獣人
「待ってよ、トラ!」
……夢? 夢にしては妙にリアルな夢だった。すぐそこにトラが居たような、そんな切なくて、嬉しくて……でも、やっぱり寂しい夢。
「ようやく起きた様じゃな、ビアンカちゃん」
「ママ! 良かった……うち、ママが死んじゃうかと思った……」
タートとヒナが、あたしの傍で心配そうに声を掛けて来る。そんなにあたしは寝てたのだろうか。
と言うか、ヒナはともかく、タートも動けないのだから、どちらかと言えばタートの方が心配だと思う。タートは、自らが誇る最強の防御魔法を使って魔力切れを起こし、更には割れてしまった甲羅を直すのにも魔力を使うという話だから、あたしよりも重症だろう。
「ワシもビアンカちゃんも、しばらくはここから動けんのぅ。それよりも、じゃ。ビアンカちゃんはあのサル……ハヌマンの聖石を食べた様じゃのぅ。姿が変化しておる。ワシと違って動けるのじゃから、泉の水面で確認してみるが良かろう」
「ママ……サルになったの?」
あたしがサル……?
そんな訳がある筈ない。あたしが生まれて二年と少し、ずっと白虎の姿だったのだ。ウサギを食べた事で若干、サーベルタイガーみたいな見た目に変わったけど。それでも白虎の姿に誇りを持ってる。
「嘘……でしょ……!」
タートに勧められるがままに泉の水面をそっと覗き込むと、そこには白虎としてのあたしの顔では無く、虎猿とでも言うべき姿が映っていた。
「な、何で……!? 前足も後ろ足も……白虎じゃなくなってる!」
あたしは、改めて自分の体を確認した。
すると、前足は二本の腕になっていて、更には五本指の手となっている。
逞しかった後ろ足も、二足歩行が可能な造りへと変化し、それに伴って土踏まずや踵が出来ていた。
「これじゃまるで……人間みたいじゃない、あたし!」
あたしの姿は、正しく獣と人の中間の存在……獣人となっていたのだ。
「でも、ママが可愛くなったから、うちは今の方が良いのー!」
「そ、そお……かな? でも、これじゃ弱そうに見えちゃうんじゃないかな?」
ヒナは、今の方が良いと言ってくれたけど、白虎だった時の姿と見比べれば間違いなく弱そうに見えるだろう。体の大きさも小さくなったみたいだし、もしも敵に襲われでもしたら、侮られる事は明白だと思う。
「大丈夫じゃよ、ビアンカちゃん。見た目が弱そうになっても威圧感はそのまま……いや、むしろ増しておるし、ビアンカちゃんから発せられる魔力も恐ろしく感じる程じゃ。余程の相手でもない限り、ビアンカちゃんに向かって来る奴はおるまい」
「でも……肉球が無くなっちゃったよ?」
そうなのだ。あたしのチャームポイントの一つだった肉球が、見る影もなく無くなってしまったのだ。
それだけでは無い。全身を覆っていた灰色と紺色のストライプの体毛が一部、綺麗に無くなってしまっていた。
体毛が無くなったのは、顔からおへその下にかけてで、そこは地肌が直接見えているという、何とも無防備な状態だ。
改めて今のあたしを説明すると、頭の毛は鬣みたいな髪の毛となり、顔は前世の白音だった時と似た感じだ。……前世の顔と言っただけじゃ分からないわよね。
目はおっとりしていて瞳の色は黒色、鼻はツンと軽く上向きで少し低めであり、ぷるんとした唇は薄らピンクに染まっている。口を開けば、上の犬歯が他の歯よりも鋭く伸びていた。
耳は白虎のままで、頭の上に二つ付いているわね。ぴょこぴょこと、自分の意思で動かせる事は変わらない様だ。
おっぱい……と言う程大きくないけど、胸は四つあって、乳首も四つ。これは、あたしが一度に産める子供の数を表しているわね。
それで、お腹の中心には小さなおへそがあって、下に目を移せば、体毛に覆われてはいるけど、人間そのものといったクレバスがある。どうせなら、そこまで体毛が無くなってれば良かったのに。用を足した後、多少体毛が濡れるから汚れるのよね。
「良かったぁ……! 尻尾はそのままだよ!」
足が細くなって筋肉が衰えたみたいに感じたけど、お尻にはしっかりと筋肉が付いているし、尻尾も白虎のままだった。これにはホッとした。
何だかんだで、白音として今のあたしを見たならば意外とイケてるのではなかろうか。……と、自画自賛をしてみる。イケてるからどうなんだ、という話だけど。
そう言えば、前世の記憶が鮮明になってる気がする。前世の名前とか、胸が四つあるのは子供を産める数だとかは、今までのあたしならば思い出せなかったし知らなかった物だ。トラの事だってしっかりと思い出せる。
「神獣、かぁ……」
「神獣がどうしたと言うのじゃ、ビアンカちゃん?」
「それなんだけど――」
あたしは、夢に出て来たトラの事や神獣について、その他諸々を覚えている限りタートに話した。
「なるほどのぅ。ハヌマンは別の世界で神だった存在じゃったのか。じゃからこそ、あれ程の力を誇っていたのじゃな。それはともかく、ビアンカちゃんの事じゃな。ビアンカちゃんの話が本当ならば、神獣とは聖獣になれなかった者たちの無念から来る憧れでは無く、聖獣がより高位の存在に至ったものじゃったのじゃな。いずれにせよ、ビアンカちゃんは聖獣を超えてその神獣になり掛けておる訳じゃから、今の姿でも問題あるまい。それに、ワシやヒナにすれば、ビアンカちゃんがより高位の神獣ならば聖獣への道も自然と近付いて来るわい。正にタナボタじゃな!」
「タナボター!」
「……ホント、よく知ってるよね、そういうの。まぁ、いいや。それよりも、ヒナ。あたし、どうやってハヌマンを食べてたの? トラがあたしの体を動かして食べたって言ってたんだけど……」
実は、気になっていたのだ。もしかしたら、ヒナを恐がらせたかもしれないって。
今は普通に話してくれてるヒナだけど、実は恐怖を隠してるなんて事も考えられるしね。
「うんとねー、ガバッと起きてー、バッと飛び掛ってー、ガブッてやってー、寝たのー!」
うん、そんな説明になる気がしたよ。
でも、どうやらヒナを恐がらせる事は無かったみたいで、あたしとしては一安心という所ね。
「話は終わったかの? ビアンカちゃんや、ワシは腹が減ったぞい……。魔力の回復の為にも、ワシは肉が食べたいのじゃ! 甲羅の修復は辛うじて済んだのじゃが、如何せん……『アダマンシールド』を使うと、魔力の回復が遅くなるのじゃ。じゃから、肉を頼むわい! それも、鮮度が良いやつをのぅ……!」
「うちも、お腹減ったー! ママのほのうが食べたいー!」
「そう言えば、あたしもお腹が減ったわね……。分かった、ちょっとその辺で獲物を狩って来るから待ってて? ヒナにはこれね。『フレイム!』」
頑張ってくれたタートには少しの間優しくするって決めたから、ちゃんと優しくしてあげよう。それが老カメに対する思いやりってもんだよね。
そう考えつつ、あたしは右手の平から青白い炎を出して、それを維持する。改めて見ると、あたしの手の上でユラユラと燃える青白い炎はとても綺麗だ。前世の記憶が完全に甦ったからか、魔法に対して凄くワクワクする自分がいる。
「ママー! 早く食べたいよー!」
「あ、ごめん! これで食べやすくなった?」
「うん! 『イートフレイム!』美味しー!」
腰をかがめて地面に片膝をつき、右手の炎をそっとヒナへと差し出す。こうしないと、ヒナは炎を食べる事が出来ない。
ハヌマンとの戦いで、あたしの炎を食べて急成長したとは言え、ヒナの大きさは体長40cm程だ。あたしの身長が160cm程と考えれば、まだまだヒナは小さい。体長が30cmくらいしか無いタートはもっと小さいけど。
ともあれ、あたしの炎を美味しそうに食べるヒナの姿にほっこりした。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわね! 一応マーキングしておくけど、もしも敵が現れたら何とか逃げてね?」
「むぅ。ワシは土の力で隠形術が使えるから問題無いが、ヒナは心配じゃのぅ」
「うちも大丈夫ー! ほら! 『ブレイズファイアー!』」
驚いた……!
ヒナは全身に真っ赤な炎を纏った後、その炎がヒナの形のまま真っ直ぐ放たれたのだ。それは、言うなれば火の鳥。急成長したヒナは、何と攻撃魔法をも身に付けていた。
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