第38話 盗み潜む視線
「大変です! 大変な事が発覚しました!」
「どしたの?」
カイがエンリと接触してから翌日、宿屋の一階で朝食を取っていると何やら思い出したようにキリアが声を上げたのだ。
机を叩きながら立ち上がるその言動をカイは怪訝な様子で見ながら、「美味い」とスープを飲んでいる。
「スープ飲んでる場合じゃないですよ! 大変なことが起きたんです」
「まぁまぁ、落ち着いて。ゆっくり話してみ」
「お金が......ありません」
「......はい?」
「思っている以上にありません」
キリアの深刻そうに告げる表情からすぐにその言葉が本当だとわかるが、どうしてそうなったのかはわからない。なので、カイはその訳を尋ねてみた。
「ないってどういうこと?」
「アルフォルトから持ってきた骨董品が想像以上に売れなかったのです」
カイはその言葉でなんとなく今の状況を理解した。それを簡単に説明するとこんな感じである。
カイ達はアルフォルトから謝礼金のようなものでエルフの国からお金をもらっていた。
しかし、エルフという種族的文化の違いから、エルフはお金でやり取りするというより物々交換というのがメインであるために、カイ達がもらったお金は骨董品を指しているのだ。
アルフォルト側からすればその骨董品を売ってお金に変換してくれということなのだが、問題だったのがエルフと人族の美的センスの違いで、自然を愛する木製づくりの多いエルフの骨董品は人族の間では大したお金にならないのだ。
故に、掘りや装飾品といったものは評価されたものの、木製という腐ったり燃えたりする可能性があるデメリットから良い値段で買い取ってくれなかったらしい。
それがわかったのが丁度カイがいない昨日のうちであるために報告したのだ。ちなみに、昨日のうちにすぐに報告しなかったのはキリアの慰めに時間を費やしてからであったとか。
「それじゃあ、せっかく冒険者になったことだし、いっちょ冒険者活動ってものでもしてお金を稼いでみるか」
「え、怒らないんですか?」
てっきりカイから何か言われるものだと思っていたキリアは怯えた表情ながらも、そう聞いた。
それに対し、カイは至って変わらぬ態度で告げていく。
「ま、こういう時もあるってことがわかっただけいいさ。それに俺が怒る以前に君は十分に反省してるみたいだからね。追い打ちかけたって何も変わりはしないさ」
「カイさん......私、頑張ってお金稼ぎますね!」
カイの慰めの言葉にキリアは完全復活。今度はお金を稼ぐことに躍起になっているみたいだ。
そんなキリアの様子を見ていたシルビアはそのまま様子を見続けながら、カイに告げた。
「なんでしょうね、この妙にヒモ男に貢ぐ女臭のするセリフは」
「まぁ、そこは純粋だと思ってあげようよ」
「なるほど、パパは純粋に少女にお金を稼がせるヒモであるということですね」
「いや、そっちの意味じゃないよ!?」
シルビアの本当は意味を正確に理解していながらもカイをからかう姿勢は今も健在のようだ。そんな三人の様子をエンディはニコニコした様子で眺めていた。
朝食を食べ終え、カイ達は冒険者ギルドにやって来ていた。
「それじゃあ、効率よくお金を稼ぐために二手に分かれましょう。私とキリア、カイさんとシルビアちゃんでいいかしら?」
「あぁ、構わないよ」
エンディの提案でカイ達は二手に分かれてそれぞれで依頼を受けることに。ランクが低いため報酬金は微々たるものなので、一塊になって行動するよりも数多くこなした方が良いとのことだ。
二手に分かれたのは万が一に一人では対処できない場合に備えて。加えて、採取系の依頼は一人よりも時間短縮になるという話からだ。
それぞれ依頼を受け、エンディとキリア、カイとシルビアはそれぞれ別々の方向に進んで行動していった。
カイサル近くの森に入ってきたカイは依頼内容を確認しながら歩いていく。
「えーっと、採取するアズマ草は葉がギザギザとしているのが特徴で、葉の裏が白っぽくなってるってのもそうか。なんかヨモギみたいだな」
「ですが、アズマ草はまずいと評判なので何かに混ぜて作ることはおススメしませんね」
「んじゃ、調合素材ってところか。しかし、採取ぐらいであれば普通に取りきても......と思ったけど、そう言う感じでもなさそうだな」
カイが歩いていく道に無数の気配を感知した。魔物の気配だ。
それは群れを成しているのか五、六匹ほどが正面から向かって来る。
「シルビア、準備だ」
「はいです」
カイの肩に乗っているシルビアは肉体を変形させながらカイの手に銃の形となって収まった。そしてカイは木の裏に隠れると魔物の様子を伺った。
現れたのは灰色のオオカミの集団であった。目に傷が入ったオオカミがリーダーらしく、他のオオカミを統率している。
そのオオカミは何かを探すように群れを散開させると地面にニオイを嗅ぎながら歩き始めた。その様子をカイはこっそりと眺めていると突如としてカイの体の正面からオオカミが襲ってきた。
「フェイクか」
カイは咄嗟にその場を跳躍すると同時に真下に向かって発砲した。そして、襲ってきたオオカミの一匹を仕留めると同時に木の枝へと避難していく。
「まぁ当然気づいているでしょうね。パパはタバコ臭いですから」
「.......ぐぅの音もでねぇ」
カイ、最近周りに若い子が増えたので禁煙しようかと密かに決意する。その一方で、リーダーオオカミはカイがいる木を囲うようにオオカミを並べた。
「おぉ、降ろさせないってかい? だけど、それじゃ俺の独壇場だけど――――っ!」
その瞬間、リーダーオオカミが小さく吠えると木を囲んだオオカミの口からカイに向かって火炎が放たれた。
その木は四方八方から放たれた火炎によって大炎上。空に大きな煙を流していく。
しかし、リーダーオオカミはそこにカイがいないことを認識するとすぐさまニオイと耳で周囲を探った。
そして、リーダーオオカミは居合の体勢で構えるカイを燃える木を越して見えたかと思うとその姿はすぐに消え、リーダーオオカミの視界は自身の意図に関係なく下にズレていった。
リーダーオオカミ及び木を囲んでいたオオカミの全ての頭は地面に転がっていた。それを行ったのは当然カイであり、カイはカチンッと刀をしまうと斬った残骸を振り返った。
「後で有効利用させてもらうよ」
「パパ、カッコつけるよりも――――火事になるのを防いだ方がよろしいのでは?」
「あ」
オオカミと一緒に燃えた木も斬り倒したので、その木から一気に周囲へ広がっていく。そのことにカイは慌てて水魔法を使って鎮火に努めていく。
数分後、無事鎮火完了。周囲はそこそこに黒焦げになってしまったが、カイは「大した火事にならなくてよかった」とホッと一息ついた。
「にしても、不自然ですね」
そう口火を切ったのはシルビアであった。人型に戻ったシルビアはリーダーオオカミに近づいていくと切断面から指に血を濡らしてペロリと舐めていく。
「ふむ、やはりというべきですか」
「何かわかったのか?」
一人でに納得しているシルビアにカイは思わず尋ねてみる。すると、シルビアはカイの肩に乗ってから説明を始めた。
「このオオカミ――――ハイイロフレイムオオカミというのですが、このオオカミは基本的に人とは敵対しないのですよ。
パパの世界のクマみたいなもので、よっぽど飢えてる時や子を育ててる母とかでもなければ人を襲うことはないのです。基本怖がりですから」
「だけど、その生き物はわざわざ俺を狙って攻撃してきたよな?」
カイはシルビアの話を聞きながら依頼のアズマ草を探していき「あった」と呟きながら、採取用にギルドから支給された袋に詰めていく。
「ですから、それがおかしいのです。血を舐めて情報を得たところ、発情期は全然まだですし、飢えているという感じでもなさそうでした」
「これまた随分ときな臭い話なこって。つまりはアレか? 何者かに操られてたってところか?」
「そう判断するのが妥当と言えますね」
カイはアズマ草の特徴を憶えるとその形をイメージしながら脳内で探知をかけて、目に見える場所にあるアズマ草の箇所を特定していく。
その特定箇所に歩いていくとカイは再び採取を始めた。
「それは俺を狙ったものなのか、はたまた誰でも良かったのか。一体どっちだんだろうな?」
「さぁ、それはわかりません。少なからず、今回襲ってきたオオカミ自体の知能レベルはそこまで低そうではありませんでしたので、そのオオカミをテイム出来るとなれば少なからず手練れではあるでしょうね」
「嫌な話だ。聞きたくなかったな」
そう言うカイにシルビアは「パパ、あそこを見てください」と指をさしながら、カイの脳内に直接話しかけた。
「(パパ、見られてますけどどうしますか?)」
そう言うシルビアが僅かに動かす視線の先――――丁度カイ達の背後――――にはカイ達の様子を覗き見るような擬態したトカゲがいた。
まるで木の一部と遜色ないほどの擬態能力で、加えて魔物としての気配はほぼ皆無に近い。しかし、その自然の一部ともいえるトカゲの視線をカイ達は捉えていた。
「(恐らく、密偵用の使い魔という所でしょうか。使い魔の視界を共有してこちらを見てる感じですね。声まで聞こえてるか定かじゃありませんが、念のためにテレパスで伝えています)」
「(了解、ともかく放っておけ。相手がこちらを警戒している以上そう簡単に尻尾は出さない。が、逆に相手が想定しているよりもこっちが弱く見えれば油断してくれる可能性もあるからな)」
「(なるほど、わかりました。しかし、こちらの能力が把握された以上、できればこちらからも仕掛けたいですね)」
「(そうだな。考えておく)」
「パパ、見てください。あそこに鹿さんがいますよ」
「そうだな。立派な角を持った鹿さんがいるな」
テレパスが終わると二人は仲の良い親子を演じるように会話をし始めた。そして、カイ達が採取活動が終わるまで、トカゲはずっとカイ達の様子を伺い続けていた。
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