刷り込み
結局のところ、エルナトのことも大して掴めなかったな。
私はあの小部屋を出た後、廊下を歩きながら教室へと向かう。腕を組んで、頭を傾げながら。
「サッカーしてたってところはなかなかポイントが高いように思うんだよね」
一度聞いてみようか。過去の記憶があるのかどうか。そもそも思い出していないていで考えていたけど、私と同じで思い出してるかもしれないじゃん。それなら話は早いし。
……いや、もし前世の記憶があるのだとすれば、佐々木君があの性格だとは思えない。佐々木君はあんな冷徹な奴じゃない。
初めから佐々木君探しは詰んでいたが、人に会って話してみるけど佐々木君らしい人物は見当たらない。簡単じゃないとは思ってたけど、これほどとは……。ゲームの中の人物なんて限られてるだろうって甘く身過ぎていたせいなのかもしれない。実際はもちろんたくさんの人がこの世界には存在しているのだ。
ひとまず、誰と話をする時も佐々木君かもしれないって思って接した方がいいのかも。そんな風に思って私が落胆しかけていたその時だった。
「スピカ!」
耳をつんざくような声が廊下に響き渡る。それに驚いて私の体はピクリと小さく揺れた。恐る恐る声のした方を振り返ると、そこに立っていたのはレグルスだった。
「……さっきの授業の間、どこにいたんだ?」
普段は私と関わり合いなど持とうとしないレグルス。私が不機嫌になると面倒だから……という理由から、私のいう通りに嫌々ながら行動していたはずなのに。それなのに、どうしてあそこにいるレグルスは私に向けて不快感を露わにした表情をしているのか。
「あ、えっと……少し体調が優れなかったので、休んでいたの」
気迫に押されたせいと、そんな風に詰め寄られるとは思っていなかったせいで、私は思わずしどろもどろにそう答えた。
「その割に休憩室にいなかったじゃないか」
なぜそれを知っているのよ。というか、エルナトにあの部屋を追い出されそうになった時、休憩室に行けばよかったのだと思い返していた。前世でいう保健室に近い休憩室。もちろんもっと豪華で、その部屋には専門医の他に給仕する使用人も付いているのだが。
体調不良を訴えればきっと休めたはずだ。
「あら? 私を探してくださっていたのかしら?」
スピカっぽくそう言って、私は背筋を正した。
「ああ」
少しがぶり寄るようにして、二言返事であっさりと認められてしまった。まぁそれも私がそう仕込んだ設定なのだろうけど。けれど、その設定はリセットすると、今日すでに何度も言ったはずなのに。相変わらず、レグルスは私を追いかけてくる。レグルスとは幼馴染で付き合いも長い。婚約したのも幼少の頃だ。だから私の刷り込みが染み込みすぎて、いくら訂正を加えようとも、それすら普段通りのセリフだと思われてしまうのかもしれない。
ここで実際に私を探さなかったら以前のスピカなら絶対怒るはずだから。
「そんなに私が気になるの? でも大丈夫よ。だからしばらく放っておいてちょうだい」
こう言えばある意味私の命令だと捉えて放っておいてくれるだろうと、私は踏んでいた。レグルスの言うセリフと思っていることはいつも真逆。だからこそ心の中では手放しで喜んでくれるだろうと思っていた。
……それなのに、レグルスは真剣な表情でこう言い返す。
「昨日倒れたばかりの奴が何言ってるんだ」
刷り込みを解くのって、こんなに難しいの……?
レグルスは言葉の端々で私のことを厄介だと思っているのは見て取れていた。だからこそもうそろそろ離れてくれても良い頃合いなのに。
「それは猫が原因だったからでしょう? 猫に触れさえしなければ大丈夫だわ」
「その猫がこの学園内にいるのだから、いつまた倒れるかわからないだろ」
猫がこの学園内にいることを知ってるところをみると、レグルスはあのヒロインのミラと何かしら会話をしたのだろうか。はたまたレグルスと仲の良いボルックスから聞いたのだろうか。
どちらにしても、束縛されてるようなこの質問は、ちょっと不快だ。好きでもない人に束縛されるのってこんなにうんざりするもんなんだ。今までのレグルスはまさにこんな感覚だったのかな? なんて自己分析をしている間もレグルスの表情は険しい。
「さっさと帰るぞ」
そう言ってレグルスは私の手を取り、ズカズカと廊下を歩き始める。
「……えっ?」
「車を門の前まで呼んでおいた」
「ちょっ、ちょっと待って」
なんでこんなに強引なの? そんなに私を……?
「……そうね、わかったわ」
私はレグルスにされるがまま、抵抗するのをやめた。そんな私の様子をちらりと見たレグルスは、一瞬驚いたような表情をした後、小さく笑ったようにも見えた。
……そんなに私を、早く帰らせたい理由があるのよね?
私はそんな風にこの流れを踏んでいた。きっとレグルスはミラともっと親密になりたいんだと思う。そこに私がいればあのカストルとボルックスのようにミラと仲良く接することができない。
もし私が体調を崩して早退してくれさえすれば、ミラと親密に接することができるというもの。……もちろん婚約者という存在がいるのだから、人目を気にしてあからさまなことはできないだろう。だけど婚約者がいないというだけで自分という存在をミラにもっとアピールする絶好のチャンスだ。
ミラだってもしかしたらレグルスのことを気に入っているのかもしれない。そうなればこのタイミングで何かイベントが起こり得る可能性は大きい。
ここはいっちょ、私が一肌脱ぎますか。そう思って私はレグルスに手を引かれながら校門へと向かった。
このまま二人がくっつく未来を想像しつつ、どれくらい私に残された時間があるのかわからないけど、自分の性格が変わったことをもっと周りにもアピールし、周りを味方につける術を考えていかなければ……と、そう思いながら。




