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ランチの後で 2

 次の休憩時間、いつものごとく、レグルスは私の席までやって来た。にこやかに微笑みを携えながら。

 私が席を立とうとしようものなら、逃がさないぞ。とでも言いたげな執拗さに、お昼休憩までの私ならうんざりしていたところ。いいや、うんざりどころか、完全に引いてたところだ。

 だけど今の私は今朝までの私とは違う。美奈と話をして、希望が見えたから。この世界で佐々木くんを探し出すというのは暗闇の中、地図も持たず、手探りの中で歩いていたようなもの。そんな私は美奈という心強い味方を得た。彼女は私の地図で、道を照らす光だ。地図と光を使用するには、レグルスというこの男が必須になる。

 ……そう、私はレグルスと美奈がハッピーエンドに向かうように手助けをしなければならないのだ。だから今の私にとって、レグルスはただのうざい相手ではなく、例えるなら、丁重にもてなすべきお客様だ。


「……そうか。なんだかんだとミラ嬢とも打ち解けたようで、それはよかった」


 お昼休憩での出来事を、レグルスに話をした。

 ……もちろん、ミラが美奈で、私達が協定のようなものを組んでいることは伏せている。他の令嬢は皆用事ができ、結局ミラと二人で食事をしたこと。そこで意気投合し、仲良くなったこと。ミラは料理もできて、気が利いて、とても可愛らしいご令嬢だということ……などなど、ミラのイメージアップを図りながら。

 そもそもミラはこのゲームのヒロインで、レグルスは攻略対象……もとい、このゲームはヒロインを溺愛するような設定のようだから、私がイメージアップのことを言おうが言うまいが、関係ないのかもしれないけど。


「ミラ嬢はなにやら悩み事が多いようだからな、スピカが相談相手になってあげられれば、それこそ心強いだろう」

「悩み事? そう言えば、お昼にミラさんと話をしていたわね。あれは一体なんだったの?」

「ああ、それだけ仲良くなったのであれば、きっとスピカにも相談しているだろうな。彼女はどうやら、他のご令嬢から嫌がらせを受けているらしいんだ」


 美奈の口からそんな話は一切聞いていない。ただレグルスと話すきっかけが欲しかったのではないかと思った。もしくは、単にその話はこのゲームのストーリーでもあるのかもしれないけど。

 その嫌がらせというものがどういったものかは分からないけど、困った内容なら私にも相談していたはず。それがないってことはきっと大したものでもないのだろう。

 乙女ゲーム好きなオタクな美奈は、前世でもからかわれたり、色々悪口にも似た陰口を叩かれたりしていたけれど、美奈はそんなものに一切心を砕いている様子はなかった。もしかすると、彼女にとっての現実はゲームの中の方だったのかもしれない。


「もしかしたらスピカにも相談しているかと思ったが、その様子じゃ、まだ相談はされていないようだな」


 仲良くなったのであれば、時間の問題だろう。とでも言いたげに、レグルスは頷いた。


「仲良くはなったけれど、個人の相談であればミラさんは私に相談するとも限らないわ。だから引き続き彼女の力になってあげてちょうだい?」


 せっかく美奈が作った接点。それをぶち壊しては後で美奈に何を言われるか……。焦った様子を悟られないように、小さく一呼吸おいてから、再び口を開いた。


「もしかしたらそれは、レグルスだから相談したことかもしれないわ。レグルスにしか解決できないこと……もしくは、レグルスだから言ったのかもしれないし」

「それはないだろう。俺とミラ嬢はほとんど接点などないんだからな」

「だから、というのもあるのかも。とにかく私は、ミラさんからそのことを相談受けるまで詳しく聞く気はないの。だからレグルス、あなたは引き続き彼女の力になってあげてちょうだい。ね?」


 優しく、命令口調ではなく。けれど、今までスピカからの命令に従って生きてきたレグルスは、この柔らかな口調でも、きっと言うことを聞いてくれるだろう。

 そう思っていたら……。

 教室内にいた他の令嬢たちが、口々に小さく声を上げた。


「……スピカは本当に、人が変わったようだ」


 バラの香りが強くなったかと思えば、それがどんどん遠のいていく。私の左頬にあたたかな温もりを残して。

 レグルスは今までで一番の優しい笑みを、私に向けた。


「スピカがそこまで言うのであれば、少しの間は俺がミラ嬢の相談役になろう。だが、俺はいつでもスピカが優先だからな。空いた時にでも相談には乗るようにするよ」


 頬に添えられていた大きな手。それが今日最後の授業を開始する合図とともに、離れていく。


「人の心配もいいが、俺はスピカの婚約者なんだってこと、忘れるなよ」


 捨て台詞のような言葉を残し、レグルスは自分の席へと戻って行った。

 私はぼーっとレグルスの後ろ姿を見つめながら、彼が残した温もりの残像に触れるように、左頬に手を添えた。

 ただ、唇が触れた程度。残るはずのない、キスの痕。

 けれど、その痕はしっかりと、私の胸に何かを焼き付けていった――。

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