルトにある世界樹の鎮静化に関わっていると?」
「関わっているも何も当事者でしょう?
確かに、あなたの素性はわかりませんでしたが、ここ最近の動向――――アルフォルトでのことならある程度知っています。
世界樹を止めたのはあなたでしょう?」
カイはその言葉に思わず首を傾げる。
「あぁ、確かに止めたのは俺だ。だが、むしろ暴走する世界樹を止めのはいいことでは?」
「問題は世界樹レスティルをたった一人の人族が止めたということ。
それは私達にとって十分に大きすぎる議題です。
世界樹は到底人一人がどうこうできるレベルではありません――――それこそ神の力をその身に宿していなければ」
「おいおい、待ってくれ。それって――――」
カイはルイスの言っていることを理解した。
そして確認しようと言葉に出そうとするそれを遮るようにして、振り返ったルイスが額に向けられた銃口をそのままに見開いた目でカイの目を見て告げた。
「あなたが――――神影隊であると言っているんです!」




