第172話 互いを想い求めあって
カイは気づいていた。
フォルティナがまるで結婚式の流れのように段取りを組んでることに。
それが何を意味するかカイにはハッキリ分かっていない。
しかし、わざわざそんな行動を取るには意味がある気がする。
そういうことで言えば、カイがこの場所に来てからずっとフォルティナはカイを「愛しの夫」と呼んでいた。それはフォルティナもカイを欲してるということか。
『正しく互いに互いを求めあう。二人でなければ意味がない。理想の組み合わせの夫婦ということですか』
『さてね。ただ、言われて悪い気はしないよ。こんな戦いをしていても互いに想い合ってるってんだから』
シルビアの言葉にカイは返答していく。出来れば、この戦いも早く終わらせたいが。
「それでどうする? この後は?」
「決まってるだろ。お前から万理を取り戻すんだ」
その言葉にフォルティナは笑みを浮かべた。その表情は慈愛に満ちている。
「愛しの夫よ、気付いているだろう? 我の精神が少なからずあの娘に影響を受けていることを。
ならば、夫こそが我のそばに来ても変わらぬのではないか?」
「いいや、違うね。例え同一人物と言えども俺が知ってる万理はお前じゃない。だから、俺は今も武器を手放せないでいるんだ」
「意見の相違か。互いに互いを求めあっているというのにままならぬものだな。
ならば、力づくで決めるしかないな。さぁ、今こそ始めよう―――我らの誓約を! 我のものとなるとな!」
フォルティナは自身の背後に光の線で五角形を作り出した。
その各頂点には火、水、風、雷、土とこの世界の基本属性が備わっている。
彼女はそっと右手をカイに差し向けると攻撃を仕掛けた。
最初に反応したのは火属性で、フォルティナの後光の五角形が回転し一番上に来た火の魔力が盛大に燃え上がる。
「火竜の噛み砕き」
フォルティナから放たれた炎は竜の形となって巨大な口をカイに向けて突っ込んでくる。
それに対し、カイは左手の銃を向けるとそこから水冷弾を発射してその魔法をかき消していく。
「千刃の落風」
続けてフォルティナが後光の五角形を回転させて行使したのは風の魔力。
彼女が放った風の球は上空で弾けると広範囲にペンデュラムのような風の刃が降ってきた。その数はまさに無数。
「くっ、これは......」
カイは刀で防いだり、位置を確認しながら動いていくがそれでも全てを防ぐことは不可能で所々切り傷を負っていく。
それでも致命傷になるほどダメージを負わないカイにフォルティナは不満な顔をした。
「これは我の愛と言ってもおかしくないのになぜ避ける? なぜ弾く? 我が夫なら受け止めてくれると思ったのに」
「いやいや、こんな鋭い愛を受け取ったらそれこそ家庭が心配になるでしょうが! そもそも俺は万理に虐められて喜ぶ趣味はないんでね」
「それは悲しいな」
フォルティナはパチンと指を鳴らすと風の刃を避けるカイの左右から水の形をした竜の口が現れ、そこから高圧縮された水が放たれた。
その水はバンッ! と互いにぶつかり合うと周囲に水をバラまいていく。
「なんじゃ、後ろから抱きしめてはくれんのか」
「俺は許可なくしないタイプなんでね!」
<影操作>でフォルティナの背後の影からニュルっと現れたカイはすかさず右手に持つ刀を振るっていく。
しかし、その一撃は振り向いたフォルティナの左手に受け止められた。
カイはすぐに次の手を打つように左手の銃を向けてうち放つ。
だが、それら全てはまるで見切られてるように首を傾げただけで躱され、逆にがら空きとなった胴体に一瞬で数十発の拳をぶつけられた。
「がっ!」
カイの体が思いだしたかのように揺さぶられながら吹き飛ばされていく。
雲の地面を転がり寝そべるカイを見てフォルティナは余裕な笑みで告げた。
「どうだ? 夫からすればたかが一秒に満たない刹那の時間に無数の拳を撃ち込まれた気分は? 今のは重力魔法と時空魔法の合わせ技だ」
「効いたよ......盛大に。それと先に謝っておく。殴ってごめん」
瞬間、フォルティナの右頬と左わき腹から同時に<影操作>の黒の手が殴った。
そのあまりにも唐突な攻撃に彼女は困惑したまま体を上下回転させていく。
そこにカイは銃を向けると死に体のフォルティナに雷弾を放っていく。
それは銃弾というより砲弾と言うべき大きさをしており、真っ直ぐ彼女の下へと向かった。
フォルティナはすぐさま時空魔法でその場から移動しようとするが、まるで何かに邪魔されてるかのように発動できなかった。
そのことに困惑した彼女であったが、すぐに原因を理解する。そうか! 天滅眼か!
「ぐっ!」
フォルティナは咄嗟に両手を出して雷弾を防ごうとした。
今の彼女にはカイの天滅眼の効果により数秒間まともに魔法が発動できないのだ。
足場もない空中でその弾を受けたフォルティナは弾の勢いに押されて吹き飛ばされていく。
カイは高速で駆け抜けて彼女の背後を取ると思いっきり刀を振るった。
「痛いぞ、覚悟しろ! 一刀流―――断罪」
「かはっ!」
フォルティナの背後にスパッと白い線が残った。刀が高速で振るわれて出来た僅かな残像だ。
さらにその残像は斬った対象物を二つに分けるようにズラした。
その対象物とはフォルティナの背後にあった後光の五角形だ。
言わば、彼女の属性魔法を出す核となる部分。そこをカイは狙って斬ったのだ。
故に、カイはフォルティナ自身を斬ってないわけだが、それでも彼女がダメージを受けたのはその属性魔法を扱う魔力リンクを強制的に切断されたからだ。
それは四肢を同時に斬り落とされる痛みに等しい。
吹き飛んで寝転ぶフォルティナは痛みに悶えるようにうずくまった。
そんな彼女の姿を見てカイは告げる。
「万理は自分が優位に立っているとどうにも油断しがちな部分があってね。
君が彼女の影響を受けていると聞いてから仕掛けさせてもらった」
その言葉を聞いたフォルティナは苦々しい顔をカイに向けて聞いた。
「まさか我に殴られた時からか?」
「まあな。お前が予測出来ない攻撃を受けたのはお前が見ていた<未来視>の魔法だけを意図的に消したからだ。
こう見えても俺は疑似神格化しても神じゃないんでね、天滅眼の魔法を消す力にも制約がある。
例えば、視認した魔法に対しては数秒しか効果がない。ただ、シルビアで斬られた場合には別だけど」
フォルティナはようやく耐えられる痛みになってきたのか立ち上がった。そして、カイに言う。
「先ほどから我の天魔眼でもってしても五大属性の魔法が発動しないのはそういうことか。
だが、どうやら原理の魔法に対してはその場かりではないみたいだな」
「まぁ、そりゃあね。いくら魔法が使い放題って言っても俺自身に限界があるんじゃね。
それに五大属性を消すことの方が重要視してたからそっちははなから後回しだったんだよ」
カイはフォルティナと会話しながら同時にコネクトでシルビアとも会話していた。
『シルビア、今のフォルティナの状態で俺の精神弾はどれくらい聞きそうだ?』
『五大属性の魔法リンクを切ったことで魔法抵抗値が大幅に下がりました。有効領域までには後五割という所ですね』
『まだそんなにあるのか』
『重力魔法と時空魔法の抵抗値が高すぎるんです。少なくともどちらか削らなければ賭けで撃つことも推奨できません』
カイは苦笑いを浮かべる。
フォルティナに一発お見舞いするために敢えて食らったとはいえ、そのダメージが思いのほか大きいのだ。
少なからずアバラのほとんどが折れてるかヒビが入ってるかしてるだろう。
「それじゃ、これで最終ラウンドとしようじゃないか」
カイは笑った。その表情はどこまでも不敵である。あいにく痛みには慣れてるのだ。
それに愛しの相手を攻撃しているのだこれぐらいのダメージは負わなきゃ割に合わない。
カイの表情を見てフォルティナは不快な表情を浮かべると思いきや、まるで呼応するように同じく不敵な笑みを浮かべた。そこにはどこにも邪神の邪気など感じられない。
「良かろう。誓約も長かったら締まりが悪いからな」
カイは歩き出す。その踏み出す速度は段々速くなりやがて走り始めた。
フォルティナはカイの頭上から超重力を起こしていく。
上空の高密度の魔力を感じたカイが咄嗟に避ければ、先ほどいた位置は大きく凹んでいた。
「振り落ちる重力」
フォルティナは雨のように超重力を落としていく。
所々に地面に凹凸を作るようにその個所に超重力がかかった。
カイはその場所を<魔力探知>で魔力の密度を探知して避ける。それから、次第にフォルティナとの距離を詰めていく。
「これだけの重力場を作り出しても天滅眼で消すことがないということは、その目には距離的制約もあるようだな―――重力砲」
「がっ!」
突如、カイの腹部から高密度の魔力を感じるとそこからまるでカイの腹部を殴りつけるように横向きの超重力が放たれた。
カイは重力に無限に押され続けながら咄嗟に左手の銃から銃弾を放って横向きの重力をかき消していく。
―――ボワンッ
「っ!」
カイは確かな空間の揺らぎの音を聞いた。
先ほど腹部を殴られる直前にも微かに聞こえた音と同じだ。
後頭部辺りから高密度の魔力を感じる。
カイが咄嗟にその場を避ければ重力砲が放たれた。
先ほどの重力の雨よりも範囲は小さくされど深い穴が開いていく。
どうやらこの重力砲は時空魔法で飛ばされて来ているようだ。
―――ボワンッボワンッボワンッボワンッ
次々と聞こえてくる空間に干渉した音。
カイの周囲に十数と時空の穴が開いた。
そこから一斉に無色な重力砲が放たれていく。
―――パチンッ
今度聞こえたのは指を鳴らした音であった。
その瞬間、カイは全てが静寂になるのを感じて咄嗟に両手の刀と銃を一つに統合してスナイパーライフルへと形を変えた。
フォルティナは静止した世界の中を歩ていく。
カイのもとまで近づくと「これで決着だ」と彼の心臓に手刀による突きを放った。
「っ!?」
しかし、そこには姿があるのに感触は何もなかった。スカッと空を斬ったのみ。
この停止時間も長くは続かない。どこだ? まさか!?
世界が再び動き出す。フォルティナは頭上を見上げた。
そこには真下に向けてスナイパーライフルを構えるカイの姿がある。
「我慢しろよ、フォルティナ!」
カイはそこから超高速の魔力弾を放った。
フォルティナは咄嗟に左手を差し出すと弾はその腕を貫通して肘から突き抜けていく。
腕の骨格で軌道を逸らすことに成功したフォルティナは重力魔法で吹き飛ばそうとするが、その効果はカイの銃弾によって消えてしまった。逃げようとしても時空魔法すら消えている。
今の彼女に使える魔法はない―――、否、まだ唯一ある。
カイはすぐさまスナイパーライフルを消すと両手に刀を持って自由落下による威力もプラスして振り下ろした。
「創造神の権能―――神権のはく奪!」
「っ!」
フォルティナはカイを見た。
創造神による権能は魔力を有さない。
その結果、カイの疑似神格化が強制的に解除されてしまった。
力が急激に弱まったカイの刀を弾いたフォルティナはすぐさま蹴飛ばしていく。
「かはっ!」
フォルティナに魔法を使う力が消えたとはいえ神の一撃は山を砕き大海を割るようなもの。
カイは盛大に血反吐を吐き、胴体に入った強烈な一撃は彼を地面から動けなくさせた。
「これでしまいだ。よくやったぞ、我が夫。あれで虚を突かれるとは思わなかった」
「まだ.....だ。まだ終わってない」
カイは這いつくばりながらフォルティナを睨む。
フォルティナは左腕を押さえながらカイを睨む。
その時、二人の知らない所でパキッと空間が割れる音がした。
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