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ヘビ

 

 あたしは尻尾に宿った炎の輝度を上げる。巣穴としている洞穴の内部は明るくなり、巣穴に侵入して来た敵の姿を照らし出した。


「シュー、シュー……シャーッ!」


 突然明るくなった事にも動揺せず、そいつは無機質な瞳であたしを見つめ、長大な鎌首をもたげた。

 その容姿は、頭から尻尾の先まで細かい鱗に覆われており、あたしの炎に照らされてヌラヌラと怪しく光を反射している。

 そいつに手足は無く、頭から尻尾の先まで長縄の様な体だった。


 ヘビだ。それもただのヘビでは無い。頭の大きさだけであたしと同じくらいもある大蛇だ。

 全長10mはあろうかという大蛇があたしを狙い、巣穴の中へと侵入して来たのだ。


「ひぃぃぃっ!? ヘビだぁ……」


 あたしはヘビが苦手だ。前世では大が付くほどにヘビが嫌いだった。どうやら、白虎となった今世でもそれを受け継いでるらしい。ヌラヌラと光る体でクネクネと動く姿に背筋が凍る。気持ち悪い。怖い。

 あたしは体の芯から恐怖し、震えた。既に、全部出切ってしまってもいる。……失禁しちゃった。


 そんな恐怖に震えるあたしを嘲笑うかの様に、大蛇は口の端をニヤリと上げる。時おり口の先端からチロチロと見える、二股に分かれた舌がおぞましい。

 あたしを嘲笑いながらも、大蛇はゆっくりと、そして確実にあたしへと近付いて来ていた。


 しかし、何故だろう。大蛇が巣穴に侵入して来たのは。今までそんな事は無かったのに、今日に限って侵入して来るなんて。


 そう思った時、あたしの炎で照らされたニワトリの肉が目に入った。


 もしかして、ニワトリの匂いに釣られてやって来た!? ヘビって意外に嗅覚が鋭いっていうし。

 目的はニワトリだったけど、目の前には生きてるあたしが居たから、どうせなら生きてるあたしも食べてしまえ、って事!?


「ニャ!? ニャグゥゥ――ッ!!」


 余計な事をするんじゃなかったし、考えなきゃ良かった。あたしの体には既に大蛇の体が巻き付き始めていた。

 ミシミシと軋む骨の音と、締め上げられた事による圧迫で強制的に出されてしまった、ボトボトという排泄物の落ちる音が遠くに聞こえる。意識が遠のきかけてるのだろうか。

 口からは、昨日食べたニワトリの未消化だった物が吐瀉物として吐き出されてしまった。口の周りから首筋にかけてのフワフワの毛が吐瀉物でべっとりだ。せっかく毛づくろいしたのに、あたし、汚れちゃったよ。


「まだ意識があるのか。大したものだ。だが、早く意識を手放した方がいいぞ? 自らが、生きたまま丸呑みされるのは気分の良いものではないだろうからなぁ」


 あたしの意識が混濁してるのか、それとも、この大蛇は喋れるのか。どちらかは分からないけど、おそらく大蛇のものと思われる言葉が聴こえてきた。


「まだ……まだ、あたしは死にたくない……! 喰らえ――ッ!!」


 意識が混濁していようと、大蛇が喋っていようと、そんな事はどうでもいい。こんな奴に、あっさりと食べられてたまるかっ!

 あたしは意識を集中し、自らの体を尻尾に宿る青白い炎で包んだ。巣穴の中がどうなろうと構わない。あたしがイメージ出来る最大の炎だ。熱さに悶えろ!


「ぐぅ――!? 幼くてもさすがは白虎。力の片鱗が現れ始めているのか!」


 炎の熱さに怯んだのか、大蛇の締め付けが緩んだ。混濁する意識の中、あたしはその隙を見逃さず、全身の力を振り絞って脱出した。相当体力を失ったのか、地面に降り立った直後、自分の四つ足で体重を支える事が出来ず、そのまま倒れてしまった。

 何度立ち上がろうとしても、足に力が入らない。危機的状況はまだ回避出来ていない事に、あたしは焦りを感じた。


「俺の自慢の体にダメージを与えた事は褒めてやろう。血を流したなんて、随分と久しぶりだ」


「あた、しの……体……炎……食べら、れない……はず……! 出て……行け……っ!」


 言葉を発しようと声を出すが、やはり相当のダメージを負ってるのか中々思う様に言えない。でも、あたしの意識が途絶えない限り、体に纏った炎は健在だ。大蛇もあたしを食えないはず。被害はニワトリの肉だけで済むだろう。このまま、出て行って……!


「俺もここまで三種族を食った。だからと言っては何だが、こういう事も出来るのだ! シャーッ!」


 体に炎を纏っているから食われないだろう。そう、(たか)を括っていた。危機的状況に焦りを感じたが、命は助かるだろうと。

 そんなあたしを嘲笑う様に、大蛇は口を大きく開けると、大量の水をあたしに向かって吐き出した。どうなってるのか分からないけど、明らかに大蛇の体積を遥かに超えた量だ。

 さしずめ、水のブレスといった所だろうか。勢い良く大蛇の口から吐き出された水のブレスはあたしの体を壁際へと押し流し、結果、あたしの体から炎は消えた。今度こそ、絶体絶命の大ピンチだ。


「これで喰いやすくなった。では、いただくとするか」


 立ち上がる事も出来ない、炎を纏っても消されてしまう。このままだと、あたしは食い殺されてしまう。

 だけど、これが弱肉強食の世界だ。抵抗する力も既に尽きたし、大人しく大蛇の糧となろう。あたしへと勝利の笑いを浮かべた大蛇がズリズリと迫る中、そう考えていた。


 死に行く者の心境だろうか。それとも、未だに生を諦めていないからなのか。大蛇の、しめ縄の様な長大な体にそれを見付けた。恐らくは古傷なのだろう。その古傷が焼け(ただ)れ、そこから血が流れているのが目に入った。


「この……まま、だま……て、死ん……たま、るか……! ニャァゴォオオッ!!」


 あたしの、何としても生きたいという欲求がそうさせたのだろう。死力を振り絞り、大蛇が血を流している古傷へと見えない衝撃波をあたしは放っていた。


「まだこんな力を残していたか。だが、それで最後の様だな。幼き白虎よ、俺の糧となり、力となれ! ――ッ!? シャーッ! バカなっ!? 体がいう事を聞かん! それに、アタみゃが、わりェそう……グベッ」


 大蛇は、あたしの衝撃波をものともしなかった。少しは驚かせた様だけど、でも、あたしの意識はそこで途切れた。このままあたしは死ぬんだ。そう、薄れゆく意識の中で考えながら。


 大蛇さん。あたしを食べるんだから、誰にも負けずに生きてね――。




 ☆☆☆




 ここが死後の世界かぁ。何だか、寝てるのとあまり変わらない気がする。真っ暗だし。

 このまま目を開ければ、いつもの洞穴の壁が見えそう。

 不思議な事に、死後の世界の匂いはあたしの寝床と同じなのね。

 そろそろ目を開けて、死後の世界というものを見てみますか。


 あたしはゆっくりと両目の瞼を上げた。


「あれ? あたし……大蛇に喰われて死んだんじゃ……?」


 目を開けると、そこはいつもと変わらぬ巣穴の中だった。湧き水が壁際をチョロチョロと流れ、真ん中付近にはあたしが寝床としている大きな毛皮。奥には、食べ残してあるニワトリの肉もそのままの状態で置いてある。どう見ても、あたしの生活する巣穴の中だ。何も変わってない。


 そうなると、あの大蛇はあたしが見ていた夢なのかな? それにしては体のあちこちが痛いけど。

 ん? うぇぇ、口の周りが汚れてるよ……。毛皮の上にオシッコどころか、うんちまで漏らしてる……。何でぇ!?


「はぁ……。仕方ない、乾いてから運ぶか。……あれ?」


 寝床の上のうんちの片付けについてため息を吐いたその時、湧き水が流れるのとは反対側の壁際に違和感を覚えた。黒っぽくて長い何かが置いてある。ううん、置いてあるんじゃない。何かが横たわってる。


「夢じゃなかった……! 死んでる……んだよね?」


 黒っぽくて長いそれは、大蛇の死体だった。一応確認の為に匂いを嗅いだり、右前足の爪でつついたりしたけど動かない。間違いなく死んでるみたいだ。


「うぇぇ。ヘビを食べるなんて嫌だけど、これも食料だもんね。後で食べよう……。……生き返ったりしないよね?

 …………。

 ……ああ、もう! 心臓だけ食べちゃおう。そうすれば生き返らないだろうし」


 前世からの嫌悪の象徴のヘビを食べるだなんて嫌だけど、これも弱肉強食の世界の掟。きっちり食べさせていただきます……!


「いただきます!」


 ヘビの心臓がどこにあるのか分からないけど、長い胴体の真ん中より上の方にあたしは齧り付いた。

お読み下さり、真にありがとうございます!

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