待遇の違い
……とはいえ、どうやって話を切り出してあの輪の中へ入ろうか。
中庭に到着したものの、3人はすでに和気藹々といった様子で楽しげに話を始めている。さっきまで遠巻きにいた女子達もその姿を見てられないと思ったのか何なのか、気がつけばもうそこにはあの3人しかいない。
このタイミングを逃すのはもったいない。そう思って校舎の影からぬっと姿を現した。
「あら、その猫はあなたの猫だったの?」
ミラが抱きかかえる猫に着目して、私は品良く背筋を伸ばして3人へと近づいた。3人は木の木陰で芝生の上に座って話し込んでいた。
「やぁ、スピカじゃないか」
そうフレンドリーな挨拶を交わすのはボルックスだ。カストルはレグルスとも仲良いせいか、私に対する口調がかなり軽い。
「スピカ嬢、昨日門のところで倒れたって聞いたけど、大丈夫?」
ボルックスよりも柔らかい口調で話しかけてきた方がカストルだ。二人は一卵性の双子らしく、外見はすごく似ている。後ろでひと房長い髪を結んでいるのがレグルスで、性格に関しては落ち着きのないのがボルックス。カストル方が少し大人びて見える。けれどそれくらいの違いだった。
「ええ、もう大丈夫よ。どうやら猫アレルギーが発症してしまったみたいで、その猫が昨日近づいてきただけで倒れてしまったわ」
「そうなんだ。可愛い猫なのに触れないのは残念だね」
カストルはミラが抱きしめている黒猫を優しく撫でると、まんざらでもないのか猫も気持ちよさそうに目を細めた。
「ところで……初めまして、よね? あまり見かけない方のようですが」
白々しく首を傾げながらミラに向かってそう言うと、少し威圧的だったのか彼女の性格なのか、ミラは慌ててなぜか正座の体制に座り直した。
「はい、私は転校してきたばかりなのです! ミラと申します!」
この世界ではマッシュボブは変わったヘアスタイルだけど、彼女にはとてもよく似合っているな、と嫌味なく思った。しどろもどろしながら答えるミラの様子にクスリと微笑みをこぼして、私はスカートの裾を少し開く形で会釈をしながらこう言った。
「ミラさんね。初めまして、私はスピカと申します」
「はい、存じております! 美人で有名なスピカ様のことはよく見聞きしておりました!」
ミラは勢いよく手を上げて威勢良くそう返事をした。するとそれに驚いたのか、ミラの手の中にいた黒猫が慌てて立ち上がった。その様子に私も慌てて猫から距離を取る。3人に近づきすぎずに距離を取っているのは、その猫がいるため。
「わっ!」
「おっと、逃がさすか!」
逃げる猫を走って捕まえたカストルは、私の方を向いてにっこり笑った。
「スピカ嬢がまた倒れたらレグルスが慌てて飛んでくるぞ」
「……いや、飛んできたくもないだろうけどな」
不要な言葉をこぼしたのはボルックスだ。私はその言葉を聞き逃しはしないが、あえて聞こえないフリをした。だって多分本当にそうなのだろうと思ったからだ。倒れれば飛んでくるかもしれない。けれどそれは私がそう躾けたからだ。万が一レグルスが心配してこなければ私は火を吹いたように怒るだろう。だから彼は仕方なくやってくるのだ。
「カストル、お願いだからその猫をこちらには寄せないでちょうだい。生死に関わる事態になるわ」
「わかってる」
カストルはそう言って、猫を優しく撫でた後、芝生の上で正座をしているミラの膝にちょこんと乗せた。
「ミラ。今度は逃がさないように捕まえてあげて。さもないとスピカ嬢がこの猫に何するか分からないから」
「何もしないわ。むしろ私は触れないんですから」
猫が嫌いなわけじゃない。ただアレルギーなだけなのだ。あの黒猫はまだ大人になりきれていない、まだまだ子供もだ。そんな猫が可愛いと思う気持ちはある。けれど触れないのだ。
「この猫私の猫ではないのですが、さっきこの木の上にいて降りれない様子だったので助けていたのです」
「結局ミラも降りれなくなってたけどな」
にししと笑ってボルックスはミラの頭をくしゃりと撫でた。まるで猫の頭を撫でるみたいに。
「あんま無理するなよ」
「あっ、あれは、不慮の事故ってやつです」
ミラは膨れてプイッとボルックスから顔を背けた。すると今度はカストルがミラの頭を優しく撫でている。ボルックスよりかは幾分も優しく、愛でるように。
「あんまりミラをいじめすぎるなよ。そのうち噛み付くかもしれないぞ?」
「ハハッ、上等だ。ミラ、いつでも噛み付いていいぞ」
そう言ってボルックスはミラの口元に腕を差し出した。けれどそれをミラは振り払う。
「そっ、そんなことしません!」
……なんだこの展開は。これが乙女ゲームの世界か……。
執拗にミラを取り囲むイケメン双子。前世で乙女ゲームはしたことないけど、少女漫画はたくさん読んだ。
目の前で広がる光景はまるで、逆ハーってやつだ。ミラと戯れながら、かすかに感じる特別感。
なるほど、これは他の女子が嫉妬するわけだ。何せ二人はあのスターファイブで、ミラは他のスターファイブからも言い寄られる存在なのだろうから。なおさら……。
改めて彼女はヒロインで、私は悪役令嬢なのだと実感した。私の周りに取り巻く環境とはあまりにも違いすぎる。スターファイブの二人ですら私のことをあまりよく思ってないように思うし。まぁレグルスは別として。
「そろそろ授業が始まるわね。私はこの辺でおいとまいたしますわ。ボルックスにカストル、それにミラさん。それではまた」
私はにこやかな笑顔を携え小さく会釈をした後、3人をその場に残して立ち去った。




