ヒロイン登場
「その、私もあまり詳しくはないのですが……」
「ええ、私達も彼女とは別のクラスですし、ねぇ?」
二人は困ったように顔を見合わせた後、窓の外のあの女子へと視線を巡らせた。この世界のご令嬢はロングヘアーや巻き髪といったような髪型が多い中、彼女だけは異色なくらい目立った髪型をしている。黒髮でマッシュ。ボーイッシュなのかと思いきや、彼女の大きな瞳と愛らしい小リスのような表情は、見る者を虜にする力があると私は思った。
「なんでもいいわ、知っている限りのことで十分なの。別に彼女をどうこうしようというわけではないから安心してちょうだい」
そう言うと、目の前の令嬢は再びお互いの顔を見合わせて、何か腹を括ったように小さく頷いた。
「正直、私彼女にの行動に関してはどうかと思うのです。側から見ていてもその行動が目に余ると言いますか……」
そう言って彼女は窓の外へと顔を向けた。その横顔はどこか憎しみとも取れるような怒りが垣間見える。
——嫉妬心。といったところだろうか。
「スターファイブの皆様はとてもお優しい方々ばかりです。ですからそれを利用するかのように近づいて、気を引こうとしているように見えてならないのですわ」
口を破るのに渋っていた割に、二人の口調は流暢かつ、強い。瞳の奥にはメラメラと赤い炎が見て取れるような気がして、私は心の中で苦笑いをこぼす。けれど表情にはそれをおくびにも出さないで、口元には笑みを携えていた。
「特にレグルス様にはスピカ様のような素敵な婚約者がいるというのに……はしたないったらありませんわ」
「本当ですわ。転校してきたばかりだと聞きますが、それでもご自身の身分をわきまえた方がいいと思いますの」
二人の会話はどんどんエスカレートしていく。意見や主張がかなり主観的になってきて、口調がどんどん強いものになる。
これってやっぱり、私に陰口を言って私の怒りを買いたいと思っているのかな? 私としてはあの子の話が聞ければそれでいいけど、聞いてる感じだとやっぱりそうだよね?
梨々香だった前世、私は女子のこういうところが苦手だった。中学の頃にスクールカースト上位の女子が下の女子を蔑んだり、自分の方が優位だと思ったりしているのを目の当たりにしていた。だからこの感じ……またか……と思って、思わずため息つきそうになる。
「ねぇ、彼女の名前はご存知かしら?」
「ええ、確かミラとかいう名前かと。名前も冴えませんわね」
ほほほと笑うご令嬢に私は愛想笑いを浮かべ、そろそろこの二人の毒牙に侵食されてこれ以上気分が悪くなる前に立ち去ろうとした、その時だった。もう一方のご令嬢がこう言った。
「ええ、彼女はなにせ男爵令嬢ですもの。今朝も見まして? この学園へ登下校するのに彼女はいつも歩いてるんですって。車すら買えないような成り上がりなのかしら?」
「よくそんなのでこの学園に入れたものですわね」
歩いて登校している……?
「ああ!」
思わずあげた声に、二人の令嬢は肩を揺らして驚いて見せた。ずっと疑問に思っていたことがクリアになった瞬間、思った以上の声が出てしまったようだ。私は慌てて口元を手で押さえ「コホン」と咳払いをして落ち着いた。
「……と、失礼。少し思い出したことがありますので、私はこれにて。お話聞かせてくださってありがとう」
ご令嬢はお互いの顔を見合わせて、不思議そうな顔をしている。けれどそんな二人を無視し、私は長い廊下を歩き始めた。
そうだ、私は彼女を見たことがあると思っていたのは、私が前世の記憶を取り戻す前の話だ。登校中の車の中から、歩いて登校してくる彼女の姿を見た。歩いてる生徒など見たことがなく、不思議に思っていたのを覚えている。
そして、あのご令嬢方の話を聞いて確信を得たものもある。そう、やっぱり。やっぱり彼女がこのゲームのヒロインだ。
この学園には階級を持つお金持ちや伝統的な家柄の者たちが通っている。けれど主人公であるヒロインは男爵令嬢。彼女の父親は貿易の成り上がりで富と名誉を得たが、その後不運にも没落する。父親の事業が失敗し、男爵家という肩書きだけが残ったとか。
この話を美奈から聞いた時、乙女ゲームの世界もなかなか世知辛いんだなって思った記憶がある。悪役令嬢であるスピカは婚約破棄され蔑まれ、挙句に自殺。ゲームの中のキラキラした世界の割にどす黒い闇も抱えていると他人事ながらに思った記憶があるからだ。
「とにかく、私はあのミラというヒロインと接触してみる必要がありそうね……」
関わってみないとわからないことだらけだ。
私は佐々木君探しという大事な任務もあるけど、それと同時にレグルスとの婚約破棄に、自分の自殺を止めるという使命もある。
自分の自殺を止めるとはなかなか頭のおかしな発想だな、って自分でも思うけど、実際そうなのだから仕方ない。
「とにかくあの中庭に行ってみよう。ちょうどあそこには二人のスターファイブもいるし。どちらかが佐々木君じゃないかどうかも確かめてみるいい機会じゃん」
今だ中庭ではカストルとボルックスに加え、ミラもいる。メインキャラ達がいなくなる前にと思い、私は早足で中庭へと急いだ。




