第15話 エルフの少女
「いや~、大変なところ助けていただきありがとうございました。あと、食事もとても美味かったです」
「それは嬉しいね」
金髪の少女は快活そうな笑顔でそう告げる。
あと若干口元に食べカスがついている。
カイはジェスチャーでその少女に教えてあげながら、質問した。
「俺は新神戒って言うんだ。呼び方は好きにしてくれ。君の名前を教えてくれるかい?」
「【キリア=アルン=フォレスト】です。キリアで結構ですよ」
キリアは笑顔でそう告げる。まるで邪気がない。
深夜帯で魔物に追いかけられてきた少女を少しでも訝しげに思っているカイが間違っているとすら感じる。
しかし、時刻はもう既に深夜へと回っている。
活動時間としてはあまりにも遅い時間帯だ。
もちろん、その時間帯で行動しないといけないことがあるかもしれない。
だが、少女が一人でいるという時点で問題はあると考えるべきだろう。
そう訝しんでいるとカイはふと少女のある特徴に気づいた。
それは普通の人間よりも耳が長いこと。
人形のような完璧な容姿に、世の女性を羨ましがらせるサラサラな金髪もさることながら、その長く尖った耳という大きな特徴に対して気づかないはずがない。
その瞬間、カイに電流が走る。
「(こ、この子は世の男性が好きなファンタジー種族の最上位ランクに入るエルフではないのか!?)」
高校生のカイは比較的友達と外へ遊びに行くタイプであったが、よくゲームをしたり、ファンタジー漫画やアニメもよく見ていた弱ヲタクでもあるのだ。
そしてその心は今でも変わらない。おっさん心は十代なのだ。
故に、エルフと言う単語は現在三十五歳のおっさんであろうと魅了するには十分すぎた。
心の中で「エルフが初見キター!」ともう一人の自分が叫んでいることに気付きつつ、平静を装って質問を続けていく。
「その耳の特徴からエルフであってるかい?
それから魔物に追われて大変だったと思うけど、この時間帯に何をしていたのか教えて欲しい」
職業柄の職務質問のような言葉の羅列が出てしまった。
しかし、たとえ相手が少女だからと言って信用できる相手かどうかは別である。
それに対し、キリアは答えていく。
「合ってますよ。それで、この森にいたのは簡単に言えば助けを呼びに行こうと思ってたんです」
「助けに?」
「はい。実は――――」
そう言ってキリアはその詳細を話し始めた。要約するとこんな感じだ。
キリアの住むエルフの国【アルフォルト】は緊迫した状況に陥っていた。
それはエルフの国にある樹齢数千年は軽く超える世界の木と繋がっていると言われる世界樹レスティル。
他の種族からは「聖樹」や「神樹」とも呼ばれるそれがある日突然姿を一変させた。
それは植物が高濃度の魔素を得ることにより発症する「高魔素魔物症」によってトレントという木の魔物へと変化したのだ。
トレントとは顔が付いた自立する生物で根っこや枝でもって攻撃する植物、否、魔物。
言うなれば、食虫植物に近い近い存在になったことを指す。
ただし、食らうのは虫ばかりではないが。
つまりその世界樹ともあろう植物が魔物化したということだ。
加えて、世界樹はエルフにとって国のシンボルであり、エルフの自然教の身近な信仰対象でもある。
その意味が指すのはエルフではその世界樹を傷つけられないということ。
エルフにとって世界樹に無許可な損傷は神への反逆に等しく、その罪は非常に重い。
だが、エルフの民も生きたいことには変わりない。
故に、倒してくれる人を探している。
それに世界樹がトレントとなったなら、それはもはや天災クラスの大問題になり、問題はエルフの国だけの話でなくなってくるのだ。
「――――つまり自分達は傷つけられないから、他の種族に頼みたい。
だけど、それを国際問題にされて他国へ大きな貸しを作ることもしたくない。
だから出来る限り国に従属していない自然災害に対抗できるような“個”を探していると?」
「は、はい。その通りですね......」
「ハッキリ言って愚かですね」
カイが思っていることをシルビアが容赦なくバッサリ斬りに行った。
その口をエンディが慌てて塞ぎに行く。
しかし、その一撃は容赦なくキリアの精神にダメージを与えてしまい、キリア自身もその自覚はあったのか「ですよね~」と涙目だ。
カイはタバコを取り出して吸い始めると一先ずキリアへの質問を続けていく。
「悪いな。もう少し話を聞かせてくれ。
ちなみに、君はそのトレントとやらに対抗できる勢力を集めるためにどうするつもりだったんだ?」
「私はあまりその意見には賛成してなくてですね。
他にも私のように探している仲間はいるんですが、私はこっそりと獣王国を目指していました」
「このすぐ近くにある人族の街じゃなくて?」
カイがそう聞くとキリアは何とも言いずらそうな顔をする。
先ほどの明るい雰囲気はどこへやら、表情からもそれなりの気苦労が窺える。
するとここで、シルビアの口を押えていたエンディがカイに小声でフォローを入れていく。
「この世界の人族は亜人差別がある。
竜人族やエルフ、彼女が言った獣人なんかそう。
もちろん、全ての人がそうじゃないってことはわかってる。
だけど、一部の国ではとりわけその意識が強かったりするから発言には気を付けて」
「ってことはその逆もあるわけか。ありがとう、肝に銘じておくよ」
カイはエンディに感謝の言葉を送るとキリアに向き直して一先ず謝罪した。
「ごめんね。田舎出身だからってのもあるし、俺の場所ではそう言う差別は特になかったからさ」
「大丈夫です。私はあまり気にしていないので。
ですが、そうみたいですね。だって、私の耳を見てる時に目を輝かせてたもの」
「あ、あれ? そうだった? それはなんか恥ずかしいなぁ」
カイは照れ隠しするように笑いでごまかしていく。
するとその時、横から二連発で攻撃を与えられた。
その攻撃を与えた二人は「魔剣を見て(目が)輝かなかった」「竜人族を見て輝かなかった」と若干不貞腐れている。
されど残念ながらそのラブコメ臭する呟きはカイには聞こえていない。
なぜなら(年齢的な意味で)難聴気味だから。
閑話休題
カイが気を取り直すとキリアはカイに向かって突然頭を下げた。
「突然ですが、お願いします! 力を貸してください!」
その姿勢はもはや土下座であった。
それだけでエルフの国でどこまで切羽詰まった状態なのかが見えてくる。
しかし、それに対してカイがすぐに返答することはなかった。
そしてカイの代わりにシルビアがエンディの手を引っぺがして質問した。
「話を聞けば、相手は天災ともいえる相手ではないですか。
それを話した上で、あなたがお願いしているそれは初対面の私達に『エルフの国の存続のために死んでくれ』と言っている意味と同じってことは理解していますか?」
その声色は酷く冷めていた。
しかし、言っていることは正しいのでキリアは反論できない。
ただ幼女なのに異様な重圧が背中にかけられていることを感じながら、頭を下げたまま返答する。
「わかっています! 世界樹がトレントとなってしまった今、それはもはやただの魔物ではありません。
国なんか容易く潰せるほどの災害と理解しています!
もちろん、この話がほぼ絶対に断られることも理解しています!
ですが、私の“大切な人達がいる場所”を失いたくないんです!
だから、どうかお願いします!」
キリアは早口になりながらも多大なる熱量を持ってハッキリと告げた。
その顔には今にもあご先から滴り落ちそうな汗が流れている。
その誠意を受けたカイはタバコを吸い殻ケースに入れると返答する。
「いいよ。力を貸してあげる。その代わりこっちも頼みがあるけど、それでもいいかい?」
その返答にキリアは思わず顔を上げると目から涙をこぼしながら再び頭を下げた。
「あ"り"か"と"う"こ"さ"い"ま"す"!」
その涙混じりの声は森の中へ大きく響く渡っていった。
それからしばらくして、キリアはひとしきり泣いてスッキリしたような表情になっていた。
「本当にありがとうございます!」
「いやいや、別に。こっちも“ただ”じゃないとわかったわけだし」
「はい、そこら辺は十分に理解しています。だ、だから、その......」
言葉を言いながら急にモジモジし始めたキリア。
その顔は火が出そうなほど赤く、長い耳の先はピクピクと揺れている。
キリアは何かを覚悟したような表情をするとその表情のままに告げた。
「や、やる時は優しくしてください......ね?」
「「「???」」」
その言葉に意味が理解できずにカイ達三人は揃って首を傾げる。
その反応に「へ?」とキリアも何やら戸惑ったような反応を見せた。
「何をやる時?」
「え!?.......え!? そ、それを言わせるんですか!? さすがに言葉にはちょっと......」
「どうしようシルビア。今ものすごく変な誤解を受けてる気がするんだが」
「奇遇ですね。私もそう思っています」
「え、どういうこと?」
一人だけ状況が飲み込めていないエンディ。
ちょっとだけ疎外感を受ける。
しかし、キリアの様子がおかしいのは確か。
キリアの様子を見ているとカイが質問した。
「えーっと、俺が頼みたいことは個人的な“質問”だよ?」
「はい、わかっています! これでも姫としてそれなりの性教育を......え?」
キリアの表情が固まった。
まるでそれ以上の思考をあえてストップさせてるみたいに。
そのすれ違いにエンディは納得したように手を叩き、シルビアはイタズラっぽい笑みを浮かべて一言。
「エッチなお姫様ですね」
「~~~~~~~っ!」
それによって、キリアの止まっていた思考が再び動き始める。
加えて、体中に帯びた熱が更にその思考速度を加速していく。
どうやらカイの告げた「頼み」を勝手に性的な意味で捕らえていたようで、言い換えれば先ほどまでカイに空回り覚悟の身売りをしていたということだ。
加えて、シルビアの言葉によってキリアの脳内のモザイクビジョンがどんどん加速していく。
「あ、ああっ! わ、私ったらなんてことを.......穴があったら入りたいじゃなくて、身の置きどころがないでもない!」
「お、落ち着いて。全部言ってること卑猥になってるから。
ちょっと君のような見た目の子が言っていい言葉じゃないから」
「なんという残念ですけべな少女ですか」
「ある意味仲良くなったら面白そう」
「ああああああ! 誰か私を犯してえええええ!」
「いや、それを言うなら『殺して』でしょ! 間違え方が斬新すぎるから! 後、大声で言わないでーーーーーー!」
それからパニックになったキリアをなだめるまでに聞いた卑猥ワードは五十を超えたという。
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