第171話 夫婦は語らい
天界―――それは地上界とは隔絶された神々が住まう領域。
地上界とは違う神聖な魔力「神気」に満たされていて、魔力供給率は驚異の百パーセントを叩きだす。
それは魔法が使い放題という意味でもあり、ここで行われる戦いは全く遠慮のないぶつかり合いであるということがわかる。
本当の意味の総力戦と言えるかもしれない。
もっともその言葉の意味は本来「国」や「団体」という意味で一個人に使われることは無いのだが、天界にいる夫婦二人はその枠組みで捉えても全く問題ないだろう。
なぜなら、この夫婦の戦いがこの世界の命運をわけるのだから。
天界に不自然にあるパイプオルガンを弾き続けるマリ、否、フォルティナとその後ろで両手に銃となったシルビアを持つカイ。
夫婦の語らいはもうすでに始まってる。
「美しい曲だな。結婚式に使われるやつじゃないか」
「メンデルスゾーンの結婚行進曲。我はこの音楽家を知らんがこの曲の弾き方は体が覚えていた。そして、不思議と懐かしい気分になってくる」
「......」
カイはギュッと銃のグリップを強く握る。表情は穏やかだがやや目つきは鋭い。
そんなカイの様子を後ろ目で確かめたフォルティナは言葉を続けていく。
「そう目くじらを立てるな。それともこれからの夫婦の語らいに緊張しておるのか。
ちなみに、我は心が躍っておる。愛しの夫と二人っきりだからな」
カイは思わず「それは俺自身のことか? それとも天滅眼のことか?」と聞きそうになったが、その言葉は喉で押し留めた。
「一応聞くがここで改心してくれる気は?」
「あったのならもう戻れぬ所まで続けるバカはいない。それに我はこう見えても神だ。
ならば、それ相応の責任を取らねば筋が通らないだろう」
「......そういうキッチリした所が本当にやりづらいよ」
「まるで万理がいるようで」という言葉が脳裏に過った。いや、きっといるのだろう。
フォルティナの下の性格がどうかわからないが、今この時も娘のライナを盾にすればカイを一方的に嬲ることも容易かったはずだ。
しかし、この場にライナはいない。それどころか戦いを始めた原因で責任を取ろうとする始末。
マリの人格が影響している可能性は大いにある。それにカイは賭けているのだ。
「む? 何かおかしなことを言ったか?」
カイの口元は口角が上がっていた。やや邪悪にも見える表情だが、彼は本当に嬉しがっているのだ。
なぜなら、希望があるだけ前に進めるのだから。
「フォルティナ―――いや、マリ。君を取り戻す」
「そうか。見せてくれ」
カイはバッと走り出した。
天界の空気はとても澄んでいて気持ちが良い。
それに地上界よりも濃い魔力が満ちていて走っているのにまるで疲労感が湧いてこない。
だから、すぐに行動に移せる。
カイは素早く両手の二丁の銃を向けるとそこから風の弾丸と雷の弾丸を放っていく。
それに対し、フォルティナは動くことなくただ弾き続けた。
「入場曲はこれぐらいでいいだろう。なら、次はこの曲といこうじゃないか」
フォルティナが弾き始めたのは作者パッヘルベルによる結婚式での有名クラシック曲であるカノン。
さらにその音楽に合わせて空間から大きさにして五メートルほどの男女が現れた。
「我が夫よ。我らはすでに夫婦であるが此度もう一度結婚式を披露しようではないか。
さて、会場に現れる夫を前にして立ち塞がるは花嫁の両親。どうやらこの結婚には反対らしいぞ?」
フォルティナがそう名乗る二人の男女の顔は布に覆われて見えない。
しかし、顔が見えなくても明らかにわかる天恵者を凌ぐ圧倒的な魔力量と巨躯なる肉体。
当然か、神が作り出したのだから。
巨人の男はカイに向かって弾丸のような速度で接近すると拳を振り下ろしていく。
カイは咄嗟に避けると拳があった白い雲の地面が大きく凹んだ。
「本来、結婚式をあげるならとっくに話は通ってるはずだろ」
「それは我クオリティだ。障害があった方が燃えるだろ?」
しかし、カイがそこに注目している時間は無い。
すぐに巨人の女が手に持っていた鞭をカイですらやっと視認できる速度で振ってくる。
カイは咄嗟に左腕と左足を大きく曲げて防御態勢に入った。
直後、響き渡るようなバシンという音共にカイは大きく横に吹き飛ばされた。
だが、すぐに体勢を立て直すように横に転がりながら起き上がる。
『パパ、あの二人の攻撃をまともに食らうのは避けてください。
最低でもフォルティナ様と戦うまでに八割は動けるようにしないとキツイです』
『それ、ほとんどノーダメで行けって言ってるようなものだよ?』
シルビアから手厳しい助言を受けたカイは苦笑いしながらも、その目にはやる気に満ちた闘志に溢れていた。
カイは接近戦で挑むべきだと考えると右手の銃を刀に変える。
今まで黒かった刀身は他に比べようがないほど白く輝いていた。ちなみに、銃も白く変色している。
「さぁ、我が両親をどうする? まさかこのまま花嫁に曲を弾かせ続けて一人思い出に耽るつもりじゃないだろうな?」
「まさか。きっちり討伐してやるよ!」
カイは再び踏み込んだ。今度は自身に宿る疑似神格化の力を宿して。
バンッと弾ける音共に巨人の男の背後を取ると左肩にまで右手の刀を掲げていく。
腰はひねられて右肩は正面の巨人の男に向き、腰の捻りを活かした強力な薙ぎ払いを見舞うつもりだ。
しかし、その前に男よりも先に気付いた巨人の女が手に持った鞭でカイへ攻撃しようとしてくるので、彼は右腕の下から左腕を伸ばして銃撃。
巨人の女は銃弾によって牽制され、カイは遠慮なく右腕を振り回しく。
―――バシュッ!
「チッ!」
カイの攻撃に僅かに早く巨人の男が対応した。
隣の巨人の女を牽制したことにるタイムラグが生じたからだ。
巨人の男の胴体を真っ二つにする予定が右腕を肩まで二つに裂く程度で終わってしまった。
加えて、カイから距離を取った巨人の男はその腕を平然とくっつけて治していく始末。
強力な再生能力があるようだ。
しかし、やりようはある。カイはすかさず巨人の男の方に向かって走り出す。
やっぱり許可を貰うにはお義父さんの方からだよな!
カイの刀と銃の乱舞が巨人の男を襲う。
いくら巨人の男がフォルティナに作られようともルナリスから直接魔力を受け取り、さらに五大天使から認められたカイの実力には劣るようで、その乱舞に辛うじて耐えられてるのは横やりを入れてくる巨人の女の影響だ。
クラシックの曲が流れる中で激しい戦闘が行われていく。
あまりに場違いな空気感。それは曲の方か、はたまた戦闘の方か。
狂おしくも愛おしい時間が流れる。
「愛しの夫よ、少し時間をかけ過ぎたな。
我との語らいのために体力を温存して魔法を使わないのは嬉しく思う。
しかし、それは良くない選択だった。もうすぐ盛り上がりが来る。遠慮するな、踊れ」
―――テンテテテンテテン~♪
フォルティナが弾くパイプオルガンからカノンの曲で盛り上がる部分に差し掛かった。
カノンと言えばで思い出されるあの曲調。結婚式のCMにも目立って使われるサビの部分。
穏やかな曲とは裏腹に激しい戦闘が行われてるカイの方でも変化があった。
防戦一方であった巨人の男がカイの攻撃を弾き、殴ってきたのだ。
カイはすかさず腕で防御するが、それは先ほどの巨人の男とは別人なほどに力が強まっていた。
「ぐっ!」
カイは後ろに吹き飛ばされながらも刀を地面に刺して持ちこたえる。どうやら今流れてる曲に関係がありそうだ。
「これは君の仕業かい?」
「当然! 我の魔力がこのオルガンから流れこの二人を操っておる。
曲が終わらない限りこの二人も消えることはない。
さらに時間経過で強化されていく。
愛しの夫には相応しい試練だな」
「あぁ、全くだ!」
カイは魔法を解禁した。
自身の影から黒い手をいくつも作り出してそれを使って二人の巨人に攻撃していく。
そんなカイの姿を見たフォルティナは大きく口元を歪めた。
ドカンッと巨人の男が爆発で黒い手を吹き飛ばし、ザンッと巨人の女が鞭に風を纏わせて黒い手を斬り落とした。たった今、フォルティナから強化を受けたのだ。
カイは怯むことなく走り出すと大きく跳躍して巨人の男に向かって両手に掲げた刀を振り下ろしていく。
そんなカイに向かって巨人の女の鋭い鞭が向かって胴体を切断した。
「っ!」
しかし、カイの体はシュッと消えていく。そのことに巨人の女は驚いた。
「光ある所に影が生まれる。足元にはお気を付けください、お義母さん」
<影移動>で巨人の女の影からにゅるっと現れたカイはそのまま背後に向かって斬りかかっていく。
しかし、その横にいた巨人の男がそうはさせまいと殴りかかる。
カイはその瞬間を狙っていた。
「お義父さん、事後報告で申し訳ありません。娘さんは貰いました―――覇空」
カイは刀の先を巨人の男に向けるとそのまま肘だけを曲げていく。
その状態から打ち出すように左の手のひらを刀の柄の底に叩きつける。
直後、刀から放たれたのは斬撃であった。しかし、斬り払ったものではなく「突き」による斬撃。
一点突破のその攻撃は巨人の男の咄嗟の防御を貫き、風穴を開けていく。
この攻撃によってカイは巨人の男を倒すことが出来た。
しかし同時に、これは非常に大きな隙を生んだ。
背後を取ったはずの巨人の女が振り返り超高速の鞭を振るうのだ。
今ではその鞭に当たった瞬間バラバラになる。
しかし、カイは依然として不敵な笑みを浮かべていた。
「お義母さん、娘さんは幸せにします。この命に誓って―――龍光弾」
カイは巨人の女に対して構えるでもなくただ突っ立っていた。それで十分だからだ。
カイの左手には先ほどまで持っていたはずの銃が無い。
ならば、それはどこか。答えは巨人の女の背後だ。
カイは<影移動>したときにはすでに銃を別の場所に移動させておいた。即ち、<影操作>の黒い手だ。
よって、巨人の女はカイの巧妙な作戦によって背後から凶弾を受けて倒れたのであった。
『親御さんの許可とは......もはや奪いに来たに近いですね』
『何も言わないで。薄々自覚はあるんだか』
どんな時でも変わらないシルビアの手厳しいツッコミにカイは苦笑い。
一方で、笑っていたのはフォルティナも同じであった。ただし、意味合いは異なるが。
音楽が鳴りやむとフォルティナは笑いながら立ち上がる。この結果が嬉しいと言わんばかりに。
「さすが愛しの夫よ。これぐらいの試練は簡単に乗り越えてくれなきゃな。
さて、次はどうする? やはり流れにそって夫婦が揃ったんだ。誓約でもするか?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')