前世の記憶 2
「……あたた」
私はパッチリと瞼を押し開けた。
……って、あれ? 痛くない。てかそもそもなんで痛いと思ったんだっけ?
色々と疑問だらけの中、私はむくりと上体を起こしてあたりを見渡した。すると——。
「ここ、どこだろ……?」
私は山の中に寝そべっていた。なんでこんなところに? そんな疑問は目の前の光景を見て一瞬で吹き飛んだ。
「えっ、バスが横転してる……!?」
信じられない光景に、息を飲んだ。目の前には乗っていたはずのバスが横転し、窓という窓は割れ、車体もあっちこっちが凹んでいる。
「って、あのバス、私が乗ってたやつじゃ……!」
どうなってんの?! 私バスから放り出されたってこと? 待って、それじゃ……佐々木君は……!?
慌てて立ち上がろうとした時、私の目に飛び込んで来たのは——自分が横たわる姿だった。
「まっ、待って。あれって……私?」
私を抱きかかえるようにして血だらけで倒れている佐々木君の姿も目に止まった。頭が真っ白になって、思わず私は自分の両手を見つめる。
私、怪我してない……。
ここに私はいるのに、あそこで佐々木君と倒れている私は誰なのか。そもそもこの状況はどういうことなのか。私は転倒したバスから上を見上げる。急な斜面を何かが滑り落ちたような様子が山はだから伺えた。
……あそこから、落ちた?
ずーっと上を見上げると、そこに道路があるのがわかる。
ふつふつと湧く疑問を処理しきれずにいると……。
「お前は死んだんだ」
いつの間にか私の隣には真っ黒な服に身を包んだ少年が立っていた。肌の色は底抜けに白く、フードを被った小学生くらいの背格好をした少年だ。その少年の右手には彼の背丈の倍はある大鎌を持ち、もう一方の手には手のひらサイズのドクロの頭を持っている。
この少年を見た瞬間、私はなんだか全てを悟り、落胆した。
「あんた、死神?」
黒ずくめの様子といい、その鎌といい、彼は間違いなく死神だろう。それにこの私の状況……あのバスの中に私の体、もとい骸があることを考えると、この少年が死神なのは決定的だろう。
……ってか、なんてタイミング。なんで今死ぬかな私……まさかの佐々木君から告白されて、夢にまで見てた人と付き合えるようになったばっかなのに。
そんな風に考えると、自分の不運さに笑える。運悪すぎでしょ。
私が自嘲気味に笑っている時、この少年は表情一つ変えずにこう言った。
「お前は今日、死ぬ予定じゃなかったんだがな」
「……は?」
今、なんと? 私がぽかんと口を開けて少年の顔を見ていたら、淡々とした口調でさらにこう一言。
「お前は死ぬ予定ではなかった」
「……なに? どういうこと?」
何言ってんの、この子。死ぬ予定じゃなかったって、何? そしたら私がここにいるのはどういう事? あそこで横たわってる私は一体なんだっていうの?
「死ぬ予定だったのは、お前と一緒に乗っていたあの男だ。お前は死ぬ予定じゃなかった」
そう言って大きな釜を振り上げてその切っ先を佐々木君に向けた。
「佐々木君が、死ぬ予定だった……?」
そうだ。このわけのわからない状況に頭が混乱してたけど、あそこで私が死んでるんだとしたら、佐々木君だって死んでることになる。私を庇ってる分彼のほうが受けてるダメージが強いのだから。
待って、それなら近くに佐々木君がいるんじゃ……?
私は辺りを見渡した。今私がこうしてここにいるのが、例えば魂が抜けた状態なのだとしたら、佐々木君だって同じ状況になってる可能性が高い。それなら……!
「あの男を探してるのならば、あいつはすでにこの世にはいない」
「じゃあどこにいるっていうの?」
「すでに別の世界へと魂を送り届けたところだ」
はー? それって、転生するってこと?
「ってか、あんた死神でしょ? 転生させることも出来んの?」
「当たり前だ。俺は死だけではなく、生も扱う全知全能の神だ」
「はっ? 神様……?」
「本来であれば、あの男はあのバスに乗る予定ではなかった」
そう言いながら、この少年のような神様は佐々木君が横たわる場所を指差し、そしてさらにこう言葉を付け足した。
「あの男は乗るべきではなかった。そのせいでお前はあの男の運命に巻き込まれて死んだのだ」
……ちょっと待った。私死ななくて済んだの? ってか、やっぱり私死んだんだ。しかも佐々木君まで……やばい、頭混乱してきた。
「ねぇ、佐々木君はどこへ転生したの?」
色々わけわかんないけど、でも一つだけわかってることがある。
「私を佐々木君と同じ世界に生まれ変わらせて」
淡白な表情をしたこの少年の眉が、ピクリと揺れた。事務的に淡々と話をするこの少年が見せた初めての表情とも言える。
だって私、まだ佐々木君と手さえ繋いでない。そもそも話したのも今日が初めてで、たったの2時間程度なのに……そんな運命なんて、悲劇すぎる……。
生まれ変わって、また新しい人生を歩んで……でもそこに佐々木君がいないんじゃ、意味がないじゃん。
……考えれば考えるほどに気持ちが高ぶって、どんどん不満が爆発する。この変な状況にも、この理不尽な出来事にも。
「だって私は死ぬ運命じゃなかったのに死んじゃったんでしょ? 神様なのにそれを防げなかったんだよね? だったらお詫びに佐々木君が生まれ変わった世界に私も転生させてよ」
それくらいできるでしょ。だって全知全能の神なんだから。むしろここで蒼井梨々香として息を吹き返させてやる、なんて言われたとしたら私は断固拒否だ。選ぶ権利はこちらにある。ミスしたのはそっちの責任なんだから。
「いいだろう……ただし、やつと同じ場所に生まれ変わるにはもう枠があまりない」
「枠?」
「さっきも他の者を奴と同じ世界に送ったばかりだからな。どんな人生になろうとも文句を言うなよ」
「おっ、お願いだから佐々木君と同じ生き物にはしてよ」
生まれ変わってみたら佐々木君は人間で私は虫や動物でしたー、ってオチつけられた転生した意味ないし。そうなったら神を恨んで人生に終止符を自分で打つかもしれない。
「わかった」
無表情な少年は一度首を縦に振った後、身丈よりも大きな鎌を振り上げた。
「えっ、」
その後するであろう少年の行動を想像して、私は身構えた。
ま、まさか……。
「では転生してくるがいい」
そう言った後、私の予想通り少年は大鎌を私に向けて振り下ろした。その衝動と恐怖に備えて、私はぎゅっと目を瞑った——。
次話から本筋の話に戻ります。