最後のスターファイブ 3
廊下を歩く足音が聞こえだした。それは遠くの方からどんどん近づいてくる。足音に合わせて校舎の角から飛び出せば、シリウスと話をするきっかけが掴める! 意気込んで足音が近づくのをただ静かに待っていた。するとその時はすぐにやって来た。近づいて来た足音に合わせて私がとびだした瞬間——。
「あっ」
あれって、思った瞬間、私の視界に広がった世界は私が思っていた展開とは異なっていた。だけど勢いよく飛び出した私の体を止めることができず、そのまま衝突し、勢いがつきすぎたせいで私はそのまま地面へと倒れてしまった。
「……いっ」
「ス、スピカ様!」
慌てた様子でオロオロと立ち尽くしているのは、見知らぬ令嬢だった。
シリウスと衝突する予定だったにも関わらず、私が衝突したのはシリウスのクラスメイトであろうどこぞのご令嬢で、シリウスはこのすぐ後に廊下の角からひょっこりと顔を出して私と、私にぶつかった令嬢を見下ろしている。
しっ、しまった。シリウスが出て来た様子は遠くにいた時に確認していたけど、まさかこのご令嬢とここにたどり着くまでに順位が変わっていたとは……!
馬鹿馬鹿しい誤算に思わず私も苦笑いをこぼした。けれど、向かいに座る令嬢は私とは対照的に青い顔をして震えている。
「もっ、申し訳ございません!」
えっ?
私がキョトンとした表情で彼女を見ていると、血相を変えたこのご令嬢が慌てて座り直し、深々と頭を下げた。それは俗に言う土下座スタイルだ。
「私が前方不注意だったばかりに……!」
なんでこの人、そんなに怯えながら私に謝ってんの? しかも土下座までして? って思ったところで、同じく角を曲がって来た他の生徒が私達を見つめながら、コソコソとこう言った。
「……なんて不運な。スピカ様に尻もちつけさせるなど、ただでは済まないわよ」
「あーあ、相手が悪かったな……」
小さなささやき声なのに、どうしてこんなに耳につくのか。悪口とはいつでもそう言うものなのだろうと分析しつつ、同時に自分が悪役令嬢なのだと心から痛感する瞬間だった。
……そうか、このご令嬢は私が悪役な令嬢だからこんな態度をとるほど恐れているんだ……。それに私は公爵家の中でも財力も権力も持っている、この学園では上位に入る家柄だ。だからこそ皆私のこのバックグランドの力に恐れてるんだ……。
「悪気はなかったのです……!」
「まっ、待って。待ってちょうだい」
今にも泣き出してしまいそうな声を聞いて、私はハッと我に返った。こんな最悪な場面で、状態でほおけている場合ではなかった。イメージ向上キャンペーン中な私はこの状況を打破しなければ、いつまでたっても悪者だ。
「あの……」
お願いだから顔を上げてちょうだい。って言おうと思ったその時だった。人だかりの中で颯爽と現れたのはシリウスだ。
「怪我はしてない?」
紺色の髪をさらりと流し、彼は膝をついて私に手を差し出した。
あまりにも滑らかな流れで起こすシリウスのこの行動に、私は面を食らった。シリウスの深い色をした藍色の瞳に、思わず魅入ってしまう。
「あっ……ええ……」
ゆっくりとシリウスの手を取ると、彼は私をすんなりと立ち上がらせた後、今度は目の前で土下座をしているご令嬢へと向かって手を差し出した。
「顔を上げて。大丈夫、誰もあなたを咎めはしないよ。ぶつかったのは事故だったのだから」
「でっ、ですが……」
「大丈夫だから、ね?」
最後の”ね?”の言葉は私に向けられた言葉だ。ゆっくりと振り返って私を見た後、同意を促すように小さく首を傾けている。同時に目で、こう私に訴えかけなながら。
——早く彼女を安心させる言葉を言って上げて。
そんな風に読み取れる、シリウスの視線。私は小さく息を飲んだ後に気持ちを立て直してシリウスの隣に膝をついた。そして目の前でまだ頭を地面につけているこのご令嬢の肩にそっと手を重ねた。
「私の方こそ、前方不注意だったわ。ごめんなさい。怪我はないかしら……?」
言いながら小さく微笑み、さらに眉はハの字に下げる。するとあからさまに周りの聴衆がざわめき始めた。
口々に何か言っている言葉は容易に想像できるけれど、私はそんなことよりも目の前にいるご令嬢から目を離さない。すると恐る恐る顔を上げたご令嬢は、伺うように私の顔を見上げてこう言った。
「……私も、ありません」
「そう、それなら良かったわ」
ホッとして私が盛大に微笑みを浮かべると、このご令嬢もホッとした表情をその顔に浮かべている。
「あの……怒っていらっしゃらないのでしょうか……?」
「怒る? なぜ?」
「それは……」
再び口ごもる彼女に、私は可笑しそうに微笑みながら、相手を安心させるようになるべく優しい口調で話しを紡ぐ。
「お互いの不注意が起こした結果で、お互いコケて罰を受けたのだから、フェアでしょう?」
「ですが……」
「あなたが私の顔色を伺うのであれば、私も伺わなくてはいけないわね」
私はそう言って、彼女と同じように両膝を地面につき、同じように頭を地面にこすり付けるようにして、土下座をして見せた。
それは同時に、周りの聴衆がざわつく結果となった。




