西の荒野
ハヌマンやユニコーンと戦った森林から、西の荒野を目指してひたすら歩く。
「まだ抜けないのかしら?」
「そろそろ抜ける筈っす、姐さん!」
「確かにミズチの言う通り、そろそろ森を抜けられるじゃろう。風が幾分か乾いて来ておるのじゃ」
力の検証を行ってから、今日で五日目。タート達が進化した事で一日に移動する距離は増えたけど、それでも中々抜けられない森の広大さに改めて驚く。南の草原からだと森は小さく見えていたのに、実際はこんなにも広大。やはり自然は侮れないと、あたしは一層気を引き締めた。
ちなみにだけど、ここまで食べていた獲物は豚だ。毎日必ず、ある時間を過ぎると豚が現れるのだ。
その時間は、だいたい午後三時過ぎ。何故その時間に豚が現れるのかは分からないけど、さすがに毎日だとうんざりして来る。……少し、太ったかも。
「ママー! おっきな木が終わってるー!」
上空をゆったりと飛ぶ、再び成鳥の姿となったヒナがあたし達の下へ舞い降りながら言った。赤い毛玉のままの方が可愛いのに、ヒナは飛ぶ事が楽しいらしく、あれから食事の時以外は成鳥のままだ。
毛玉と成鳥を自在に行ったり来たり出来るヒナは、少しズルいと思う。食事以外の時も、怒られると分かった時は毛玉となる為、怒るに怒れないのだ。
ともあれ。
「ヒナ? 荒野は未知の場所なんだから、危ないから飛んじゃダメよ?」
「えー! ウチ、飛びたいのにー……。ブー、分かったよ、ママ……えいっ!」
文句タラタラのヒナだけど、ポンッと、成鳥から毛玉の姿となって、あたしの胸元へと収まる。ポヨポヨでフワフワな毛玉の感触に、あたしは内心ほっこりとした。いつまでもこの姿のままで良いのに……なんて事を考えてしまう。これって、親心ってやつかな?
そうこうしながらも歩き続け、30分程歩いた所で、遂にあたし達は森を抜けた。森という事で湿気を帯びた空気も、荒野へと足を踏み入れた瞬間に乾いた物へと変わる。歩き続けて汗ばむ体に、カラッとした風が心地好い。カメの大魔王の姿に進化しても、カメはやはりカメなタートは辛いかもしれないけど。
「ふむ。進化したからか、乾いた風も大丈夫な様じゃの。むしろ、心地好くさえ感じるわい」
「シャー。タートは生命力が増した事で、環境適応力も身に付いた、シャー」
「……ねぇ、タート。スネイルとタートで意思の統一って言うか、知識を共有出来ないの?」
荒野の乾いた環境にタートが適応出来るのは良いけど、自らの股間と会話をする姿に切なさを感じる。まるで、前世のテレビなどで観た事のあるボケてしまった老人の様だ。ボケたと言うと凄く怒られるので言わないけど、何とか改善してもらえないかしら……。
「それは仕方ないのじゃ、ビアンカちゃん。今のワシらは、言うなれば二心同体。一つの体に二つの意思が有るのじゃ。幾らスネイルがワシの意思で再生可能とは言え、スネイルの意識や心を無碍には出来ん。我慢して欲しいのじゃ」
「さすがタートの旦那っす。その賢者な考え方に、痺れる憧れるっす!」
「ウリリィィーーッ!」
「やめなさい、ヒナ!?」
何だか分からないけど、この話の流れはヤバい。どこからか、特殊な呼吸法が聞こえて来そうだ。
「ま、まぁ……賑やかだから、タートとスネイルはそのままでも良いわね……。それよりも、また居たわよ?」
「またブタだー! ウチ、今夜はママの炎を食べる!」
胸元の毛玉は、あたしの青白い炎をご所望の様ね。仕方ないとは思うけど。
しかし、何故毎日決まった時間に豚が現れるのか。しかも、あたしが狩る為に攻撃しても決して逃げないのだ。まるで、自らをあたし達に捧げてるかの様に。
「ワシは構わんぞ? この姿に進化したからか、サッパリとした植物などより、脂っこい肉の方がワシは美味く感じるでの」
「シャー、肉は血が滴る新鮮な物に限る。シャー」
「オイラも旦那達に同感っす! やっぱ、肉っすよね!!」
まだ狩るとは言ってないのに、タート達オス連中は口々に豚を喰らう事への了解の意思を示す。まだ太ってはいないけど、あたしはこっそりと自分のお腹の肉を摘んだ。うん、まだ大丈夫な筈……よね?
何だかんだ言っても、獲物は狩れる時に狩るのが弱肉強食の世界の掟。喰える時に喰っておかないと、次にいつ喰えるか分からないのだ。つまり……お腹が空いたのよ、あたしも。
「分かったわよ! 『分身創造!』――速やかに狩って来なさい!」
「了解しました」
あたしの体から、魔力で創造された分身体が自らの足で歩いて離れる。傍から見れば、もしかしたら分裂した様にも見えるかもしれない。
分身魔法は、ハヌマンの聖石を食べた後からずっと訓練して来たのだ。初めはぎこちなかった分身創造も、今じゃスムーズかつ素早く創る事が出来る様になった。同時に10体の分身はまだ創れないけど、三体までなら創れる。豚を仕留めるのには一体で充分だけど。
そう考えてる内に、分身体は瞬時に豚を仕留めて戻って来た。あたしが新たに使える様になった神速を分身体も使えるみたい。100m程先に居た豚までの距離を一瞬で詰め、一撃で首を落とし、素早く抱きかかえると再び一瞬で戻って来たのだ。
あたし自身の手を血で汚さなくて済むなんて、本当に便利な魔法よね! ……食べる時、結局血で汚れるんだけど。
「ともあれ……いただきます!」
「何がともあれなのじゃ?」
「そこはツッコんじゃダメですぜ、タートの旦那。とにかく、いただきやす!」
「いただきまーす!」
分身体が仕留めて来た豚の大きさは、体長2m程。普段は毛玉で、今回はあたしの炎を食べるヒナはともかく、タートもミズチも体が大きくなったから、あたしを含めて三体で食べるには量が少ない。あっという間に食べ終えてしまった。まぁ、食べられるだけマシだけどね。
「今日は、あそこに見えてる大きな岩の所で寝ましょ!」
「急ぐ旅では無いのじゃから、ビアンカちゃんの提案に賛成じゃ」
「オイラは姐さんに従うっす!」
「ZZZZZ……」
豚を食べ終え、更に西を目指して歩くと、視界に大きな岩が入って来た。夜にはまだ少し早いけど、今夜は岩の辺りに寝床を構えようと思う。聖獣候補者達を喰らい力を得て、神獣を目指してはいるけど、タートの言う通り急ぐ旅では無い。それに、あたしの胸元でヒナも寝てしまったしね。
「『ガイアクリエイト!』今回は岩に直接寝床を造ったわよ!」
「おお! これならば寝床を崩される心配もないの! 入口さえ塞いでおけば、安心して眠れるのじゃ」
「今夜の入口の番は、このオイラに任せて欲しいっす!」
「そうね……じゃあ、ミズチにお願いするわ」
「了解っす!」
大きな岩へと到着し、さっそく寝床を作成した。いつもは土で造るけど、今回は岩を利用させてもらった。岩をくり抜く様にして、洞穴の様な寝床にしたのだ。土よりは岩の方が頑丈だしね!
「水浴びするけど、タートとミズチはどうするの?」
眠るヒナを寝床の中へと置いた後、あたしはタート達にそう聞いた。
ここの所あたしは、体を綺麗にするのに毛づくろいじゃ無く水浴びをする様にしている。獣人姿のまま毛づくろいをするのに大変だと気付き、お風呂に入りたいと思った事でそのスタイルに変えたのだ。
季節も夏……なのかしら? まぁ、気温が高いから夏って事にしておく。夏になった事で、水浴びしても寒くは無いので、体を綺麗にするのに水浴びは適している。女の子としては、やはり身嗜みには気を使うのだ。
「ワシも頼むとするかの」
「シャー。タートは匂いを気にする様になった、シャー」
「ばっ!? わ、ワシは元々綺麗好きなのじゃ! け、決してヒナに臭いと言われたからでは無いぞ!?」
「はいはい、そういう事にしといてあげる。それで、ミズチは?」
「オイラは今日はやめとくっす。鱗を乾燥させないと寄生虫に寄って来られるっすからね」
「大変ねぇ、ミズチも。それじゃ、タートとあたしは水浴びして来るから、ミズチはヒナをよろしくね?」
「了解っす!」
寝床から外へと出て、岩に沿って少し歩く。寝床の傍で水浴びすると、寝床の中に水が入って、寝るのに支障をきたしてしまうからだ。濡れた状態で寝ると風邪を引くしね。
ともあれ、水浴びする為に歩いている最中、タートがあたしに話し掛けて来た。
「ビアンカちゃんや……気付いておるか?」
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