『トラ』
「ガルルルルルルッ!!! 『ファイアトルネード!』」
風属性の竜巻に、火属性の青い炎を合成して放った青白い炎の竜巻。あたしの狙い通り、ハヌマンを起点にそれは発動した。
「グアアアアアアアアァァァッ!!! な、何だ!? 何なんだ、この魔法はぁぁっ!!? ギャアアアアアアアァァァァァ!!!」
『『ウボアアアアァァァァァァッ!!』』
初めは細長く曲がりくねった炎の竜巻だったけど、竜巻の性質上周りの物を吸い込む為、辺り一面で燃え盛っていた炎を巻き込み、次第に巨大な炎の暴風嵐となって席捲して行く。
それは当然分身体のゴリラ達をも巻き込み、瞬時にその姿を消滅させて行った。瞬時に消滅したのは、ダメージの許容量を超えてハヌマンの体毛へと戻ったからだ。
「グウウウゥゥッ……ッ! オゴワアアアァァァッ!! ――クソッ……タ……レェ……ェェ…………」
炎の暴風嵐の中心は尋常じゃない温度だろう。恐らく、千度以上の高温地獄だ。それでも、しぶとく生きていたハヌマンの生命力は驚嘆に値する。
だけど、やがてハヌマンは力尽きて行った。
「げ……限界……じゃ……」
――パリイィィィーーン!!
「――ッ! じーじ!? 『イートフレイム!』」
ハヌマンが力尽きると同時に、タートのドームは甲高い破砕音を響かせて割れた。咄嗟にヒナが、あたし達に襲い掛かる炎を小さな嘴で吸い込み始めたから今の所大丈夫だけど、ヒナだって炎を吸い込める許容量があるだろう。その前に炎の暴風嵐をどうにかしないと……!
「あ! あたし……自分の炎は消せるんだった……」
その事を土壇場で思い出し、炎への魔力供給をすぐさま止める。すると、あれ程燃え盛り荒れ狂っていた炎の暴風嵐はあっさりと消滅した。
残る炎は、あたしの魔力とは関係の無い、ハヌマンの燃えた体から飛び火した物だけだ。
「あたしもこれで限界ね……! 『ショックウォーター!』」
一番大きな炎に向けて、水の衝撃波を放つ。着弾と同時にその炎を消火し、辺りに散った水飛沫によって残りの炎も消火した。これでこの森が焼失する事もないだろう。
そして、あたしの魔力も底をついた。
「ヒナ……。あたしも限界だから、もしも敵が現れたら……迷わず逃げてね……?」
ヒナにそう言った後、薄れ行く意識の中であたしの視界に入ったのは、真っ黒焦げで立ち尽くすハヌマンの死体だった。
☆☆☆
『白音ちゃん、ボクだよ。トラだよ、起きて?』
あれ? トラ……? あたし、どうしたんだっけ? あ! トラが車に轢かれそうになってるのを助けたんだった! ……って、何でトラが喋ってるの!?
あぁ……あたし、夢を見ているんだ。だって、トラが喋れるはず無いもの。その証拠にほら、トラの体が淡く光ってる。やっぱり、夢ね。
『ありがとう、白音ちゃん。でもボク……あの時死んじゃったんだ。だから、ボクは願ったんだ。白音ちゃんを助けて……って』
やっぱり夢だ。だって、あたし喋ってないのに話が通じてるもの。
夢はともかく、話が変だ。あたしは確かにトラを助けた筈。トラの代わりにあたしが轢かれて……それで、凄く痛かったんだけど、あたしが意識を失う前に、トラが優しくあたしの頬を舐めてくれたのを覚えてるもの。だから、トラは助かった筈よ。
『ゴメンね、白音ちゃん……。ボクが神様にお願いして、白音ちゃんを救ってもらう前に頬を舐めてたんだ。……魂の状態で』
魂の……状態……?
『今も似たような感じだね。だから言うけど、ボク……かつての聖獣……【白虎】の魂が白音ちゃんの世界で転生した存在だったんだ。だから、ゴメンね? 白音ちゃんを助ける為とは言え、このアガルタの争いに巻き込んじゃって。でもそうしないと、白音ちゃんの魂は消滅する運命だったんだ。元はと言えば、それも聖獣白虎のボクのせいでもあるんだけど……』
トラは、何を言ってるんだろう。難し過ぎて、頭が混乱する。
トラが、聖獣で白虎? あたしの魂が消滅する? それに、神様……って。
トラが巻き込んだって言うアガルタの争いだけど、どうしてトラが謝るんだろう。
あれ? あたし……白虎の姿をしてる。サーベルタイガーっぽい見た目だけど。
『うん、そういう事だよ、白音ちゃん。白音ちゃんの魂を消滅させない為に、ボクと白音ちゃんの魂を一つに合わせ、そしてアガルタへと転生したんだ』
転生の事は分かったけど……でも、何であたしの魂が消滅するって事になったんだろう。
もしも神様ってのがあたしの世界にも居たとして、そこで死んだのなら、あの世界で生まれ変わっても良い筈。それがどうしてトラとあたしの魂が一緒になって、何でアガルタへと転生する事になるのかが分からない。
『ボクは白音ちゃんの世界で、白音ちゃんの魂を糧に再び聖獣として生まれる予定だったんだよ。そして、それはほとんど達成されていた。ボクも、初めは白音ちゃんを糧としか見てなかった。だけど、あの世界で人間……白音ちゃんと、ボク自身初めてとなるペットとしての生活をして行く内に情が湧いたんだ。……白音ちゃんと一緒に生きたいって。でも、死んでしまった。中途半端の状態で。それでも、ボクだけは聖獣として生まれ変わる事が出来た。でも、一度湧いた感情にボクは逆らえなかった。白音ちゃんと一緒に居たいって感情に。だから神様に願ったんだ。白音ちゃんを助けて欲しいって。そしたら、神様がボクの願いを叶えてくれた。でも助ける代わりに、ボクが聖獣として生まれ変わる事は出来なくなってしまった。だからこそボクと一緒になった白音ちゃんが、このアガルタで聖獣候補としての争いに巻き込まれる形になったんだよ』
そっか……。だからあたしは白虎としてこの世界で生まれて、そして聖獣の資格者として戦ってるのか。
でも……何で今になってトラがあたしの夢の中に出て来たんだろう。一緒になったんだったら、今までも夢で出て来ても良かったのに。
『それはね……白音ちゃんがハヌマンの聖石を食べたからだよ。ハヌマンは別の世界で、斉天大聖と呼ばれる神様の一柱だったんだ。このアガルタでは斉天大聖にはなれないんだけど、その記憶が残ってたんだろうね。だけど、かつての神様だった力の一部は受け継いでいたんだ。それが無限の魔力であり、ボクの様に魂と話す事が出来る事であり……人間に近い種族だったりね。そのお陰で今ボクと白音ちゃんは話せてるんだけど、弊害もあって、ボクの魂は完全に白音ちゃんと一体化しちゃうんだ。今のベースが白音ちゃんだから、ボクが白音ちゃんに吸収される形になっちゃうけどね』
え? トラ、あたしに吸収されちゃうの!?
そんなのは嫌だ。寂しいよ……。でも……大好きだったトラと一つになれるのは少しだけ嬉しい。複雑な気持ちだよ……。
と言うか、あたし、ハヌマン食べたの!? 意識を失う前、黒焦げで立ったまま死んでるハヌマンは見た記憶があるけど、いつの間に食べたんだろうか?
『あ、それはボクが体を動かして食べたんだ。ハヌマンの体はほとんど炭だったけど、聖石だけは無傷だったからそれだけはね。あ……そろそろ時間切れだね。白音ちゃん、ボクと一緒に居てくれてありがとう。白音ちゃんと生活してたあの時間は、ボクにとって凄く幸せな時間だったよ。話せるのがこれで最後だと思うと寂しいけど、これからは一つになってずっと一緒だから嬉しいよ。それじゃ……さよなら……ボクをよろしくって言った方が良いのかな?』
ちょっと待ってよ、トラ! あたしはこのまま聖獣を目指せば良いの!? それとも、既に聖獣っぽいから、タート達を聖獣にしてあげれば良いの?
ううん、そうじゃない……! ずっと一緒に居て、あたしを導いてよ!
『そんな白音ちゃんだからボクは幸せだったんだね。それに、ボクが白音ちゃんに完全に吸収されても、ボクの事は感じられる筈だよ? 白音ちゃんが魔法として使ってる力は、元々はボクの聖獣としての力だったんだから。それと、今の白音ちゃんは……もう、ビアンカちゃんと呼んだ方が良いね。今のビアンカちゃんは、仮にも神様の一柱を吸収した事で【神獣】になりつつあるんだ。それに伴い、姿も今までの白虎と違う物へと進化してる。だから、ボクを感じられるし、タート達を導く事も出来る筈さ。……今度こそ、さよならだね。ありがとう、ビアンカちゃん。ボクと一緒になってくれて……!』
「待って……トラ!!」
どれ程眠っていたかは分からないけど、あたしはトラを呼ぶ自らの声で目覚めた。
お読み下さり、真にありがとうございます!




