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夕食を一緒に…

 食堂に運んで来てくれたスムージーを飲み干し、私のお腹は満たされた。すごく美味しかった。もうそれだけで幸せだった。

 人はそれぞれ幸せを感じる瞬間というものがあると思う。梨々香時代の友人では、ゲームをしたり、カラオケに行ったり、漫画を読んだり。色んな幸せの形があると思うが、私は断然美味しいものを食べている時に一番幸せを感じる。


「お下げいたします」


 そう言って、私が今飲み干したばかりの空いたグラスを下げているのは、相変わらず愛想のないミティアだ。


「ねぇ、使用人のみんなもハレーのご飯をたべたりするの?」


 まかない制度があるのか、たったそれだけの小さな疑問だった。ミティアはにこやかにとはいかないものの、近くにクロイツがいるせいか、いつもより朗らかな様子で返事を戻した。


「はい。もちろんスピカ様がお召し上がられるような食事とは違いますが、食事が職務に含まれております」

「そうなのね。ハレーの食事はどれも美味しいから食事がついてるのは嬉しいわね」


 私がそう言って微笑んだが、ミティアは鋭い瞳で私を見据えた。

 ……だからいちいち睨まないで欲しいのだけど。ミティアの態度が急変したのは、クロイツが何かの用事でこの食堂から姿を消した瞬間だった。


「それはどういう意味でしょうか?」

「どういう意味って……?」


 特に深い意味はないんだけど。

 そう思うのに、ミティアは何か勘ぐっているのか、声が格段に冷たい。声もそうだが、鋭い瞳からは身の毛も凍るような冷たい視線を私に投げかけている。


「使用人には食事など与えないように公爵様に助言でもなさるおつもりでしょうか?」


 いやいや、なんでそうなるのよ……。ミティアの中で私ってどれだけ最悪な令嬢なんだ……。


「もちろん、そんなことするつもりはないわ」

「そうですか」


 そうですか、とあっさり言っているが、その瞳からは疑念にまみれた視線を私に浴びせるように投げかけている。


「というか、クロイツがいなくなるとあからさまに態度が冷たいわね」

「当たり前です」


 当たり前ですって……当たり前なの? むしろそこがまず疑問なのだけど。


「クロイツの前でこんな態度を取れば、後でお説教を受け重労働な仕事ばかり振られてしまいますので」

「ミティアって、この仕事を続けたいと思っているのかやめたいと思っているのか、よくわからないわね」


 ここでの仕事はお給料が良いから私がクビを宣言しない限りやめる気は無いと言っていたが、その割に私にやめろと言われたいのか? っていう疑問な態度をとってくる。彼女は裏表がない分わかりやすいはずなのに、なかなか掴めない性格をしている。



「今朝も申し上げた通り、ここの給与は悪く無いのでやめるつもりはありません。私からは」

「私からは?」

「もしスピカ様が私を気に食わないからやめろというのであれば、私はいつでも辞める覚悟は決めております」


 うん、それは見て取れる。


「その方が退職金をつけていただけるので」

「……なるほど」


 そうなんだ。この世界にも退職金制度ってあるのか。なかなか現金な話だ。だけどそれを聞くとミティアの態度は納得しかない。

 ……ってかなんか、ミティアと私のこの構図、逆じゃない? 雇い主と雇われている使用人。その上私は貴族でミティアは違う。そして私は世間的には悪役令嬢と呼ばれている。

 ……それなのに、今この状態って下克上起きてるし、ミティアが私を蔑んでるようにも思えて、彼女の方が悪役令嬢らしいではないか。

 ミティアの表情が突然固まった。振り返ってみると、入り口には再びクロイツが姿を現したのだ。いやいや、本当に、気持ちがいいほど分かりやすい性格をしてくれる。



「スピカお嬢様」

「何かしら?」


 クロイツは私の元へと来た後、頭を少し下げながらこう言った。


「先ほどレグルス様よりご連絡がありまして、夕食時にはレグルス様がこの屋敷に来て、スピカお嬢様と一緒に夕食を取りたいとおっしゃっております」

「えっ?」


 レグルスが? なんでまた?

 私の顔は口で話すよりも雄弁だったようだ。驚いた表情そ見せた私に向かって、クロイツはさらにこう言葉を付け加えた。


「ただしスピカお嬢様の体調のこともありますので、お断りもしたのですが、それならばせめて顔だけでも見たいとおっしゃっております」

「顔だけでも、見たい……?」


 何を言っているのか。顔ならさっき見たではないか。早退はしたけど、学校を休んだわけじゃない。顔ならその時腐る程見ているはずだ。何せ私たちはクラスメイトであり、朝も門のところで待ち伏せしてから一緒に登校していたのだから。

 一体何を企んでいるんだ、あの男は……。


「いかがなさいましょう? 学校が終わって今こちらに向かっているようなのですが、スピカお嬢様の体調が優れないようであればこちらからご連絡を差し上げ、お断りいたしますが?」

「断わりの連絡をお願い。私は疲れているから、とレグルスに伝えてちょうだい」

「かしこまりました」


 会釈をした後その場を立ち去るクロイツの背中に視線を向けながら、私の頭は疑問でいっぱいだった。

 今私の周りにいる人物の中で、一番何を考えているのか分からないのは、レグルスだ。レグルスは単純な性格をしていて、分かりやすいタイプだと思っていたのに……。

 スピカとしての過去の記憶から引っ張り出してもそうだ、レグルスは私が半ば強制的に設定していた朝の出迎えも、言葉の言い回しも、どれ一つを取っても彼はどこかしらそれを面倒だと思っている節が滲み出ていた。

 悪役令嬢スピカとして生活していた過去の私は、自分の感情には多感な割に、人の感情には疎かった。だから気づいていなかったのだが、梨々香の記憶を取り戻した今の私から見れば、過去のレグルスの言葉尻や表情の端々から漏れ出ていた不満がよくわかる。

 だからこそ、今のレグルスの行動や言動は違和感だらけだった。婚約してるとはいえ、レグルスは基本的に私の屋敷には寄り付かないし、ましてや私と二人で、学校外での食事をとったことは一度もない。

 仕事で忙しくこの屋敷にほとんどいない父親が、時々レグルスを呼んで食事をとることはある。だがそれも年に一度あるかないかの行事だ。


 私が部屋に戻り、夕食の時間まで時間を潰していた私の元に、クロイツは再び現れて、こう言った。


「レグルス様の申し出はお断りいたしました」

「そう、ありがとう」


 思わず私はホッと胸をなでおろした。……だけど。


「ですが代わりに明日の朝は、スピカお嬢様のためにこの屋敷までお迎えに上がるそうでございます」

「……えっ?」


 なでおろした胸が、再び持ち上がる。


「スピカお嬢様の体調が心配だからとおっしゃっておりました」

「クロイツ、申し訳ないけれど、もう一度断わりの連絡をレグルスに送ってもらえるかしら?」

「……それが、レグルス様より念を押されておりまして、もし体調が悪くて学校を休むようなことがあれば、その時はスピカお嬢様の顔を一目見れば帰るからと……」


 ほれみろ。さすがのクロイツですらこのレグルスの様子にはおかしいと感じている。明らかにレグルスの言動と行動に対して疑問を感じてるじゃないか。

 普段はあまり感情を出さないクロイツ。そんなクロイツの眉根には小さなシワが寄せられている。

 そう思いながら、聞いてる限りこれ以上断れそうにもないと思い、ため息ひとつついてから私はクロイツに返事をした。


「わかったわ……」


 本当にレグルスは一体、何を考えているのだろうか……。

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