罠
次の更新は月曜日になります。
「ビアンカちゃんや……気付いておるか?」
大きな岩の下側に『ガイアクリエイト』で作成した寝床から出て、水浴びする為に岩沿いを歩いている最中、タートがあたしにそう訊いて来る。
「……タートも気付いてたのね。やっぱり豚かしら?」
「恐らく……いや、間違い無くそうじゃろう。思えば、草原を出る辺りから狙われておったのやもしれんの」
生命探知を得てから、あたしは常にそれを使用していた。獲物を狩る事や、事前に敵の存在に気付く為にだ。
その生命探知の力は命を光で表し、あたしの視界に常に表示されているのだけど、それが荒野に入った途端、大きな光に占拠されたのだ。
だからと言って眩しいって事は無いけど、他の光はその大きな光に隠れてしまい、近くにどんな獲物が居るのか、もしくはどんな敵が居るのかが分からなくなってしまった。
いや……大きな光こそが次の敵なのだろう。
恐らくその敵が豚をあたし達に差し向け、その豚を食べた事であたし達をロックオンしたのだと思う。
「次の敵は、やはり豚かの?」
「たぶん、ね。でも、豚くらいじゃ今のあたし達が負ける筈ないわ。逆に喰らってやる!」
「シャー。油断は禁物、シャー。狙いを付けるのは、勝てると判断した証。シャー」
「スネイルの言う通りじゃ、ビアンカちゃんや。勝てると判断したからこそ、ワシらに敵意を向けておるのじゃからな。これからは、何時襲われても大丈夫な様に、常に警戒して進む方が得策じゃて」
「そうね……分かった、油断しないよ。それよりも、この辺で水浴びしましょ? 寝床から離れ過ぎるといざという時に困るし、ヒナが襲われたら泣くわよ? あたし」
「分かっておる! ワシじゃって、ヒナが襲われたら辛いのじゃ。生き甲斐を無くし、死ぬかもしれん……。となれば、さっさと水浴びを済ませ、早い所寝床へと戻るのじゃ!」
ミズチに話を聞かれると、騒いでヒナを不安にさせてしまう為に寝床を離れたけど、100mも離れればその心配も無いだろう。
「それじゃ、やるわよ? 『魔力領域!』からの『豪雨!』」
「あばばばば!? や、やり過ぎじゃ、ビアンカちゃん!!」
「シャー……局地的豪雨発生、速やかに退避せよ、シャー」
「気持ちいいー! 最っ高〜!!」
魔力を辺りに充満させて、あたしとタートにだけ豪雨を降らす。イメージの力でそれを再現したのだ。
あたしは一瞬でズブ濡れとなり、体を洗う。上を見上げて口を開けてたタートは自業自得ね。
「『解除!』あ〜、サッパリした! うー……プルプルプルプル!!」
体が綺麗になった所で豪雨と魔力領域を解除し、足から順に体を震わせて水気を飛ばす。風属性の魔法で乾かせば良いのだろうけど、癖で思わず体を震わせてしまった。……白虎として生まれて付いた癖は中々抜けないものね。
「タートはどうする? 風属性の魔法で乾かそうか?」
今までは乾燥に弱かったタートも、進化した事でそれを克服したのだ。ならば、乾かしてあげても問題ないだろう。
……と思い、訊いてみたけど……
「大丈夫じゃ! 環境に適応出来る様になったが、やはり潤いは大事じゃ。乾燥し過ぎては、お肌の老化が早まってしまうでの……!」
「……タートは爺さんじゃ無く、婆さんなのか……シャー」
「違うわい!」
スネイルに先に言われたけど、どこかのオバさんみたいな答えにあたしは呆気にとられてしまった。と言うか、あたしこそ気を付けないと……!
「……とにかく、サッパリしたから寝床に戻るわよ!」
「うむ!」
タートのお肌事情はともかく、あたし達は寝床へと戻った。ミズチが入口の番をすると言っていたのに、何故か奥でヒナの隣で既に寝ている。
「……ワシらが番をするわい」
「ありがと、タートにスネイル。ミズチは明日の食事抜きね……!」
「アホだ、シャー」
ともあれ、あたし達は就寝した。
「おはよっす、姐さん! 今日も快晴っすね!」
「ママ、おはよー!」
翌朝、日が昇ると同時に目を覚ましたミズチとヒナの元気な挨拶で目が覚める。寝床を大きく作成した事であたしとタートの横を通れる様になり、ヒナとミズチは一度外へと出たみたい。元気な挨拶は外から聞こえて来た。
「おはよう、ヒナにミズチ。……ミズチは今日食事抜きね?」
「な、何故っすか、姐さん!?」
「入口の番を任せろって言ったのは誰かしら?」
「うっ……」
「こういうのは大事な事じゃからの。しっかりと決めた事を守る事で信頼は生まれるのじゃ。信頼を得る為に、精進するが良いぞ、ミズチや。ヒナにビアンカちゃん、おはようじゃ」
「分かったっす、タートの旦那。オイラ、今日は我慢するっす!」
ミズチの躾を済ませ、『ガイアクリエイト』で岩を元に戻したら出発だ。まだ見ぬ敵が本当に豚なのかは分からないけど、毎日決まった時間に豚を提供してくれる事はありがたい。一日一食だけど、豚はかなりの高カロリーなので充分だ。太りたくないしね。
という訳で、大きな岩から更に西を目指して歩く。時おりタートに水を提供するのも忘れない。乾燥に強くなってもタートはカメだ。水無しでは辛いだろう。まぁ、それはあたしもだけど。
「森と違って、見渡す限り何も無いわね」
「姐さん。たまに木や岩が有りやすぜ?」
「それ以外って意味!」
歩けども歩けども、疎らに生えてる小さな木や、岩とは名ばかりの石くらいしか見当たらない。もしも強大な敵が襲って来た場合、身を隠せる所が無いのは拙いだろう。
あたしやタートは大丈夫だけど、ヒナや、攻撃特化なミズチは防御力は皆無に等しい。まぁ、タートに頑張ってもらうしかないわね。
「ママ……ウチ、飛びたいー」
あたしの胸元に収まってる赤い毛玉がそう訊いて来た。許可してあげたいけど、相変わらず生命探知に映る大きな光はそのままだ。もしも空を飛べる敵だった場合、ヒナの身が危険になる。
「うーん。許可してあげたいけど、今はまだダメ。あ、でも、遠くに見えてる二つの塔みたいな尖った岩まで行ったら飛んでも良いわよ? たぶん、今日はあの辺りで寝床を構える事になると思うから」
「分かったー! ウチ、我慢するー!」
ポヨンポヨンと身動ぎしながら、素直に言う事を聞くヒナはやっぱり可愛い。思わず直ぐに飛ぶ許可を出しそうになる。だけど、何とか堪えた。あたしも立派な親になったわね……!
「あそこまで行くのか、ビアンカちゃんや!? ワシ、既に限界じゃぞい……!」
「まだ体力は減ってない、シャー。嘘吐きタート、シャー」
「う、うるさいわい! 二足歩行に慣れてないから足が痛いのじゃ!」
「それだけ元気なら大丈夫っす!」
「ミズチの言う通りね。頑張って、タート!」
「くぅ……。老カメはもっと労わった方が良いと思うぞい……」
うん、タートはいつも通りね。このくらい軽いノリで丁度いいと思う。と言うか、生命力が増えたとかで若返ったって言ってたんだから、もはや老カメでは無い気がする。老いるの定義とは何ぞや……?
そんな会話をしつつも歩き、今日も例の豚が現れる。
みんなには何も聞かずに分身体を出し、すぐさま豚を狩って今日の食事タイムだ。
一日一食にも随分と慣れたけど、条件反射でお腹が減ってくる。知らずに涎が垂れていた。
「という訳で……いただきます!」
「何が、という訳でなんじゃ、ビアンカちゃんや?」
「そこはツッコんじゃダメですぜ、タートの旦那! という事で、いただきやす!」
「……ミズチは無しよ?」
「お、覚えてたんでやすね、姐さん……!」
「ミミズーもほのう食べる?」
「ヒナ嬢……! 気持ちだけいただきやす……」
昨日と同じ様な会話をしつつも、ミズチ以外はお腹いっぱい食べる。ヒナの優しさに癒されながら。
だけど、ヒナ? ミズチは炎を食べられないからね?
「ほらミズチ。これ、食べて良いわよ?」
豚は、ヒナを除くあたし達三体で食べて丁度いい量なのだ。ミズチが食べないと、当然その分は残ってしまう。
何だかんだでミズチも反省してるみたいだから、あたしは食べる事を許可した。
「あ、姐さん! ありがとうございやす!! いただきやす!」
「空腹は辛いものね……。さっさと食べて、早くあそこの尖った二本岩まで行くわよ!」
「さすがビアンカちゃんじゃの。厳しい中にも優しさがあるわい。……ワシにもその優しさを向けてはくれんかのぅ?」
「タートは自業自得、シャー」
タートとスネイルの漫才はともかく、ミズチが食べ終わるのを待って出発し、その後二時間程歩いて日が沈む頃、あたしの予想通りに尖った二本岩へと到着した。
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