不思議な力
空飛ぶ大きなニワトリの鋭い爪から逃れたのはいいものの、あたしには空を飛ぶ事なんて出来ない。だって、白虎だもの。
あたしの小さな体は既に、ニワトリによってはるか上空まで連れてこられてしまっている。このまま落ちたら助からないだろう。
正直に言って、悔しい。こんな事で死ぬなんて。
ネズミをあっさり狩る事が出来て浮かれていたのだ、あたしは。
弱肉強食のこの世界で、視界が開けた場所で呑気にネズミを食べるなんて、本当に馬鹿だ。
でも死ぬ前に、ニワトリにせめて一矢報いたい!
自由落下で地上へと落ちる最中、あたしは空飛ぶニワトリをキッと睨み付けた。
「フウウーーッ!! ニャアッ!!!」
その時、不思議な事が起こった。地上へと落ちていくあたしを再び捕らえようと急降下してくるニワトリに、見えない何かが当たった。何となくだけど、ネズミがあたしに放った見えない衝撃波と同じ物に感じる。
「キョ――ッ!?」
見えない衝撃波が当たり、急降下の体勢を崩されたニワトリは、崩れた体勢を立て直す為に翼を羽ばたかせ、旋回しながら上空へと戻っていった。
ニワトリに一矢報いる事が出来た。これで思い残す事は無い。後は土に還るだけだ。あたしはそう思った。
だけどニワトリはあたしへと視線をロックすると、再び急降下を始めた。
これで諦めてくれると思ったけどなぁ。やはり、そう上手くはいかないみたい。
しかし、一旦死を覚悟したからなのか、あたしは既にニワトリに恐怖を感じていなかった。むしろ、どうやったら仕留められるかについて考え始めていた。
本能的? いや、感覚的かな?
あたしはさっき放った衝撃波の事を、自分の力だと捉え始めていた。何故、あたしがそれを放てたのかは分からない。分からないけど、何となく撃てる気がしたのだ。やっぱり、本能的な物かな。
「ニャアッ! フウウーーッ!! ニャアアアッ!!!」
急降下中のニワトリに対し、あたしは二発の衝撃波を放った。最初の一発はニワトリの顔面目掛けて、もう一発は顔面に衝撃波を喰らったニワトリが怯んだ隙にその翼へと向けて。
「ギョッ!? キョーーン! キョオォーーォォ……ォォォ……ォ…………ン……」
あたしの狙い通り、片翼を衝撃波で撃たれたニワトリは空中での体勢を維持する事は出来ず、バランスを崩してきりもみ状態となり、そのまま地上へと落下して行った。
「ニャオオォォォーーンッ!!」
どうだ、参ったか! と、あたしは雄叫びを上げたけど、そのあたしだってこのままだと落下死よね。
でも、もう大丈夫。見えない衝撃波を使える様になったあたしには、落下死を免れる作戦があるのだ。
その作戦とは、地上に激突する寸前に、地面へと向けて衝撃波を放つ事。それも一発じゃなくて、何発もだ。
さっきニワトリに向けて衝撃波を放ったら、落下速度が僅かだけど上がった。つまり、上に向けて放ったからだ。じゃあ、それを下に向けて放ったらどうなるか。答えは簡単、落下速度が落ちるという事だ。
後は上手く姿勢を作れるか、て事よね。
でも、もう考えてる時間は無い。凄い勢いで地面が近付いて来たもの。
こんな時、猫先生の空中三回転なる技が使えれば良いのに。そうすれば華麗に着地……なんて、意外と余裕ね、あたし。こんな事を考えるなんて。
お腹を空へと向けた体勢から、何とか地面が見える体勢になる為、あたしは首を左右に振り始めた。
首を右に振った時には体も右に、首を左に振った時は体も左へと振る。それを何度か繰り返す内に、何とか地面を向く体勢を取る事が出来た。後は地面へと衝撃波を放つだけだ。
「ニャアッ! ニャアッ! ニャアッ! ニャアッ! ハァ、ハァ……ッ! ニャアアアッ!!!」
衝撃波を放つ度に落下速度が減速するものの、思う様にはいかない。やはり初めの考え通り、何発も撃たないとダメみたいだ。
二発、三発と衝撃波を放ち、かなり落下速度が落ちて来た。だけど、その時予想外の事があたしの体に起こった。激しいまでの体力の低下だ。どうやら、衝撃波を放つ為には体力を消耗するらしい。
でも、あたしは生きる為に死力を振り絞った。せっかく見えた活路だ、諦めてたまるかっ!
「……ニャフゥ……。ニギャァッ!」
ふぅ。何とか成功した。あたしは無事に地上へと生還を果たしたのだ。気分はまるで、地球へ帰還した月面着陸のパイロットだよ。
これが最後の一発と死力を振り絞った衝撃波のお陰で、あたしはフワリと地上に降り立つ事が出来た。だけど、安心した途端に肩と腰が悲鳴を上げた。そう言えば、ニワトリの鋭い爪が突き刺さってたんだっけ。
でも、こんな所で体を休められない。幸いな事に、あたしが落ちて来たのは巣穴としている洞穴からそれ程離れた場所じゃない。びっこを引いてても、何とか帰れる距離だ。
だけど帰る前に、ニワトリを少し食べよう。衝撃波を放って体力を消耗したからか、凄くお腹が減ってる。
あたしが居る場所から10mくらいの所にニワトリの死体がある。首があらぬ方向を向いてる事から、地上に激突する前に樹木に当たり、それで首の骨を折って死んだみたい。あ、鶏冠の炎が消えてる。密林火災にならなくて良かった。
びっこを引きながらニワトリの元へと近付き、どこから食べようかと首を捻る。やっぱり、心臓かなぁ。ネズミも心臓が特に美味しかったのよね。
食べる前に改めてニワトリを見ると、恐ろしく大きい。胴体だけでも、優に1mは超えてる大きさだ。あたし、良く生きてたな。
「いただきます!」
ニワトリの全身を覆う羽毛が邪魔だけど、両前足の爪を使って掻き毟り、飛ぶ為に発達した胸へと齧り付く。ネズミと比べたら凄く硬いけど、肉と血の味はニワトリの方が美味しい。肩と腰の痛みを忘れて、あたしは勝利の血肉を味わう事に集中した。
「ニャウッ!?」
ニワトリの心臓付近に差し掛かったら、ネズミの時と同じ様に、変な物が口に入って来た。だけどネズミの時とは違い、妙に熱い気がする。舌がやけどしそうだよ。あたしは白虎だけど猫舌なのに。……猫科だから同じか。
やけどする前に、やっぱり飲み込んじゃった。喉元過ぎれば熱さも忘れるって言うでしょ?
「ご馳走様でした! お腹、いっぱ〜い! さて、と。帰ろっと」
ニワトリをお腹いっぱい食べて満足したあたしは、鼻歌を歌いながら巣穴へと歩き出した。
「ゴロゴロゴロゴロ♪」
鼻歌を歌ってるつもりだけど、喉が鳴ってるよ。猫科だから仕方ないよね?
喉を鳴らしながら気分良く帰ってる最中、あたしはある事に気付いた。どうして普通に歩いてるんだろう、あたし。
ニワトリにやられた肩と腰の痛みが綺麗さっぱり消えているのだ。実は、傷が無かったって事は無いと思う。だって、後ろ足付近の毛があたしの血で赤く染まってるもの。
元々くすんだ灰色っぽい毛の色だったから汚れるのは構わないけど、傷が無くなるのはおかしい。
もしかして、治った?
でも、何で急に治るのかしら。不思議……。
ま、いっか! 痛いのは嫌いだし、傷付いたままだと狩りにも行けなかったし。治ったのはきっと、あたしの生きようとする気持ちが神様に届いたのね! そうに違いない!
あ、そうだ。痛くないんだったら、食べ切れなかったニワトリを巣穴に持ち帰ろう。半分近く食べたから、小さなあたしの体でも運べる筈。
そうと決まれば、善は急げ! あたしはニワトリの元に引き返し、半分程食べたからか随分と小さく感じるニワトリの首を咥え、ズルズルと引き摺りながら巣穴へと向かいました。
あたしの機嫌が良いせいか、尻尾がゆらゆらと自然に揺れちゃうのは仕方ないよね。だって、猫科だもん。
あたしが巣穴へと帰る最中に揺らした尻尾。その尻尾の先に小さな炎が灯っていたなんて、あたしは気付きませんでした。
お読み下さり、真にありがとうございます!
 




