イノシシ
「あ、今日はここで休もう!」
「確かに丁度良いのぅ。まさか、この様な大きな洞穴があるとはの。それも、ワシらにおあつらえ向きな様に、二つもあるぞい」
「じゃあ、オイラと姐さんがこっちで、タートの旦那とヒナ嬢はそっちっすね!」
二つの尖った岩へと到着したけど、その岩の中間付近に巨大な洞穴があった。洞穴と言ったけど、小高い三角の岩山に左右二つの穴があるのだ。縦横6mはあるから、洞穴と言うよりは洞窟と言った方が適切かもしれないけど。
二つの洞穴は、どうやら奥深くまで続いてそうだけど、仮の寝床として利用するだけなので、探検はしない。奥から定期的に湿った風が吹いて来るので、もしかしたら地底湖などがあるかもね。
そんな事を考えていた時に、ミズチがふざけた事を言った。こんな時は、オス同士とメス同士で分かれるのが普通だろう。いくら姐さんとミズチに慕われようと、レディなあたしと二体だけで寝るなんて事は許されない。
他種族間で子供が出来るかは分からないけど、もしもあたしが寝てる間にミズチにそんな事をされたら大変だ。経験した事無いから分からないけど、初めての時は痛いって前世での知識で知ってるから、ミズチに襲われたら直ぐに気付くとは思うけど……。
いやいや、ミズチとは無理! だって……好みじゃないもの。
いくらミニチュアドラゴンの姿になってカッコ良くなったとは言え、あたしの好みは逞しくて優しいオスなのだ。子分的なミズチじゃ、その条件を満たせない。
かと言って、タートも絶対に無理だ! だって、臭いし。
「この話は終わり!」
「まだ終わってはおらんぞ、ビアンカちゃんや? で、どうするんじゃ? ワシはヒナと寝るのも吝かでは無いぞ?」
「むしろ、もっと危険よ! タートもミズチもふざけた事ばかり言ってると……喰うわよ? あたしとヒナでこっちで寝るから、タートとミズチはオス同士仲良くあっちで寝て!」
「「ひいぃぃぃっ!!!?」」
という事で、今日は全員で水浴びを済ませ、早々に寝ようとした。何だかんだで歩き続けるのは疲れてたのだろう。あっという間に眠気に襲われた。
――ガハハハハハハハ!!!!!!――
毛玉のヒナを抱えながら眠ろうとした所で、耳を劈く笑い声に眉を顰める。恐らくタートが隣の洞穴で笑ってるんだろうけど、いくらカメの大魔王の姿に進化したとは言え、大声で笑わないで欲しい。そのせいで、もしも寝不足になったらどうしてくれるんだろうか。寝不足はお肌の大敵だと言うのに。
「ママー、あの声がうるさくて寝れないー!」
「そうね……ちょっとタートに文句を言ってくるわ!」
ヒナをその場に残し、隣の洞穴へ文句を言う為に移動する。文句だけじゃなくて、一発くらい叩いた方が良いかもね。
そんな事を考えながら隣の洞穴へと入り、そこであたしは自分の愚かさに気付いた。
「タート? 笑うのは構わないけど、もっと静かにしてよね! タート? ……ミズチ? 変ねぇ……? 用を足しに奥まで行ったのかしら?」
――ガハハハハハハハ!! 飛んで火に入る夏の虫とはこの事よ! お前の仲間達はワイが喰ろうてやったわ!!!!――
タート達の姿が無い事に訝しんでいると、再びの地響きの様な笑い声と共に聞こえて来た言葉。その内容にあたしは戦慄する。タート達は用足しじゃ無くて、敵に喰われた……?
だとしたら、ヒナもなの!!!? あたしは急ぎヒナの所へと戻った。
「ヒナ! ヒナ、居ないの!? ヒナ!! 居たら返事して!!!!」
ヒナの姿は無かった。呼んでも返事が無い。その代わりに響いて来たのは、地鳴りの様なあの声だった。
――ガハハハハハハハ!! 喰らったと言っただろうに!!――
どう考えてもおかしい。タート達はともかく、ヒナから目を離したのはごく僅かな時間だ。その間に姿も見せずに喰らう事は不可能としか思えない。
だとしたら、姿を見せない敵はあたしを動揺させる為に嘘を吐いてるのだろう。そうとしか思えない。姿を見せない敵に向けて、あたしは叫んだ。
「お前は誰だ!! 卑怯よ! 姿を見せなさい!! それに、タート達が簡単に喰われる筈は無いわ!」
――ガハハハハハハハ。良いだろう、冥土の土産に姿を見せてやる。だが、気を付けろよ? ワイの姿を見る前に、お前が潰れては見る事も適わんだろうからなぁ!!――
姿を見せると言う敵の言葉と同時、洞穴の奥から突風が噴き出し、あたしはその突風に吹き飛ばされた。
どれ程飛ばされたのかは分からないけど、途中から体は地面にぶつかり、体の所々を傷付けながらも吹き飛ばされた勢いそのままに転がり続けた。こんな時に思うのも変だけど、まるで斜面を転がり落ちてる感覚を覚える。
そう考えてる内に、いつの間にかあたしの体は止まっていた。
「痛ったぁ……。何なのよ、あの突風! お陰で怪我したじゃないのよ!! って、それどころじゃなかった!」
素早く立ち上がり、怪我が大したものじゃない事に安堵しながら洞穴の方を振り返る。
「あ、あれ? あんなにおっきな山なんてあったかしら?」
振り返った方向には巨大な山が聳えているのが見えた。だけど、洞穴に辿り着く前にはそんな山なんて見えなかった筈。西を目指して歩いていたのだから、右手方向……つまり、北には龍が棲むという山が見えていたけど、それ以外の方角に山なんて無かった。
じゃあ、あの巨大な山は何? 突然山が出来たとでも言うのかしら?
その時、例の声が聞こえた。
『ガハハハハハハハ!! 姿は見せたぞ? それでどうする? ワイと戦うのか?』
「姿を見せたって……どこにも居ないじゃない!! 早く姿を見せなさいよ!!!!」
『どこを見ている? とは言え、どこを向いてもワイしかその目には映らんだろうがなぁ! ガハハハハハハハ!!』
え……? いや、まさか、そんな……?
さっきから見えてると言えば、あたしの目に映るのは巨大な山しか無い。だけど、もしもその山が敵だとしたら、あまりにも生物の範疇を超えている。
やっぱり、あたしを騙そうとしてるに違いない。山に気を取られている間にあたしを襲うつもりだろう。その手は食わないわよ!!
「騙されないわよ! 『魔力領域!』それと……『分身創造!』」
不意打ちに対応出来る様に、辺り一帯に魔力を充満させ、同時に三体の分身体を創り出す。これでどこから襲われようと対処出来るだろう。と、その時、突然の地震にあたしは体を揺すられる。
ズシーン、ズシーンと音を伴う事から、恐ろしく大きな地震だ。あたしは立っている事もままならず、その場にしゃがみ込んだ。
『ガハハハハハハハ!! あまりにも小さい。小さ過ぎて、鼻息だけでも吹き飛ばしてしまうぞ!』
「ち、小さいって失礼ね! あたしだって子供が出来れば大きくなるわよ!! ……たぶんだけど」
しゃがみ込んだまま、あたしは自分の胸をそっと見つめる。乳首は四つあるけど、膨らみはほとんど無い。こんな時だけど切なくなって来た。
『……そんな事では無いぞ? ワイが近付いてやっただけでもその様子じゃ、到底戦いなんて物には発展しないなぁ!』
「えっ!?」
その言葉でようやく気付いた。いつの間にか地震が収まっている事と、上空からの風と同時に届く大きな声に。
恐る恐る上を見上げると、そこには二つの洞穴が見えた。吹き付ける風と聞こえて来る声はその洞穴からだ。
更に言えば、洞穴の両脇にはそれぞれ巨大な尖った岩が突き出ている。あまりにも大き過ぎて分からなかったけど、今なら分かる。それは、とんでもなく巨大なイノシシの鼻先だったのだ。
「嘘……でしょ……?」
『ガハハハハハハハ。ようやく分かった様だな。そうだ、ワイは『オオクニヌシ』。お前を喰らって神獣となるイノシシ様だぁ!!』
あたしの次の敵は、体だけで数kmはあろうかという巨大過ぎるイノシシだった。
お読み下さり、真にありがとうございます!




