分身魔法の検証
明けましておめでとうございますm(_ _)m
本年もコツコツと更新致しますので、よろしくお願いします!
「自分で自由に動けるのは気持ちええのぅ!」
甲羅の中から頭、両前足、両後ろ足、そして短い尻尾を筋肉を解す様にニュッと伸ばし、ノソノソ、ヒタヒタ、チョコチョコと体の感覚を確かめながら歩いた後、タートは本当に気持ち良さそうにそう言った。一週間ぶりに体を動かすのだから、気分も良いだろう。
あたしも、タートのその気持ちはとってもよく分かる。魔力切れの後は動きたくても動けないから、余計に体が疲れるのよね。今のあたしは魔力切れで倒れる事は無くなったけど。
動ける様になった後の伸びは本当に気持ち良い。両前足を揃えてピンと伸ばし、次いで体、背筋、そして両後ろ足へと順を追って伸ばし、次第に筋肉の凝りが解れていく瞬間はたまらないわ。眠くも無いのに欠伸が出る程だもの。
今のあたしは獣人だけど、伸びの仕方は白虎の時と同じね。生まれ持って身に付いた行動だから、中々変える事なんて出来ないわ。
「やっと回復したのね、タート。それでどうするの? このまま北に向かうの? それとも西に向かうの?」
「うむ。その事じゃが、ワシは西の荒野方面が良いと考えておる。理由なのじゃが、北に向かうと壮大な山脈が行く手を阻み、尚且つその山脈には龍が住むと伝えられておる。神獣になり掛けとは言え、ビアンカちゃんでもさすがに龍には勝てんじゃろう。じゃから、西の荒野へと進み、資格者の情報を集めた方が良いと判断したのじゃ」
「龍……」
「りゅー!」
無邪気にりゅーって言うヒナが可愛い。だけど、今はヒナの可愛さは置いといて。……いや置いとかないけど。だって可愛いんだもん。可愛いから抱き上げよう。
「わーい、だっこー!」
うん、可愛い♪
しかし、タートが言う龍って……あの、龍よね? 七つだか八つの玉を揃えると……って言うやつ。うん、そんなヤツにあたしが勝てる筈無いわね。無理よ、無理無理。あたしみたいなちっぽけな存在が龍に勝てる道理が無いわ。
だいたい、龍の力って神通力的な物でしょ? そんなチート使いに勝てる訳ない。タートの言う通りにしよう。
「そうね……さすがに龍には勝てないと思う。見た事無いから分からないけど、もしも龍と戦うんなら今のあたしの力じゃ無理よ。もっと経験を積んで、能力を吸収して……そうして、やっと勝てるかどうかだと思う。だから、タートの言う通りに西の荒野に行ってみよう」
「ビアンカちゃん……賢くなったのぅ……! 伊達にサルに近付いた訳では無かったんじゃのぅ」
「サルって言わないで! 気にしてるんだから……! ……ほんの少しだけど」
「ホッホッホ、失言じゃったの」
という訳で、タートの言う通り、西の荒野を目指す事で進路は決まった。
動ける様になったとは言えタートの事を考えると、移動開始は明日の朝からにしようと思う。万事塞翁が馬とも言うでしょ? あれ? こういう時は転ばぬ先の杖だっけ?
ちなみに、タートが動けるまでの一週間の出来事は、あたしの新しい力の検証と実験に費やしたわ。と言っても、それだけじゃないんだけどね。それは後で教える。
今回、ハヌマンの聖石を食べた事で得たあたしの新しい力とは……無限の魔力とイメージ通りに魔法を発動する力、それと、夢の中ならば魂と交信出来る力の三つ。あ、属性は無属性みたいで、新しい属性を得る事は出来なかった。
先ず、検証及び実験を行ったのは『分身魔法』だ。何故この魔法から始めたかと言うと、毎回体毛を引き抜くのが痛いからだ。お陰で、体毛が濡れて汚れる事が無くなったけど。……どこの毛なのかは言わないし、何故そこの毛なのかも言わない。
「……痛ッ!! 毎回この痛みを耐えなくちゃ分身魔法が使えないって、改善が必要よねぇ。体毛を使わないで発動出来ないかしら?」
獲物を狩る為に分身魔法を使い始めたのは良いけど、その痛みがネックだった。痛みで毎回涙が出て来るし。
という事で、改善の為にも先ずは抜いた体毛から分身を作ってみる。
胸の中にある聖石から膨大な魔力を発生させ、体毛へと意識を集中しながら魔力を送り、自分の分身をイメージする。凄い勢いで魔力が吸われる感じがするけど、今のあたしに取ってはどうって事は無い。
次第に体毛の周りに魔力が集まり、やがて体毛を核にして形を成し始める。次の瞬間には、あたしの目の前にもう一人のあたしが立っていた。
「改めて魔力の流れとかを追ってみたけど、体毛が大きくなって分身になるんじゃなくて、体毛を核にして分身になるのね」
でも、今ので一つだけ分かった事がある。それは、体毛を意識して集中してたって事だ。
ならば、空間の一点に集中して、そこから魔法を放つ要領で魔力を凝縮してみればどうだろうか。イメージで任意の場所から魔法を放てるのならば、恐らく分身だって出来る筈。
さっそく試してみた。
「うーん……魔力が凝縮して集まったのは良いけど、それから変化しないわね」
あたしの目の前には、宙に浮いた魔力球が出来ただけだった。
「あ! 3Dプリンターみたいに、あたしの形になる様に足から順にその形で凝縮した魔力を送れば出来るんじゃない!?」
3Dプリンターは、前世のあたしがテレビのニュースで見た物だけど、その性能には驚いたものだ。インプットしたデータの形そのままに、何も無い空間に物が造られるのだから。
それを魔力に置き換えてみれば、体毛を使わなくても分身が出来るのではないだろうか。
さっそくとばかりに、目の前に立つあたしの分身体を見ながらイメージを固め、足から順に魔力の形を変えながら分身を作ってみた。
「出来たー! ……けど、これじゃあたしじゃ無いわね……」
あたしの目の前には、あたしとは似ても似つかないゴリラの様な分身体が立っていた。
「うーん、良いアイデアだと思ったけど、失敗ね」
3Dプリンターは良い線いってると思ったんだけど、まだ違うらしい。
ここで改めて考えてみる。3Dプリンター方式でも分身体は出来たけど、あたしとは別人になる。しかし、それだと分身とは言えない。だけど体毛を核にすれば、恐らく体毛の中にあるあたしの情報が完璧に同じ形の分身体を作り出す。そう、完璧に同じ形に。
ん? 完璧に同じ形? ……形……型。あっ!
「あたしの体の周りに、凝縮した魔力を張り巡らせてみたらどうかしら!」
つまり、あたし自身で型を取るのだ。
先ず、体の周りに凝縮した魔力を纏わせる。……出来た。次に、その形を保ったまま1m程先に移動させる。あたしの魔力だから、分身体はあたしのイメージ通りに歩いて移動した。
「薄らしか見えないけど、完璧なあたしの形になってる!」
まだ魔力な為に半透明だけど、どこから見てもあたしと同じ分身体が出来ていた。
後は何が必要かしら。こうして見ると、中が空洞だから何だか変よね。
思い出した前世の記憶を頼りに、筋肉や内臓とかも魔力で作ってみようかしら。
先程作ったゴリラの分身体を魔力へと戻し、その魔力を新しく作った分身体へと送る。そして、足から順に筋肉や内臓などをイメージしながら脳までを作り、最後にあたしの体と同じ色をイメージした。中身が丸見えだと美味しそ……気持ち悪く見えるからね。
「で、出来たーっ!! でも、体毛の質感が出てないわよね。ほい! ……うん、こんなもんね!」
最後に体毛を再現して出来上がり。あたしの目の前には、あたしと寸分違わぬ分身体が二体立っていた。片方は体毛で作った分身体で、もう片方が魔力だけで作った分身体。うん、見た目は全く同じね。
後は性能だけど……
「分かりました」
近くの木を殴ってもらおうとイメージしたら、一体目は無言で木を殴り始めてるのに、驚く事に二体目は言葉で応えてから木を殴った。
だけど、一体目と二体目の性能差はそれだけでは無かった。
一体目は幾ら殴っても木を叩く音しかしないのに、二体目が木を殴った瞬間、その箇所から幹が折れたのだ。しかも、直径が1mはあろうかという巨木が、である。
この性能差は、込めた魔力量にもよるかもしれないけど、恐らく筋肉などをしっかりと作ったからだろう。いや、たぶんそうだと思う。とにかく恐ろしい程の力だ。
「凄い! もしかして魔法も使えるのかな?」
そう呟き、分身体が『ウォーター』を放つイメージをすると……
「『ウォーター!』」
何と、分身体は魔法を放った。殴るだけのハヌマンの分身とは大違いである。分身体の両手からは、滝の様に次々と水が放出されていたけど、あたしが止まれと念じたら、分身体の魔法も止まった。本当に、ハヌマンの分身とは大違いだ。
本体よりも力が強くて、しかも魔法まで放てる。この分身体を素早く何体も作れる様になれば、ほとんどの敵に勝てるだろう。……と思う。過信は禁物だけど。
その後の検証の結果分かった事は、分身体の魔法は自らの体を形づくる魔力を使用しているらしく、魔法を放つ度に体の色が薄れて行き、最後は体を維持する魔力が無くなって消滅するという事。魔力を発生出来ないんだから当然よね。でも、途中で魔力を補給してあげれば回復するみたい。
それともう一つ分かった事があって、分身体は魔力の減少と共に力も弱くなる事も判明した。
その事から、魔法を使わなければ長時間の物理攻撃が出来るし、物理攻撃が効かない敵には魔法で大ダメージを与える事も出来る。戦略の幅が広がるわよね。
もしも勝てない敵が現れたらだけど、膨大な魔力を込めて化け物レベルの分身体を作って戦わせれば、その間にあたしは逃げる事だって出来る。もしかしたら、そのまま勝てるかもしれない。分身体の魔力が無くならなければ、だけど。
化け物レベルはともかく、素早く分身を作れる様に訓練しよう。瞬時に10体の分身体を作り出せる様になれば、そのまま敵を囲む様に散開し、そして全ての魔力を込めて魔法を放って敵を殲滅、なんて事も可能になるだろう。あたし達の生存率がより高まる筈だ。
ともあれ、分身魔法はこれからのあたしにとって、とても重要な魔法だという事だ。必ず使いこなせる様になろう。
分身魔法の威力と可能性に満足しながら、あたしは次の力の検証を始めた。
お読み下さり、真にありがとうございます!




