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古竜に乗って商売始めました  作者: たけだ むさし
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第五章 古代図書城

 翌日の空も、雲一つ見つからないほどの晴天であった。昇る朝日に導かれるように、キリルは町を出発した。海も凪ぎ、空と海との境界線がわからないほどである。これは早く目的地に到着しそうだと、彼は唇を引き上げた。

「キリル、ちょっと」

 ラナの声が聞こえたのは、出発してから数刻経った頃であった。

「どうした? ラナ──」

 そこまで言いかけた時、一陣の強い風が吹いた。

 そこからの記憶は、ほとんど残ってはいない。……


 キリルははっと目を開いた。見知らぬ場所である。天井まで続く高い本棚が部屋の壁にそって弧を描き、所々足場が組まれている。その足場をつなぐように、梯子が伸びている。鎖につながれたシャンデリアが、真上に釣り下がっていた。

 その下にあるソファに、キリルは横たえさせられていたのである。

「ここは……?」

「おぉ、お起きになられたのですね」

 背後から声が聞こえる。おどろいて振り向くと、ローブ姿の、茶の髪を持つ青年が立っていた。

「ここはどこだ? 俺はラナと……」

「ここはいにしえの魔道書が収められた図書城」靴音が響く。「お客人、あなたはこの下の海岸に流れついたのです」

「なんだって……?」

 キリルは起き上がり、青年を見た。ここがルネが言っていた図書館であろうか。

「名乗りそびれましたね、私はクラースと申します。この図書館の館長、と言った所でしょうか」と、青年は名乗った。「恐らく数年に一度の強い風のぶつかり合いに巻き込まれたのでしょう、お連れの方とはドラゴンでしょうか?」

「知ってるのか?!」

 キリルは立ち上がった。

「ぼろぼろになった瀕死のドラゴンがあなたと共に流れ着きました。銀色の毛並みの美しいモノで……今治療をうけています。酷い怪我でしたが、命に別状はありません」

「……そうか、ありがとう」

「あなたも危なかったのですよ」

 クラースと言う青年はキリルの肩を掴む。

「良いんだ。早く、ラナに逢いたい」

 キリルは首を振った。

「わかりました。私に付いてきて下さい」

 棚より燭台を取り出し、溶けかけたろうそくに火を灯すと、クラースは扉へと手をかけた。

 もう夜も暮れたのか、廊下の窓越しに見える空は暗く、所々ランプに照らされていたとしても、月のない夜では、ろうそくの火を借りなければ歩く事ができないほどである。古びた壁を、二人の長い影が揺れている。

 案内されたのは、吹き抜けの二階を通った別棟の一室であった。先ほど目覚めた場所と同じように、大量の書物が収められている。その端で、ラナは数名の者たち──司書であろうか──に囲まれていた。垣間見える蒼白い光は、再生の魔法であるとわかった。

「魔法など存在したのか? と、言った顔をしていらっしゃる」

 クラースが覗き込むようにキリルを見た。

「あ、あぁ」

「今はもう、言い伝えにあるような、ロッドなどを振ったりするモノと違い、書の中に魔力の持つ種を絞った果汁が混ぜられたインクで書かれ封じられた魔法の力を使う事しかできません」クラースは歩みを進める。「書の持つ魔力に頼った魔法は限りあるモノです。なので、長文詩の中にある少しの文章を数名で輪唱して響かせる事により、成り立っているのです」

「そう、なのか」

 彼の話を聞きながら、キリルは広い絨毯の上に寝かされたラナへと近付いた。水分こそ乾いているものの、傷口は痛々しいものであった。

 キリルの気配に気が付いたのか、ラナはゆっくりと顔を上げた。

「ごめんなさい、キリル。私……」

「良いんだ、気にしないで」ラナの頭を撫で、キリルは答える。「今は傷を治す事に専念してくれ」

「えぇ……」

 それだけ言うと、ラナは再びうなだれてしまった。いつもは側にいてくれなどとわめく事もあるが、今は本当に困憊しているようである。その眼差しは、少し淀んでいるように見えた。

「キリル様、とおっしゃるのですね」

 と、クラースは言った。

「改まらなくてキリルで良いよ」キリルは振り向いた。「悪いけど、少し滞在させて欲しい」

「そのつもりです」クラースが再度燭台を持ち、「さぁ、お部屋へご案内いたします。ごゆっくりなさって下さい」

 書庫の扉を開いた。

 部屋はラナがいる書庫と同じ棟の三階であった。思いの外広い寝室にキリルがおどろいていると、燭台立てに灯を置いたクラースが、彼を見た。

「おどろいたな」

「ここはかつての領主の城を改装したものだと伺っております」

「かつての?」

 キリルは首をかしげた。

「私は館長に就任してまだ日が浅いので詳しくは伝承などでしか知りませんが、大昔に戦いがあり、それに負けた領主は戦犯として投獄され、処刑されたとか……その主の消えた城を、当時の魔道士たちが譲り受けたと言われております」

「そうなのか」

「予知能力のある者もいる彼らは、近い将来魔法が消える事を知っていたのでしょう」

「だから、ありったけの魔術を書の中に残した……」

「そうなります」

「なぜ、魔法は消えたんだ?」

「それは私たちの知り及ぶ所ではありません。只、一つだけ申せるのは、魔法が消えた事により、ヒトとドラゴンとの絆ができた、と言う事でしょうか」

 と、クラースは小さく口角を引いた。



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