ニワトリ
本日ラストの投稿です。
明日からは不定期連載となりますm(_ _)m
昨日、初めての狩りに成功してネズミを食べた。すっごく美味しかった。
お腹いっぱいになって満足したあたしは巣穴へと戻り、用を足してから寝た。寝る前に用を足すのは、きっと前世からの習慣だ。
今のあたしは白虎だから、人間からすればつまりは動物だ。だから寝てて漏らしたとしても恥ずかしくも無いし、惨めだとも思わない。実際、あたしが飼ってた『トラ』だってたまに漏らしてた。匂いだって、そうは気にならない。むしろ、良い匂いに感じる時だってあるんだ。
用を足してる所を見られたとしても、恐らくは何も感じないと思う。と言うか、お兄ちゃんにいつも見られてたし。……アソコの匂いだって鼻を付けられて嗅がれたし、お尻だって。
あたしもお兄ちゃんのアソコやお尻を嗅ぎ返した。だって、それが当たり前だから。そうやって相手の状態を理解したり、コミュニケーションを取ったりするんだ。
あ、縄張りの匂いを確認する意味もあるわね。つまりはそういう事だ。
何が言いたいのかと言うと、久しぶりに漏らした。
「何で漏らしたんだろう。昨夜、寝る前に用は足したはずなのに……」
朝起きると、あたしの下半身の周りには大きな水溜まりが出来ていた。水溜まりと言うと誤解が生じるわね。大きな染みが広がっていた、が正解。
あたしが寝床としてる場所には、大きな毛皮が敷かれている。良くは分からないけど、あたしのパパが狩った獲物の毛皮らしい。ママがうっとりした顔で良く自慢してたよ。
そんなパパは、あたし達姉兄を仕込んで……つまり種付けをして、ママの妊娠が分かった後、どこへともなく居なくなったらしい。
虎としての習性なんだろうけど、前世が人間だったあたしからすれば最低な男だと感じる。
「とりあえず、起きなきゃ」
体を起こし、濡れた下半身の水気を飛ばす為に身震いをした。四つの足から力を込めて震わし、次いで体を震わす。最後は頭を左右に回転させる様に震わせて完了。多少湿ってはいるが、後は自然乾燥に任せる。
「漏らしたから出ないと思ったけど、まだ出そう」
いつもの場所へと行き、湧き水からの細い流れを跨ぐ。後ろ足を軽く曲げて体勢を作った所で、それに気付いた。
「あれ? トイレにしてる湧き水のこの流れって、こんなに細かったっけ?」
いつもは跨ぐだけで精一杯だった流れの幅が、今朝は何だか細く感じる。それこそ、優雅に跨げた程だ。
「不思議だけど、ま、いっか。用を足したら、今日も獲物を狩らなきゃ。いっぱい狩って、いっぱい食べて、あたしもお兄ちゃん達やママみたいに、大きくて強い白虎になるんだ!」
いつもの様にシャアッ! と用を足し、今日も巣穴から元気に狩りへと出掛ける。今日は昨日よりも少しだけ遠くに行ってみよう。
昨日入ったのは密林と言っても、まだまだ拓けた所だった。だから今日はそれよりも少しだけ遠く、草が生い茂る中へと入ってみる事にしたのだ。小さなあたしの、小さな冒険って感じだね。
あたしの体高と同じくらいの丈の草地を進むと、やはりその草が鬱陶しく体を刺激する。四つ足やお腹、それにお尻の辺りは草で刺激されて痒くなっても移動がてら木に擦り付ければ良いけど、面倒なのが頭の後ろや耳の辺り、それと背中だ。
頭の後ろや耳の裏はいちいち立ち止まって、後ろ足を上げて掻かなきゃいけないし、背中になるとゴロンゴロンと地面に擦り付けないと痒みが治まらない。
そんな事を繰り返しながらも草地を進んでいると、居た。今日の獲物となる、昨日と同じ種類のネズミが。
でも、昨日のネズミよりも小さく感じる。子供だろうか。
でもここは弱肉強食の世界。獲物が子供だろうと、あたしが生きる為にはそれを狩らなくちゃならない。
「ニャアアアアアア!!」
「チュ!? ヂュウウウウッ!!」
ネズミは昨日と同じ様に見えない衝撃波を飛ばして来たけど、あたしは昨日覚えた回転による重心のズレを利用して飛び掛った。横を通り抜ける衝撃波も昨日と同じだ。
結果、あたしはネズミを狩る事に成功した。昨日よりも簡単だったよ。
草地でネズミを食べると余計な草まで食べてしまいそうだったので、噛み砕いた頚椎をそのままに、巣穴の前の広場まで引き摺って戻った。お日様が中天に差し掛かろうとしてるから、丁度お昼くらいだろう。
「いただきます!」
今日は昨日とは違い、少しお上品に食べてみた。とは言え、食べ始める場所が違うだけだ。
昨日は頭の方から食べ始めたけど、今日は柔らかいお腹から齧り付き、美味しい心臓の辺りから食べ始める。直ぐに噛み砕けない物が口に入ったけど、相変わらず丸呑みした。
「キョーーン!」
お腹、心臓、足周りと食べて、残りは夕方にしようかなって思い始めた頃、どこからか聞いた事の無い鳴き声が響いて来た。ネズミから顔を上げて辺りを見回しても、声の主はどこにも見当たらない。空耳かな?
「キョキョーーン!」
また聞こえた。間違いなく空耳なんかじゃ無い。あたしは耳を忙しなく動かして、声の方向を探った。
「キョキョーーン!」
見付けた。声の主はあたしのはるか上空を旋回し、その後、あたし目掛けて急降下して来た。
まだ小さくしか見えないけど、鷹か、鷲か、その辺りの鳥だろう。どちらにせよ、あたしよりも大きな鳥である事に違いは無い。前世の記憶を頼りに思い出すと、どちらも確か、翼を広げた大きさは2mにも達する筈だ。今のあたしの手に負える相手じゃない。
食べ掛けだけど、ネズミを囮に逃げよう。……と思って動き出した時、肩の辺りと腰の辺りに何かが突き刺さる衝撃を受け、あたしの小さな体は宙に浮いた。
「ニャ!? ミギャアアアアアア!!」
肩と腰の毛皮を突き破り、何かが突き刺さってる。死ぬ程の痛みだ。恐らく血も出てると思う。
あたしが一体何をしたって言うの? 小さい体で一生懸命に生きようとしてるだけなのに。
とは言え、これが弱肉強食が絶対のルールである野生の世界だ。黙って受け入れよう。
でも最後に、あたしを襲った鳥の正体だけでも知りたい。
肩の痛みを堪え、あたしは首を何とか後ろへと向け、そいつの姿を確認した。
ニワトリ!? 何でニワトリが空を飛んでるの!?
あたしを襲った鳥の正体がニワトリだと分かると、何だか凄く情けない気持ちになって来た。
でも、ただのニワトリとは違う。翼を大きく羽ばたいて飛ぶ姿は空の王者の貫禄すら感じるものだ。
今のあたしじゃ感覚でしか分からないが、翼を広げた大きさは優に3mはありそう。目は鋭く、尾羽も長くて立派だ。
ただ、普通のニワトリと違うのは、空を飛ぶ事もそうだけど、頭に燦然と屹立する立派な鶏冠が燃えている事だろうか。ううん、燃えてるんじゃなくて、鶏冠が炎で出来ているのだ。
昨日と今日狩ったネズミもそうだったけど、不思議な力を使ってた。あたしを襲ったニワトリだってそうだ。
今あたしが生きてるこの世界は、あたしが知ってる前世とは大きく違うみたい。
知りたい!
あたしが生きてるこの不思議な世界を、もっともっと知りたいよ。このまま死ぬなんて嫌だ!
ならば、どうすればいい?
精一杯抵抗して、このニワトリから逃げればいい。簡単な事だ。
「ニャアアアアオオオオオッ!! ――フギャッ!? フウウーーッ!!」
あたしに突き刺さってるニワトリの鋭い爪から何とか解放されようと、手足をバタつかせ、その場で体を捩りながら暴れる。
ニワトリは決してあたしを離さない様に爪を更に食い込ませて来たけど、痛みなんかに負けない。
痛みに耐えて暴れてたら、ブチブチって嫌な音があたしの体内に響いた。直後、あたしの小さな体は自由落下を始めていた。
お読み下さり、真にありがとうございます!