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前世の記憶 1

  ◇◇◇



 その日は冬の一番寒い日だったのを覚えている。


「蒼井さん、ずっと好きでした」


 これは夢だろうか。元サッカー部の人気者、佐々木君に呼び出された地点で、もしかして……って期待してなくはなかったけど、まさか本当に告白されるとは夢にも思っていなかった。

 ……何かの罰ゲームじゃないよね!? なんて私は周りを見渡す。けれどとっくに授業の終わった放課後の音楽室に人の気配はない。


「あの、俺と付き合ってください」


 照れたように目を泳がせながら顔がどんどん朱に染まっていくのは、窓の外の景色が赤く染まっているせいではなさそうだ。自分の耳が熱い。私も佐々木君と同じように朱に染まり始めているよう。

 そうなっても仕方がない。だって私はずっと、佐々木君のことが好きだったから。


「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 しまった、勢いつけすぎた。私は腰を九十度折り曲げ、頭を勢いよく下げた。告白されてる側の立場のくせに、まるでがっついてるような態度に、頭を下げたままで私は苦笑いを零す。私のがっついた返事に引いてしまったのだろうか……? 佐々木君が無言だ。無言は恐怖だ。恐れながらも私は、そろそろと顔を上げた。


「よかった」


 同い年なのにお互い敬語で言い合ってたのが嘘のよう。ぎこちない空気を打ち破ったのは、破顔一笑した佐々木君の表情だった。


「最初、蒼井さんが怖い顔してるから、一瞬ダメかと思って焦ったー」


 怖い顔? してたかな? 多分緊張しすぎて表情が固まってたんだと思う。


「いやだって、佐々木君に告白されるなんて普通思わないでしょ」

「なんで?」

「なんでって……」


 人気者にはそれ相応の相手がいるのが相場だ。私は別に特段美人でも可愛いわけでもなく、普通。人気者かというとそうでもなく、スクールカーストでも中に位置する人間だ。だからこそまさか佐々木君が私に告白するなんて夢なんじゃないかって今でも信じられない。


「佐々木君は人気者だし、私達話したこともないじゃん?」

「ははっ、人気者かどうかは別にして、確かに俺達は話したことがないね」


 私はいつも佐々木君を遠目に見てた。人がたむろってるところには必ずと言っていいほど、佐々木君の存在があった。

 私達は高校三年生。もうすぐこの学び舎ともお別れとなる卒業式が近い。私は知ってた。佐々木君の行くであろう大学は私が志望している大学とは別のところだということを。

 だから私はきっとこのまま、佐々木君と話すことも、ましてや告白なんてすることもなく、この恋は静かに終わるのだと思ってた。それなのに……神様、ありがとう!


「でも俺、前に蒼井さんが死んだ猫の死体を道路の脇に埋めてるのを見たことあるんだ」


 死んだ猫を……ってそれ、一年も前の話じゃん。確かあの時、登校途中に道路の真ん中で轢かれてる猫を見つけて、なんか居ても立ってもいられなくなって……。


「ごめん、あの時実は俺、一回その猫の横を素通りしたんだよ。でも気になって戻ってみたら蒼井さんがくしゃみして肌真っ赤にしながら猫の死体を埋めてたんだ」

「あははっ、そうそう。そのあと私は猫アレルギーのせいで呼吸困難に陥りかけてそのまま学校行かずに病院に行ったんだった」


 猫は嫌いじゃないけど、昔から結構重度な猫アレルギーを持ってる。幼い頃捨て猫を見つけてそれをうちで飼おうと連れ帰った後危篤状態にまで陥ったことがある。


「すごいよな。アレルギー持ってるのに猫の墓作ろうとするのもそうだし、轢かれた猫を素手で触ってたろ?」

「まぁなんていうか、特に何にも考えてなかっただけなんだけどね」


 これは本当に。自分がアレルギーだっていうのも一瞬頭の中から消えるくらい、あの猫の死体を見たとき放って置けなかった。


「手は石鹸で洗えばいいやーって思ってたし、消毒ジェルも持ってたし」

「俺は無視した人間だから、だからこそ蒼井さんってすげーって思ったんだよね。むしろ自分が情けなくなったというか……」


 別に自分は特別なことをしたとは思っていない。あの時、道路で猫が死んでいるのを見た時、次々に来る車に轢かれていくのが見ていられなかったっていうだけ。ただそれだけ。


「死んだ後まで辛い思いさせたくないじゃん? って死んでるんだから辛い思いすることもないのかもだけど」


 あははっ、って私は自分で言った言葉に対して笑い飛ばす。自分でも何言ってんだろーって思って。たとえ言ったことは本心だったとしても。


「……だから、俺は蒼井さんを好きになったんだ」

「はっ?」


 ムードもへったくれもない、アホみたいな声をアホみたいな顔で言ってしまった。

 だって佐々木君がそんな言葉を不意打ちで言うから……。みるみる朱く染まる表情を見て、私の胸の奥がムズムズと暴れ始める。

 ああ本当に、佐々木君は私のことを好きなんだ——って、実感を噛み締めていた。


「蒼井さんってバス通学だよね? そこまで一緒に帰ろう」

「うん、うん!」


 バカみたいに首を縦に何度も振った。もう首がもげたっていいって思うくらいバカみたいに振りまくった。全身で一緒に帰ることを喜んでるって示したかった。


 私たちは学校を出てからも、特に中身の無いような、たわいのない会話をした。今日の休憩時間に何してたかとか、担任の悪口とか、お昼ご飯の内容とか。本当にたわいのない話だ。それなのに私は、緊張して上手く話せてる気がしなかった。だけど佐々木君が終始嬉しそうに笑ってくれるから、私もつられて笑顔が溢れた。


「あっ、バス来たね」

「ほんとだ」


 電車通学の佐々木君は私のバスが来るまで一緒に待っていてくれた。

 もうちょっと一緒にいたいな、って正直思うけど、佐々木君はそうでもないのかな……? 予定あるかもしれないし、ここで引き止めるのは気が引ける。

 私がそんなことを思っていると、バスは私達の前に停車した。


「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 連絡先は交換したし、今日帰った後メッセージ送ってもいい。明日も学校だし学校で会えるから、今日はおとなしく帰ろう。

 そう思って、後ろ髪引かれながらもバスに乗り込んだ。このバスの路線はいつも人の気配が少ない。私は選び放題な席から窓際を選び、まだ窓の外で立ち尽くしている佐々木君を見つめた。


(ずっと、人懐っこい笑顔をする人だなって思ってたんだよね……)


 その人懐っこい笑顔が今も私に向けられている。するとバスは扉を閉め、発車を始めた。手を振る佐々木君を私はじっと窓に食らいつくように見つめていると……。


「えっ?」


 佐々木君は突然走り出した! バスのバックミラー越しに運転手に手を振って合図を送っている。

 突然どうしたの!? と驚きながら私は窓を開けて佐々木君に声をかけようとした時、運転手は佐々木君の様子に気がついて急停車した。

 止まったバスに追いついた佐々木君は、扉を開けてくれた運転手に向かって頭を下げながらバスに乗り込む。


「すみません乗ります。停まってくださってありがとうございます」


 バスの運転手にそう言って再び頭を下げた後、照れた様子で私の席までやって来る。照れたような笑顔で、息をあげながら。


「ごめん……蒼井さんの最寄りのバス停で折り返すから、それまでもう少し一緒にいてもいいかな?」

「えっ、もっ、もちろんですとも!」


 私は思わず叫んだ。私の様子を見て佐々木君は再び笑った。あの爽やかにも人懐っこい笑顔で。私は窓際に詰め寄り、佐々木君は私の隣に座る。すると再びバスは私たちを乗せて走り始めた。


「で、でも、いいの? この路線バスの本数少ないし、私結構奥地に住んでるから片道だけでも結構時間かかるよ?」


 バスが動き出してから聞くものでも無いけど、言わずにはいられない。そうじゃないと佐々木君の帰宅時間が遅くなってしまうし。


「ほんと? そしたらもう少し長い間蒼井さんと話ができるね」

「……」


 優しい笑顔でそんな言葉をあっさり言われてしまうと、私はすでに心臓がもたない。嬉しくて爆発しそう……。

 こうして、私達の道中が始まった。私達は再びたわいのない話に終始夢中になった。いや、正直話の内容に夢中になってるわけじゃなく、私は私の知らない佐々木君を知っていくのに夢中だった。

 いつも遠くで見つめているだけだった佐々木君とこうして隣の席に座って話しているだけで、まるで夢だと思えて。途中何度かバスは停車し、その度に誰かが乗っては降りていく。けれど周りの様子なんてただの景色で、私が見えている世界には今、佐々木君が真ん中にいる。


 ——そんな幸せな時間に、あの悲劇は起きた。


 突然世界がぐらりと揺れた。それと同時にキキキッ! と、タイヤが滑る音がしたと同時だった。バスは左右に大きく揺れながら、バスの天井が横を向き、同時に佐々木君が私にのっかかるように迫って——その後は記憶がない。

回想、続きます。

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