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スターファイブ

「スピカ様おはようございます」

「まぁ、髪型を変えられたのですね? 今日は一段とお綺麗でいらっしゃいますわ」

「レグルス様と今朝も仲睦まじい様子、拝見いたしました。美男美女で羨ましいですわ」


 私が教室に入るまでに浴びせられた賞賛の声。ほほほ、と笑っているけれど、今の私には良くわかる。痛いほど良くわかる。そんな言葉を浴びせるようにかけてくれるご令嬢の目の奥が、一切笑っていないということが……。

 以前の私は、そう言われるのが当たり前だった。当たり前だと思っていた。生まれた時から申し分ない容姿に、家柄に、周りからチヤホヤとされてきたのだから。むしろ気分を害す者は速攻でハブだった。誰も敵に回したくない相手、それが私だった。けれど今の私は違う。チヤホヤされるのに違和感を感じるし、そんな取り巻きのような令嬢にただただ疲れるだけ。だって全ては社交辞令だから。

 教室にいると息が詰まりそうになり、私は一人外に出た。教室を出る時、なぜかレグルスまでついてこようとしたのが不可解だったけど、トイレに行くフリをして振り切った。あの男、何を考えているのだろうか……。幼馴染で、親同士が決めた婚約者。お互いに気持ちがないまま、幼い頃の私達は親同士の勝手な安泰から話を進められてしまった。——というのが、このゲームでの設定。

 正直私はゲームの設定にあまり詳しくない。実際にゲームしたこともないのだ。ゲームをしていたのも、ハマっていたのも、友人である美奈だったのだから。


「えーっと、美奈は他になんて言ってたんだっけ?」


 せめて主要キャラは思い出したいところだ。佐々木君を探すのなら、まずはそこから当たってみて、それでもダメなら学校の生徒と先生を探ろう。

 ヒロインを取り合う主要ヒーローは五人。その五人をスターファイブと呼ぶのだと美奈は言っていた。学園で人気のトップファイブという意味らしい。


「確かヒロインは五人のヒーローの中から相手を選ぶんだよね。その一人はレグルスで決まりだけど、他はえっと……」


 冷徹だけどヒロインには甘いツンデレのエルナト。温厚で能天気だけど、女子が夢見るような優しい王子のシリウス。それからあとは——。

 ちょうど私が窓にぶら下がるようにして考え事をしていると、中庭から女子の悲鳴が聞こえた。


「カストル様ー!」

「ボルックス様、お気を付けください!」


 カストルとボルックス……そうだそれだ。確かヒーローの中には双子がいるって言ってたっけ。その名前が確かカストルとボルックス。

 私は慌てて校舎の窓から声の聞こえるあたりの中庭を覗き見ると、中庭にある大きな木の枝の上に女子が座っているではないか。

 えっ、あんな木の上で何してるの? そんな疑問とともに、その女子の手元には昨日の黒猫がひょっこりと顔を覗かせた。猫の顔を見ただけで、私は思わず鼻の奥がムズムズとむず痒く感じて、親指と人差し指でその鼻をつまんだ。

 ちょうどそんな時、その女子に向かって木の幹をよじ登っている男子の姿が目に入った。その男子はその木の葉と同じ新緑の色をした髪を太陽の光でキラキラと輝かせながら、女子の元へと向かっている。木の周りでキャーキャーと騒ぎ立てている女子の声に耳を傾けて聞いていると、あれがどうやらボルックスのようだ。


「さぁ子猫ちゃん達、こっちへおいで」


 ボルックスは木の上に座っている女子と同じ枝に到着したが、木の枝は二人分の体重を支えきれずに、根元からバキッ! と音を立てて真っ二つに割れた。と、同時に「キャー!」という群衆の悲鳴が響き渡る。さっきまでの黄色い悲鳴とは違い、恐怖からくる悲鳴だった。

 ——危ない!

 少し離れた校舎からその光景を見ていた私でも、思わず叫びそうになってしまった。けれど……。


「まぁ!」

「カストル様!」


 周りにいる女子の口から次々と桃色の吐息が漏れ始める。かたや窓の桟を力一杯握りしめていた私は、彼女達とはまた違う吐息が口から漏れた。


「ほっ、良かった……」


 木から落下した女子を下でしっかりと抱きとめたのは、ボルックスと双子のカストルだった。ボルックスと同じ顔をし、同じ新緑の色をした髪をさらりと揺らし、一房長い髪を束ねた後ろ髪が、肩にかかっている。


「大丈夫だった?」

「なんだよカストル、良いとこだけ持ってくなぁ」


 不満そうにボルックスは頬を膨らませている。体勢の悪い状況から落ちたにも関わらず、ボルックスは華麗に地面へと着地を決めていた。


「あ、あの、ありがとうございます……」


 お礼を述べるとともに、ホッとした表情を見せた女子の顔を見て、私は思わずあれ? と首をかしげる。

 彼女どこかで見たことあるな……。でも、どこでだったかな? 学園で珍しい黒髪のマッシュヘア。あの髪型が特に見覚えがあるんだけど……。


「あらまたあの子、スターファイブの方々に近づいてるわよ」

「昨日なんてレグルス様と親しそうにボディタッチなんてしながら話してたわよね? ちょうどスピカ様がお休みだったのをいいこと……スピカ様っ」


 私がちょうど立っている廊下の先には曲がり角があり、噂話をしながらやって来た女子達は私の存在に気づいて顔を青ざめた。慌てた様子が目に見えるけど、私としてはその噂が本当なら是非ともレグルスのことをお譲りしたいところだ。婚約破棄にももつれ込めて一石二鳥……って、待って。

 そこまで考えて私ははっとした。もしかして、彼女がヒロインとか……?

 そんな疑問が頭をよぎる中、さっきの失言をフォローしようとでもするように、目の前にいるこのご令嬢は、慌てた様子でこう言った。


「スピカ様……昨日は門のところで倒れたと聞いておりましたが、お体は大丈夫なのでしょうか?」

「ええ、もうすっかりこの通り」


 ニッコリと微笑みながら頬に手を当てた。そんな様子を見せてもまだ、この二人の令嬢は顔を引きつらせたままだ。それもそうだ。私は性格の悪い悪役令嬢。普段ならここで終わらず、華麗に嫌味の一つでも言うところだろう。

 けれど、今の私はそんなもの言うつもりもない。もしも私の予測が正しく、彼女がこのゲームの世界のヒロインなのであれば、レグルスが見惚れる相手なのだから。むしろ何卒頑張っていただきたいところだ。

 ひとまず、彼女の身辺調査が必要だよね。


「……ねぇそれよりも、あの彼女のことをもう少し詳しく教えていただけるかしら?」


 私は嫌味などない、無邪気な微笑みを携えてそう言ったつもりだが、このご令嬢達は違った意味で捉えたのは間違いない。引きつった顔を見合わせて、渋々重い口を開いたのだ。

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