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ルーティーンを打ち砕く

「スピカお嬢様、行ってらっしゃいませ」


 車から降りると、車のドアを開けてくれた運転手が深々と頭を下げてそう言った。それと同時に校門の前で待っていたレグルスがにこやかに私の元へとやって来たかと思えば、いつものように手の甲にキスをした。


「おはよう、スピカ。今日は珍しく髪を結い上げているんだな。似合ってる」

「レグルス……」


 私はレグルスに掴まれていた手をそっと離した。

 門で出迎えることも、手の甲にキスすることも私自身が強要したことでもあるのに、なんていうか——気持ち悪い。そんな風に思ってしまう私は罰当たりなのかもしれない……。今までは普通に受けていた行為で、むしろそれがないと不機嫌を丸出しにしていたというのに。完全に勝手な話だけど、前世の記憶が蘇り、佐々木君への想いを思い出してしまった今となっては、この行動はかなりキツい。


「昨日はあの後倒れてしまって驚いたよ。今日は顔色が良さそうだ」


 そう言って私の頬に手の甲を当ててくる。それを軽く避けながら、私はレグルスに向かって微笑んだ。


「驚かせてしまったわよね。どうやら猫アレルギーが発症してしまったみたいなの」

「やはり、そうだったのか」


 再びレグルスが逆側の頬を撫でようと手を伸ばしてくるが、私はそれを上手くかわして歩き出した。明らかにレグルスが、あれ? と小首を傾げる様子が見えたが、私はそれすら無視する。


「それよりも早く行きましょう。授業が始まってしまうわ」


 門をくぐるその瞬間ふと思い出し、私はくるりと身を翻して運転手と向き合う。私が見えなくなるまで車には乗り込まずに立ち尽くしている運転手。私と目が合った瞬間、彼が一瞬身を固めたのがわかった。


「アストロ、学校まで送り届けてくれてありがとう。行ってくるわ」


 突然人が化石になる瞬間には何度も出くわした。それはなんてことないこと。私が相手の名前を呼び、お礼や感謝の意を述べるだけ。たったそれだけのことだというのに、それを聞いた周りの反応はいつも石化したように驚いた顔をして固まってしまう。

 私、悪役令嬢というよりも、メデューサか何かなのかも。本気でそんな風に思えてくる。今だって運転手であるアストロは、きっと私に何か不満をぶつけられると思っていたのだろうけど、実際は違った。だから口をポカンと開けて固まっている。そして何より、私の隣に立つこの男、レグルスすら驚いて私を見つめている。


「……スピカ、どうかしたのか?」

「どうもしないわ。何か変かしら?」


 いや、変だろう。どう考えても変だと思う。だけどそう聞かずにはいられなかった。

 案の定レグルスは口ごもりながら、頭を掻いている。


「私は昨日倒れた後、心を入れ替えたの。昨日猫アレルギーが発症した時に、私は自分の人生の走馬灯を見たの」


 実際は前世の記憶を見てきたのだが。


「今までの自分の行動を省みるきっかけになって、私は改心したの。これからはもっと周りの方を尊重し、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思っているの」

「まさかスピカの口から感謝なんて言葉を聞く日が来るとは思っていなかったな」


 レグルスはそう言ったあと、ハッとして片手で口を覆いながら視線を空へと向けた。いつもならここで私が機嫌を損ね、不満を露わにするだろう流れ。けれど今の私は違う。私はスピカでもあり梨々香でもあるのだから。


「あははっ、そうでしょ? 私もそう思っていたわ」


 なんて言って微笑みを返した。するとレグルスは再び固まっている。


「あとレグルス。明日からは校門の前で私が登校して来るのを待つ必要も、手の甲にキスをする必要もないわ。別々に向かいましょう」


 これは心からの願いだ。あんなお出迎えは私の性に合わないし、レグルスだって毎日のルーティーンを私に決められていただけで、本当はしたくないことを知っている。だからこの申し出は願っても無いことだろうと私は踏んでいた……のに。


「いいや、昨日のようなことがあるといけない。昨日の猫も逃してしまったのだから、いつまたスピカを襲って来るかわからない。俺に任せろ」


 ……はい? 俺に任せろって……。


「だ、大丈夫よ。昨日は驚いてしまったけれど、猫が近くにいれば気づくもの。だからレグルスは気にせず別々に登校しま——」

「一人よりも二人でいた方が安全というものだろ。気にするな」


 レグルスは私の手をぐいっと掴みながら、歩き始めた。

 ——あ、あれぇ……? 私としては別々がいいんだけど。というかレグルスだってそれを望んでたはずでしょ? なんでこんなに熱意というか正義感というか……急に私のナイトみたいになってんの?

 もしくは私がこういう申し出をした時、あっさり引き下がるなって教育でもしたのかな? さすがに覚えてないんだけど……でもその設定、あり得そうだから笑えない。

 まぁとにかく徐々に分かってもらおう。私が本気でそう言っているのだと。そうすればきっとレグルスは安心して私からあっさり離れるはずだ。あとはレグルスと婚約破棄に持っていくことだけど、それはまぁゲームの設定がそうなんだから大丈夫だろうし。

 問題はそこで私が悪役にならないようにすることだ。あれだけ高飛車な悪役令嬢のスピカが自殺するくらいだから、相当のメンタルダメージを受けることになるに違いない。だからそうならないように外堀は固めていかなくちゃ。敵は少しずつ減らしていくんだ。

 私はむんっ! と気合とともに鼻息荒くしながら纏まった考えに満足し、レグルスに手を引かれながら校舎の中へと入って行った。

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