4人目のスターファイブ
結局、何の手がかりも掴めなかったな。
3人と話を終えた後、私は再び一人、廊下を歩いている。ふむっ、なんて腕を組みながらさっきまで繰り広げていた話を思い返していた。
……正直、カストルとボルックスは佐々木君じゃないように思う。だけど私も前世の記憶が蘇る前はただの悪役令嬢だ。ゲームが設定した性格を引き継いでいただけだから、ゲームの世界でのそのままの性格。人に蔑まれるような悪役令嬢の性格をしてた。それは私だけど私じゃないみたいな……。だから佐々木君もきっと、私が知る佐々木君とは違う性格をしている可能性が高い。
本人が前世の記憶を思い出していなければ、の話だけど。そもそもそれって思い出せるものなのかもよく分かんないけど。けどやっぱり、思い出してもらうのが一番手っ取り早い。
「それにしてもあのミラってヒロイン、なんか既視感覚えるようなキャラだね」
乙女ゲームが設定してる主人公の定番な性格って知らないけど、彼女はドジっ子系? いつの時代もそういうキャラはいるから既視感感じてもおかしくないか。
「とにかく彼女は今のところ害は無さそうだし、レグルスとくっ付いてもらえるように話を進めなくちゃ」
さて、残りのスターファイブにも会っておきたいところだけど、残りの二人はあまり接点がなくて、話したことがほぼない。カストルとレグルスは仲が良いから話したことはあるし、ボルックスはカストルといつも一緒にいるから自然と何度か話したことがある。だけど残りのスターファイブであるエルナトとシリウスは基本的によく分からない。婚約者のレグルスがいる手前、別の男性と用もないのに話をするのは風紀上あまりよくないのがこの世界なのだ。
「クラスも違うし、接点ないし。さてさて……」
なんて思っていると、向かいの校舎を歩いている人物が目に飛び込んできた。その理由も——。
「あっ、エルナトだ」
すぐに視界から消えたけど、あれは絶対そうだ。真っ黒な髪に赤い瞳。遠くからでもわかるほどその瞳はとても鋭い。
えーっと、エルナトはツンデレな性格のはず……もちろんそれはヒロインに対しての話だけど。きっと私が話しかけたところでデレたりはしないだろう。スピカとしての過去の記憶から紐解いて見ても、私はエルナトと話したことがない。けれど、他のご令嬢が話しているのを見聞きしたことはある。
話しかけようとする令嬢から立ち去るようにして彼はいつもどこかへ消えてしまう。女子に群れられるのが心から嫌悪しているような表情を見せながら。
だからきっと、私が話しかけてもエルナトは良い顔をしないだろう。この設定だけで言えば、エルナトは間違いなく佐々木君の要素がない。けどそれは私も同じこと。悪役令嬢と人に蔑まれるような性格を前世の私はもってなかったはずだ。そう考えると、話してみる価値は十分にある。
「よし、いっちょ行ってみるか」
私はエルナトがいた向かいの校舎へと駆け足で移動した。すぐそばにある渡り廊下から隣の校舎へ行くのは簡単だ。たどり着いたその先で、私はエルナトがいるだろう方向へと体をターンさせた。だけど……。
「あっ、あれ……?」
エルナトの姿はなかった。というか、誰の姿もない無人と化している校舎。
基本的にこの校舎は使われていない。移動教室だったり、サークルなんて軽い感じの部活をしている部屋があるだけだ。そして今は誰にも使われていない時間帯なのだろう。
「でもこっちに歩いって行ってたよね? おかしいな」
この先は行き止まりだ。私は近くの部屋の扉に手をかけた。だけど扉はしっかりと施錠されている。
「おっかしいな……見間違えたのかな?」
そうこうしているうちに、授業開始のベルが校内に鳴り響く。その音色はこの学園内にある教会の屋根についている本物の鈴の音だった。今急いで戻れば授業には間に合う。
「昨日倒れたばかりだし、今日ぐらいサボっても良いんじゃない?」
なんて、誰もいないのにそんな言い訳を言ってみる。スピカは意外と真面目に勉強するがり勉タイプだ。だから授業サボるなんてことは普段しないいし、したこともない。だけど前世の私は勉強が得意じゃない。勉強を好きだと思ったこともない。
だけどサボるって言ってもどこに行ったらサボれるんだろう。裏庭とか? 人気が少ないところがいいし、先生に見つからないところを探さなくては……。
そう思っていた矢先のことだった。向かい側から先生がやってくる姿が見えて、私は慌てて壁の出っ張りの隙間に隠れた。すると——。
「えっ……おわぁ!」
壁がクルンと回転した。まるで回転ドアのようで、忍者屋敷の隠れ扉のように。
背中を預けたその壁は鉄筋とコンクリートで出来たものだとばかり思っていただけに、不安定なものに背中を預けていた私の体は転がるように倒れた。
——と、思っていた。
「……おい、ここで何をやっている」
そんな冷たい声を、こんな間近でかけられるとは思っていなかった。
……どうやら私は、エルナトに受け止められるような形で、背中を預けていた。




