ひみつのじかん
かつて違うサイトで掲載したものの再掲です。
「素敵だね」
小説に目を通しながら僕は言った。銀河鉄道の夜、僕もこんな星空を旅してみたい。いや、現実逃避くらいしたくなるだろ。
「なにそれ?本気で思ってるの?」
小説から目線を外すと、正面に座る彼女がふくれっ面で僕を睨みつけていた。そんな顔して睨んでも怖くない。
「思ってるように聞こえる?」
白々しくそういうと、彼女は不愉快そうに眉間に皺をよせて僕と彼女の間を挟む机に突っ伏した。
「わかってますよー。キミがそういう性格なのは。話す人間違えたなー」
不貞腐れたようにこうして言うのはもはや癖みたいなものなのか、僕と話しているといつもこうだ。
「ま、いいんじゃないの。悲恋っぽくて」
適当にそう答える。僕はまた小説に視線を落した。
「そういうんじゃないんだってば」
いつもと違うトーンで放たれた声に驚いておもわず彼女をみた。どこか遠くを見つめていようだ、彼女は苦しいのかもしれない。
「違うんだって。ていうか、素敵じゃないよ」
どこか放心状態のよう、というのがただしいだろうか。目が虚ろだ。
「ねえ、知ってる?素敵って素晴らしいのすにてきっていう接尾辞がついたものっていう説があるらしいよ」
「ふうん、そうなんだ」
「素晴らしいって、昔はひどいとかとんでもないとかっていう意味だったんだよ」
「何それ、皮肉?」
「まあ、二重の意味で」
「ふーん」
どこかおかしそうに笑う彼女。普通、傷ついたり怒ったりしそうなものだが。未だに彼女のツボがわからない。
「なんかさ」
突っ伏していた彼女は、座りなおして僕と視線を合わせた。しっかりと見つめてくるその視線は、どこか吹っ切れたようだった。
「やんわり軽蔑してくるやつばっかでさ。キミは遠回しだけど直球だよね」
「はっきりと言った方が良かった?」
僕は読みかけの小説を閉じた。しおりはしなかったが、どうせ何度もよんでいるものだ。
「いや、流石に直球は傷つく」
「……正直その話を聞く限りだと君だけが悪いようには聞こえないけどね」
彼女はわずかに目を見開いて、少しだけ悲しそうに目を伏せる。
「うん、ありがと。ずっと自分ばっか責めてたから。そういってくれるのは嬉しい」
笑顔をつくってそういう彼女は、しかしまた僕に視線を合わせる気はなさそうだった。
少しの沈黙の後、スピーカーからチャイムが響く。
「ああ、もうこんな時間だったんだ。ごめんね、読書の邪魔して」
「いや、まあ。今日は特にすることなかったしいいけど」
どうせ文芸部は部長の僕一人だし。
たまにこうしてやってくる彼女を勧誘するのだが、中々乗ってくれない。
まあ同級生を勧誘したところで、部長継承者が現れない限り存続の危機は免れないのだが。
「あ、やばい。今日お遣い頼まれてるんだった」
「急いで帰ったら?」
「そうする!」
パイプ椅子の横に置いていた鞄を取って急ぎ足で彼女は出て行った。
いつもはあんなふうに台風のようなんだけどなあ、と思わず苦笑する。
たまに愚痴や無駄話をしにくるその時間が楽しみだなんて君は知らないだろう。
だから君以外を勧誘することがないなんて君は知らないだろう。
「僕にしたら?なんて、言っても無駄なんだろうけど」
くだらない言葉を口にするなんていつもの僕らしくない。
「まあ、誰も居ないしいいか」
呟きはひとりぼっちの部屋に溶けていく。
さあ、僕も帰ろう。




