ミズチ
「オイラは聖獣だぞ! 魔法だって使えるんだからな! 見せてやる! 『ウォータースピア!』」
聖獣候補じゃなくて聖獣だと豪語するミミズは、頭と思われる方の先端から針の様な水の槍を放った。
狙いは近くの巨木だったから良かったものの、その威力にあたしは驚く。だって、巨木の幹を貫いたのだから。
「凄い……!」
「へへーん! これで分かっただろ? オイラは聖獣だ! ……その内だけど」
「聖獣候補は分かったが、それでお主はワシらの敵なのかの?」
タートの言う通りだ。普通に話してたけど、敵だったら拙い。あたし達を油断させておいて、隙を見せた所で後ろからさっきの魔法を撃たれたら一溜りも無いだろう。あたしはミミズを睨んだ。
「て、敵じゃないぞ? そこの赤い鳥に喰われそうになったのはともかく、オイラはあのサルを倒したお嬢ちゃんに惚れたんだ。だから、大人しくここまで来たし、魔法も見せた。なぁ、一緒に連れてってくれよ!」
「ほ、惚れたって!? あ、あたし、ミミズなんかとは付き合えないわよ!?」
「ホッホッホ! ビアンカちゃん、モテモテじゃのぅ!」
「ママ、モテモテー!」
敵じゃないという事は何とか理解したけど、まさかミミズに告白されるとは……! だけど、モテモテかどうかは聞かなかった事にする。ヒナはともかく、タートは明らかにあたしをからかっている。後で覚えとけ!
ともあれ、前世を通して初めての彼氏がミミズなんて嫌だ! それに彼氏になっても、その……え、エッチな事は出来ないじゃない……。ど、どう考えても子供は作れないと思うし。
…………。
きょ、興味は無いわよ!? ただ、うん、そう……子孫繁栄の為に必要な事だからそう思っただけだし……。こ、この話は終わり!
エッチはともかく、ここは丁重にお断りしよう。うん、そうしよう!
「ご、ごめんね? ミミズさん。あたし、ミミズはタイプじゃないの」
「……何を言ってるんだい? オイラはお嬢ちゃんの強さに惚れたんだぞ? お嬢ちゃんと一緒なら、オイラは間違いなく聖獣の頂点に立てる。だから一緒に連れてって欲しいんだ」
……。
「それを早く言いなさいよ! お陰でドキマギしちゃったじゃないの……!」
「オイラ、初めからそのつもりで言ってたんだけどなぁ……。まぁいいや。で、連れてってもらえるのかい?」
仲間は多いに越したことはない。だから新しい仲間を加えるのは吝かではないけど、でも……ミミズだしねぇ。名前も知らないし。
「ちなみにだけど、あんたの名前と種族は?」
うん、それを聞いてから判断しよう。
「オイラとした事が面目ない。オイラは『ミズチ』こんな見た目でも、種族はヘビなんだぞ?」
「へ、ヘビなの!?」
「何と! 珍しいヘビも居たもんじゃ! んで、どうするんじゃビアンカちゃん。ワシは連れて行っても良いと思うがの? 先程の魔法の威力も申し分無いし」
「ヘビー? 食べていいー?」
「く、喰わないでくれ!」
ヘビ……かぁ。でも、確かにあの魔法の威力は役に立つわよねぇ。
…………。
ま、いっか。万が一あたしと敵対しても勝つのはあたしだし、獲物が狩れなかった時の保存食と思えば良いわよね。……ヘビはあまり食べたくないけど。
少しだけ悩んだ後、ヒナにつつかれてるミズチへと仲間に受け入れる事を伝えた。
「分かった。一緒に連れてってあげる。その代わり、しっかり役に立つのよ? じゃないと、保存食として食べちゃうからね!」
「ホントか!? ありがとう、お嬢ちゃん! だけど、役に立つから喰うのだけは勘弁してくれ! そういう訳で、お嬢ちゃん達の名前を教えてくれよ! あと、この鳥がオイラを襲うのを止めてくれっ!」
あたしはヒナにミズチを襲うのを止めさせた後、自己紹介とタート達の名前を教えた。それと、ヒナにはミズチを襲わない様に言い聞かせる。せっかくの新しい仲間なのに、いつの間にかヒナが食べちゃったら切ないもんね。
「分かったー! よろしく、ミミズー!」
「ミミズじゃなくて、ミ・ズ・チ!」
「ミミズー!」
分かってくれたみたいね、ヒナも。楽しそうにミズチを嘴に咥えてる。……うん、見なかった事にしよう。
――これが、タートが動ける様になるまでの一週間の出来事。後で教えるって言ったのは、ミズチが仲間になった事だったの。
あ、あの時の豚はミズチの加入祝いも兼ねて、みんなで美味しく食べたわよ? やっぱり脂肪ばかりでしつこかったけど。
「それじゃ、西の荒野を目指して……しゅっぱーつ!」
「しゅっぱつー!」
「ワシも頑張るぞい!」
「……!?……!!」
森の泉の祠状の寝床を『ガイアクリエイト』で元に戻して、あたし達は意気揚々と出発した。ミズチがヒナの嘴に咥えられてる事は見なかった事にする。
泉の傍は、ハヌマンとの戦いで巨木が何本も折れて燃えてしまったけど、長い年月を掛けて再び元の巨木の森に戻る事を、そっとあたしは祈っておいた。
「意外と、と言うか、やっぱり広いわね、この森」
「…………いい加減、咥えるのをやめさせて欲しいんだけど……」
泉を後にして、移動する事二日。未だに森を抜けられない事で、改めて森の広大さに驚く。途中何度もタートに水を与え、タヌキやシカを狩って腹を満たして夜を過ごし、それでも出口が見えないのだから相当な広さだろう。
そんな事を考えながらのあたしの言葉。ヒナの嘴から脱出する為の切っ掛けを探していただろうミズチは、そのタイミングであたしに助けを求めて来た。
「あ、忘れてた。ヒナ、ミズチは頭の上に乗せてあげて?」
「うー、分かったー!」
名残惜しそうにしながらもヒナはあたしの言う事を聞き、嘴からミズチをポーンと上に放り投げて頭の上へと乗せた。ヒヨコの姿なのに、ヒナは器用よね。でも、そこがまた可愛いんだけど。
ヒナの仕草にほっこりしてるあたしに、ミズチは礼を述べながら物知り顔で語った。
「生きた心地がしなかったぜ。ビアンカの姐さん、この森は相当に広いですぜ? 荒野に抜けるのに、オイラの足でも一ヶ月は掛かる程なんで」
「……足、無いじゃない」
「オイラの種族は確かにヘビだけど、力を得てから手足が出来たんだよ! オイラの体が小さ過ぎて姐さん達には見えないかもだけど!」
うん、確かに見えない。体長が5cm程しかないミズチだから、手足があったとしても2mmくらいしかないと思う。見える訳無いよね。
「どちらにせよ急ぐ旅でもあるまい。焦っても仕方ないし、のんびりと進もうではないか」
そう言うタートは相当疲れたのだろう。言葉には表さないが、かなりヒーヒー言ってる。そろそろ日も暮れるし、今日はここまでね。
「タートが疲れて死にそうだから、今日はこの辺で休みましょ」
「わ、ワシは疲れてはおらんぞい!」
「じゃあ、まだ先に進む?」
「……休むとしようかのぅ」
「素直じゃないんだから……」
ともあれ、『ガイアクリエイト』で祠状の寝床を作製し、辺りにマーキングをする。獣人で行うマーキングにもだいぶ慣れて来たので、変な気分になったり汚れる事も無くなった。と言うか、力を込めて勢い良くすれば、白虎形態の時と同じ様に出来たのだ。あたしは学ぶ娘よ? 同じ過ちはしないわ! ……と思う。
「それじゃ、みんなは寝床で大人しく待っててね? ヒナもだからね。もう暗いし、ヒナは鳥だから見えないと思うけど敵が居るかもしれないんだからね?」
「分かったー! でも、頭の上が火だから見えるよー?」
「とにかく! 大人しく待ってて!」
「はーい!」
多少体が大きくなったからか、ヒナは色んな物に興味を示す。そのお陰でミズチが仲間になったんだから止めはしないけど、せめてあたしの目の届く範囲で遊んで欲しい。幾ら魔法が使える様になったからと言っても、ヒナはまだまだ子供なんだから。
……あたしが二歳だという事は棚に上げておく。
「姐さん! 狩りにはオイラも連れてってくれよ! きっと役に立ってみせるから!」
「ミズチの力を試しておくのも良いかものぅ。ビアンカちゃんや、ヒナはワシが見とるからミズチを連れて行ってみるのじゃ。思わぬ成果があるやもしれんからの」
ミミズみたいなミズチを触るのは嫌だけど、タートの言う事にも一理ある。
「……分かったわ。それじゃ、あたしの手に乗って?」
「分かったぜ、姐さん! オイラがどれだけ役に立つのか見せてやるぜ!」
そっと差し出したあたしの手に、ミズチは意気揚々と鼻歌交じりに乗って来た。
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