再会
「スピカ嬢、大丈夫? 怪我はない?」
慌てた様子でシリウスが私に手を差し伸べている。私はじっとシリウスの顔を見つめながら、差し伸べられた手を掴もうとはしない。ただただ、彼の顔をまじまじと見つめていると、ふと佐々木くんのあの笑顔がシリウスとダブって見えて……。
「佐々木くん」
思わず出た言葉に、シリウスは驚いたような表情で私に差し伸べてくれていた手を少し引っ込める。けれど、私はその手をぎゅっと掴んだ。今度こそ離さないとでもいうように。
あの日、告白されたあの日。私達を乗せたバスが転落し、私達は死んでしまった。私の亡骸は佐々木くんに抱きしめられるような形で、バスに押しつぶされていた。
あんなにそばにいるのに、あそこに私達の魂はもうなかった。佐々木くんは既に別の、この世界へと飛ばされていた後だった。あれからずっと佐々木くんを追いかけてこの世界にまで転生して、それでも佐々木くんをなかなか見つける手立てがなくて。追いかけて、追いかけて。やっと、私は佐々木くんを見つけたんだ。
「佐々木勇介くん、だよね?」
佐々木くんを見つけたら、一番最初に私は何を話すだろう。何を伝えるだろう。
ずっとそんな風に思ってた。ずっと言葉を考えていたのに、私の口をついて言葉が出てくる前に飛び出したのは——。
「スピカ嬢!?」
——暖かい、一筋の涙だった。
「えっと、足でも挫いたのかな?」
「ち、違うの……ただ、嬉しくて……」
涙をぬぐいながら、ゆっくりと立ち上がる。シリウスの顔をまっすぐ見つめがなら、私は涙を拭ってこう言った。
「私はずっと、佐々木くんに会いたかったの」
「スピカ嬢……あっちの世界での俺のことを、知っているのかい?」
もちろん知っている。私がどれほどあなたを見ていたのか。前世の私が、どれほどあなたに憧れを持っていたのか。恋心を抱いた後、佐々木くんと付き合えるようになるまで、私がどれほどあなたを見ていたのか伝えたい気持ちが、ぐわっと私の胸の奥でマグマのようにわき起こる。けれどそれと同時に、今目の前に佐々木くんがいる幸せで喉の奥が詰まる。
「スピカ嬢も前世の記憶があると言っていたけど、スピカ嬢の前世に俺は存在していたってことなのかな?」
私は逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと一度だけ首を縦に振った。と、同時に再び溢れ出しそうになる涙をぬぐい、掴んだままだったシリウスの手を借りて、私は立ち上がった。
「私は、前世で佐々木くん……前世のあなたと付き合っていたの。ううん、付き合っていたと言っても、佐々木くんから告白されて、付き合ったその日の帰り道、私達は事故に遭ってしまい死んでしまった……」
シリウスは驚いた顔を見せるが、口を挟む様子はない。そんなシリウスの様子を見つめながら、さらに話を続けた。
「死んだ時に神様が現れたの。その神様が佐々木くんをこの世界に転生させたって言ってたから、私も神様にお願いしてこの世界に転生させてもらったの」
「どうして、そこまでして……?」
「好きだったからに決まってるじゃん!」
諦めきれるわけがない。幸せの始まりで、これからもっと佐々木くんのことを知っていくっていう時なのに、私は死んでしまったんだから。
思わず叫んでしまった言葉は、前世の梨々香の時の口調。梨々香であった私の、梨々香の魂が叫んでいる。
叫びたくもなるでしょうよ。『どうして、そこまでして』なんて、佐々木くんに言われたのだから。ショックでしかない。前世で死んだ後の私は、後悔と無念さしかなかった。だけど佐々木くんはそうじゃなかったんだ……それを知って、私はさっきとは違った涙が今にも頬を伝って流れ落ちそうになるのを、必死にとどめていた。
「……ごめん。思いがけない話の連続で、言葉足らずだったみたいだ」
シリウスは私の両肩を掴み、私の顔を覗き込むようにしてこう言った。
「俺はさっき、前世の記憶があると言ったよね? けれどそれは、ほんの少しだけなんだ。多分スピカ嬢が覚えている前世の記憶に比べれば、俺のはきっとほんの一握り程度だと思う」
冷静かつ、真剣な声色で話すシリウス。そんなシリウスがどういった表情でそう言ってるのかが気になって、私はシリウスの顔を見ようとしたら、泉のように溜まっていた涙がポロリと瞳から飛び出して、頬を駆け抜けた。
そんな私の涙を親指の腹で拭ってくれたシリウスの表情は、やっぱり佐々木くんのあの表情だった。私が好きだった、人懐っこい優しい笑顔——。
「スピカ嬢、もう少し詳しく教えてくれないか? 前世の世界について。そして、俺と君のことについて」
私はゆっくりと、けれど深く、首を縦に振った。
佐々木くんがどの程度前世のことを覚えているのか。佐々木くんが言うように、きっと私のようにたくさんのことは覚えていないんだと思う。前世の記憶は夢のようだと言うくらいだ。きっと本当に少ししか覚えていないんだ。
私はやっと佐々木くんを見つけた。だからこんなところで凹むな、自分。佐々木くんが覚えていない過去のことは私がちゃんと覚えてる。
もう一度思い出して、もう一度私達はあの日の続きをやり直せばいいんだから——。
「佐々木くんはね……」
……そうして私は、覚えている限りの過去の話を振り返った。




