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最後のスターファイブ 4

「スッスピカ様、やめて下さい!」


 オロオロとした様子で彼女は明らかに周りの目を気にしているのが、手に取るようにわかった。たとえ私の顔が地面に向けていたとしても。

 聴衆のざわめきがどんどん騒がしいものになる。それもそのはずだ。悪役令嬢スピカ様が額を地面につけるなど、未だかつてあっただろうか。この世界観に土下座というスタイルが一般的なのかどうかはわからないけれど、それでも謝るなんてことを知らないような令嬢が頭を下げている行為は、目からウロコと言ったところだ。誰もが驚いているに違いない。


「いいえ、やめるわけにはいかないわ。だってあなたもそうやって私に頭を下げているでしょう? だから私も同じことをしているのよ」

「わかりました、わかりましたから、どうか頭を上げて下さいませ!」


 土下座をしていた令嬢は慌てて立ち上がり、私にも立ち上がるように手を引っ張っている。そんなこの令嬢の様子を見て、私は初めて顔を上げた。微笑みを携えながら。


「ありがとう」


 彼女の手を取りながら立ち上がり、制服のスカートについたシワを伸ばす。その間もこの令嬢はオロオロとした様子で私の顔色を伺っている。

 その様子はどこかコメットを思い起こさせる様子で、私は彼女に親近感を覚え始めていた。


「スピカ様、手首から血が……!」


 私達の周りを取り囲むようにして集まっている聴衆の誰かが、私の左手を指差しながらそう言った。その指し示されたところに視線を向けると、小さな傷から赤い血がほんのり滲んでいる。さっき手をついた時にきっと擦りむいたのだろう。

 大した傷ではないというのに、周りは息を飲みながら再びざわざわと騒ぎ始めていた。それと同時に、私とぶつかった令嬢の青い顔はどんどん白く色を失っていく。なんなら涙を堪えているようにも見えて、私の方が罪悪感を覚えそうになる。

 こんな小さなかすり傷だというのに、どれだけ大げさなんだ。と呆気にとられそうになるけど、それくらい私の悪名は高いのだと再確認させてくれる。悪代官に怪我をさせたのだ、ただでは済むまい……なんて周りは思っているのだろうけど、そんな想像通りにことは運ばせないんだから。


「良かったわ、あなたには怪我がなくて」


 私はポケットからハンカチを取り出し、それを傷のある手首に当てる。ハンカチは紳士淑女のエチケットだ。常にポケットに忍ばせている。……厳密に言えば私が、というよりもコメット達使用人が、だが。


「私の不注意だったのだから、傷は私が受けるべきだわ。だからあなたに怪我がないのなら、良かった」

「スピカ様……」


 泣きそうな顔をしていたこの令嬢は私の言葉にホッとしたのか、必死にとどめていた涙は、ぽろりと頬を伝って流れ落ちた。

 これにはさすがの私も慌ててしまう。泣かれるとまでは思っていなかったのだ。


「なっ、泣かないで!」

「も、申し訳ございません……」

「いや、謝らなくてもいいから」

「す、すみません……!」


 何を言っても泣いてしまうし、謝られるし、一体どうしたらいいのか。これでは周りから見たら私が泣かせてるみたいだし、やっぱり悪役みたいに見えるんじゃないだろうか……? そう思って彼女を慰めながら周りを見渡した時、顔を覆いながら泣きじゃくるこの令嬢にハンカチを差し出しながら割って入ってきたのは、シリウスだ。


「ハハッ。女性に泣かれると、女性同士でも困るものなのだね」


 私の方を一度も見ずに言ったその言葉が、私に向けられたものなのだと理解するのにはいっ時の時差が生じた。きっと私が戸惑っていたせいでシリウスの言葉を話半分で聞いていたせいだ。


「さぁ涙を拭いて、顔を上げて。さもなくば今度はスピカ嬢が泣き出してしまうよ」


 シリウスにハンカチを差し出され、優しく背中を撫でながら優しい微笑みを向けられているこの令嬢は、面白いことに涙が止まった。甘いマスクにほだされたのか、それとも至近距離で優しい笑みをしっかりとその目で見届けようとしてなのか、泣きじゃくっていた令嬢はシリウスのハンカチを掴みながら顔を上げた。


「シリウス様、ありがとうございます……」


 にこやかに微笑むシリウスの顔を見ていると、私はなんだか佐々木君の顔がダブって見えた。

 あれ……こういうのって、なんて言うっけ……? デジャヴ……?

 同じ光景ではないけど、私の忘れていた前世の記憶がシリウスの笑顔とこの状況とが紐付いて一本に繋がって、記憶の奥に眠っていた出来事を呼び起こす。


 あれは、私が佐々木君を認識する前の出来事——。

 放課後、廊下の掃除をしていると、誰かの叫び声が窓の外から聞こえた。窓の外には頭を押さえて蹲る美奈の姿と、その近くにはサッカーボールが転がっていた。状況から判断してサッカーボールが美奈の頭に当たったのだろう。普段からスマホの画面に釘付けな美奈はボールが飛んできていることにも気づかなかったに違いない。

 ゲームに夢中だった美奈はきっと突然の衝撃と、サッカーボールの意外な硬さに思わず泣いてしまったのだと後日言っていた。サッカーボールを取りに来た男子が慌てた様子で美奈に謝ってる様子は遠目からでも見て取れたけど、美奈は蹲ったままだった。私は慌てて美奈のところまで駆け出そうとしたその時、現れたのは佐々木君だった。

 いつもの爽やかな様子の佐々木君は一目見てあの状況を察し、今のこの状況みたいに美奈の背中をさすりながら顔を覗き込んで何か言葉をかけていた。

 佐々木君の言葉を聞いて、美奈は顔を上げて小さく笑ってた。後からそのことを聞いたら、サッカーボールをぶつけた男子が困り果てて今にも泣きそうになってたらしい。美奈が泣き止んでくれないとその男子が泣いて、佐々木君が慰めることになるからできれば泣き止んで欲しいって優しく語りかけてくれたらしい。

 その時、美奈曰く佐々木君がなんで人気者なのか、人に好かれてるのかが良く分かったって言ってた。対応や仕草がとても安心できるし、優しいからなんじゃないか——って。

 ゲームばかりしているようなオタク女子である美奈ですら、そんなふうに言わせる佐々木君ってすごいんだなーっていうのが最初の印象だった。

 あれからなのかもしれない。私が佐々木君をやけに目で追うようになったのは。

 気がつけば私はいつだって佐々木君を目で追いかけていたから、きっかけなんて忘れてしまっていたけど、思い返せばあれが私の恋の始まりだったのかもしれない。


 今目の前にいるシリウスの笑顔は、あの時美奈を慰めていた佐々木君を彷彿させる。


「もう大丈夫だね。じゃあ行こうか」


 そう言って、シリウスはこの令嬢から手を離したかと思えば、今度は私の腕を掴んで歩き始めた。


「……え?」


 意識を遠くに飛ばしていた私は、シリウスのこの行動についていけず、呆けた顔でそんな風に聞き返すと、シリウスは朗らかな様子でこう言った。


「手を怪我してるんでしょ? 菌が入るといけないから医務室に行って手当てしてもらおう」

「あっ、でも……」


 思わず一人で行けるわ。なんて言いそうになったけど、言葉途中で思いとどまった。これはシリウスと話をするチャンスだ。

 そう思っている私の意図を汲んでか汲まずか、シリウスは私の耳元でそっとこう言葉を付け足した。


「ちょうど俺も他の令嬢をどうやって振り切ろうかって考えてたところなんだ。ついでに利用させてもらえると助かる」


 そう言ってシリウスは令嬢達には見えないようにこっそり片手を顔の前に当てて、謝罪のポーズをとっている。

 ……なんと。でも確かに、シリウスは人気者だ。いつもどこぞのご令嬢達が彼を取り囲んでいる。まるでファンクラブのように。

 スターファイブとは学園のアイドルと言ったところだ。皆がこぞって彼らのあとを追いたがるのは想像ができる。


「……そうね、念のため消毒してもらうことにするわ」


 私がそう言うと、シリウスはホッとした様子で再び微笑んだ。私はその笑顔を佐々木君の笑顔と重ね合わせるようにして、見つめていた。

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