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秘密の部屋2

 エルナトのイメージが少しだけ柔らかいものに変わり始めていたその時だった。話を色々と聞き出すチャンスだと思った。しかもエルナトは私が聞く前にこの部屋のこととかを説明してくれた。ということは、少しは私に心を開いているのかもしれない。


「ねぇ、ここにある本は全てあなたのなの?」


 壁一面、見渡す限りぎっしりと敷き詰められている。この部屋が元々使用人達の待機部屋だったのだとすれば、この本棚は自分で用意したのだろうか。


「ああ、本を読んでいると落ち着くからな。クラスにいると令嬢に付きまとわれて厄介だからな」

「それは人気者だからだと思うけれど?」

「人気者? 外見と肩書きに食らいつくだけの腹をすかせたハイエナと同じだろう」


 毛嫌いするような表情を見せるエルナト。

 なんという言い方……蝶よ花よと言われるご令嬢方をハイエナだなんて。さすがはスターファイブ切っての冷血漢。


「けれど、端麗な容姿は一つの長所でしょう? 私は両親に感謝すべきことだと思うけれど」


 前世の私の容姿は並と言ったところだろうか。可もなく不可もなく。だからこそスピカとして転生し、中身はどうであれ容姿に不自由していないのは正直嬉しいことでもある。

 容姿が全てだとは思わないけど、前世のことがあるから比較対象になる。それゆえの意見だ。


「誰も見た目を否定しているわけではない。が、見た目はただの第一印象をよくするものであって、中身が伴わなければ結果中身のないただの器だ」

「まぁ、それもそうね」


 スピカがまさにそうだ。結局人と長く付き合うのは中身が必要になると自分も思うから。

 私があっさりとエルナトの意見を肯定したからか、エルナトは少しだけ目尻がつり上がった瞳を細めて私を見ている。


「お前……俺が聞いていた印象とはかなり違うな」

「印象なんてものはあなたの先入観でしょう? だって私達、話をするのなんてこれが初めてなのだから」


 話をするのは初めてだが、お互いに顔や存在はよく知っている。それも不思議な話だと思いながら、私は佐々木君のことを思い返していた。

 話をするのが初めてで、その初めて話をした日、佐々木君は私に告白をしてくれた。佐々木君は私が遠くから見つめていた存在そのものだった。私の想像していた通り、優しくて温かい人だった。学校で、帰り道で、あのバスの中で話をしただけの短い時間だったけど、それでもそう思えるほど佐々木君は私の想像した通りの人だった。


「遠目から見ていたお前は高飛車で高慢な奴だとばかり思っていたが……というか、レグルスに対する態度や他の令嬢に対するものもそうだったように思うのだが、それも俺の先入観だったのか?」

「人は変わるものなのよ。今もこの瞬間にも。だから過去の私で推し量ってもらいたくはないわ」


 そう、私は変わった。いいや、変わるのだ。悪役令嬢なんて不名誉な肩書きを、誰もが忘れ去るくらいの人物に。そう心に誓いを立て直していたその時、ふと本棚の一角に、白と黒の縦縞の紐が本と本の隙間から垂れ下がっているのを見つけた。私の立っている場所からすぐ近く。思わず手を伸ばし、それを掴むと……。


「これ、あなたの……?」


 それは金色のメダル。手のひらサイズのメダルの中に描かれているのは、サッカーボールのイラストと、チャンピオンシップ優勝と書かれていた。


「ああ、こんなところにあったのか」


 エルナトは私の手からそれを引き取り、少しそれを見つめた後、ポケットの中へとしまい込まれてしまった。


「昔のものだ」

「なんだか意外だわ。本が好きと言いながら、スポーツをしているなんて」

「してはいない。あくまで”していた”というだけの昔の話だ」


 そんな謙遜して取れるようなメダルなの? でも優勝って書いてたし……。

 というか、この世界にもサッカーとかあるんだね。いや、あるか。けど、貴族がサッカーとかするの……? ちょっと違和感しかないけど。


「さぁ話は済んだだろ。お前が聞きたがっていたような内容は全て答えたんだ。さっさと出て行け」


 突然追い出しにかかるエルナトの圧を気にせず、私は椅子に座った。


「……居座る気じゃないだろうな」

「あら、いいじゃない? 今は授業中で、私もどこで時間を潰そうかと考えていたところだったの、ちょうど良かったわ」

「他で時間を潰せばいいだろ」

「だからどこでなの? どこも鍵は閉まっているし、授業をサボっているところなんて見つかったら困ったことになるわ」

「俺はならない」


 そりゃそうだろうよ。わざわざ言うところが性格悪い。


「私のことは気にしないで、じっくり本を読むなりなんなりしたら……って、あなたこそ授業に出ればいいんじゃない?」


 そもそも何さぼってんだって話だ。私はまぁ体調が万全ではないという名目があるわけで。だけどエルナトはそうじゃない。


「外にお前がいたから出るに出れなかったんだ」

「ああ」


 なるほど。秘密の部屋がバレてしまっては困るもんね。中から外の様子を気にかけて、私が立ち去るのを待っていたってわけか。


「もうバレてしまったのだし、今から出て行くのは可能かと。もちろん、とっくに授業は始まってしまっているけれど」

「今更授業に出る気になどなれるか」


 あら、そう。と私はエルナトとの会話を一旦切り上げ、再び部屋の中を見渡した。これ以上話していてもラチがあかない。私は出て行く気もなければ、エルナトもそうだろう。

 そちらがこちらの存在を空気と思ってくれないのならば、私がエルナトを空気と思えばいいだけの話。本当はもう少し話をしてエルナトという人物を探りたいところなのだけど……それはきっと今じゃないかも。エルナトの険しい表情を見てそう思った。

 私は本棚から勝手に一冊抜き取り、パラパラと中身を黙読した。が、小難しい内容の世界が広がっていて、思わず寝そうになる。


「こんなに難しいものを読んでるの?」


 エルナトも諦めた様子で私の向かいにある椅子に座り、そばにある本を手に取っている。どうやら私との会話を楽しむつもりは毛頭ないようだ。

 まぁいいわ。ひとまずこれでここに居座れる。授業が終わるまで居場所があるのは有難い。

 私は再び別の本を手に取り、表紙を確認する。するとそれには心理学と書かれていた。

 まじか。私が生涯で一度たりとも手を出したことのない分野。というかそもそも私は普段から本を読まないのだけど。

 このまま本を読んでいたらきっと寝てしまう。そう思った私は本を読むふりをして、エルナトを観察してみることにした。ここにある本をざっと観察してみると、建築についての本、人体解剖学、大脳生理学、歴史……などなど、頭が痛くなりそうなタイトルの本ばかりが置かれている。

 エルナトが頭いいのはこういうところから来るのかしら?

 彼は成績上位者だ。確か入学式の時、成績トップでこの学園に入学したのだとクラスのご令嬢達が言っているのを聞いた。入学式の答辞を読んだのは別の人物だったが、それは答辞を読む事をエルナトが拒んだからだとも言っていた。

 普段からあまり目立つ事が好きではないらしい。けれど、その容姿と家柄からいつも目立つ位置にいるのだが……。

 そういえば、サッカーのメダル持ってたよね? 昔してたって事かな? 佐々木君も元サッカー部だったからこれは大きな共通点なのかもしれない。


「……どうしたの?」


 突然パタンと本を閉じ、ため息を一つついた後にスクッと立ち上がった。


「お前の顔がうるさい」

「それは……どういう意味なのかしら?」


 顔がうるさいって、そもそもなに?


「俺はチラチラ見られるのが好きではない」


 あら、気づかれてた。

 しまったと思いながら私はひとまず笑って誤魔化してみたけれど、どうやら誤魔化される気はない様子。


「俺は隣の部屋へ行く」

「隣?」


 ああ、隣の部屋とも繋がってるんだった。そっか、それなら私はわざわざエルナトと二人でこの部屋に閉じこもる必要はなかったのか。

 その事に今更気づいて私が同じく立ち上がる。


「そうだったわね。それなら私が移動するわ」


 エルナトがご令嬢達から逃げるのは女子の好機の目が嫌なのだと思う。だから私がチラチラ見ていたのもそういう意味で捉えられてしまったのかもしれない。いや、あながち間違ってもないけど、部屋にかくまってもらってる上に不快な気持ちにさせるのはちょっと申し訳ない気持ちだった。だから善処しようと思っての言葉だったのに、エルナトは完全にそれを拒否した。


「いや、次の授業まで俺がそっちへ移動する。その代わり、俺がその部屋から戻ってくる時までにお前はここを出て行け」


 こらこら、どこまで失礼な奴だ。これ以上顔を見たくないと言うのか。


「心配しなくても、分かっているわ」


 私は読めもしない本を開き直し、食い入るようにそこに視線を落とした。それは小さな反発のつもりだったが、隣を通り過ぎる瞬間、エルナトが小さく笑った吐息が聞こえた気がした。だけどそれさえ確かめようとはせず、私はひたすら本に視線を張り付けていた。

 そしてエルナトは、次の休み時間になっても部屋を出て来る様子はなかった。私は授業終了のベルの音と共にあの小部屋を後にした。

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