ハヌマン
もうすぐ、年の瀬ですね……
「森がどうなろうと構うもんか! 『ショックファイア!』――ガルルルルルルアアアアアッ!!!」
「ウホッ!? 何だと……! お前の力は風属性じゃなかったのかっ!! グアアアアアアアアァァァッ!!!」
ゴリラが巨木を両腕で振り回す一撃必死の攻撃があたしへと当たる前、あたしは炎の衝撃波をゴリラに向けて放っていた。
ゴリラは咄嗟に巨木を離して両腕で体をガードするも、炎球が着弾した途端、激しい爆炎に飲み込まれて吹き飛んで行った。
途中、何度も森の巨木へと体を激突させるゴリラだけど、巨体が火に包まれている為、次々と巨木を炎上させて行く。辺り一面は、青白い炎が燃え盛る地獄と化してしまった。
「ヒナは……? ヒナは大丈夫!? それに、タートも!」
ゴリラを何とかしないと全員が殺されると思い、なりふり構わずに炎の衝撃波を放ったのは良いが、あたしの攻撃にタートとヒナが巻き込まれていたらと思うとゾッとして来た。タートもヒナも、炎の範囲外となるあたしの背後にいた筈だから大丈夫だとは思うけど、それでもやはり心配になる。どうか、無事でいて……!
「わ、ワシは何とか無事……でも無いのぅ。甲羅が割れておるわい。魔力が回復すれば直せるんじゃが、数日間は無理じゃろうのぉ」
元の大きさに戻ったタートがノロノロとあたしの所に歩いて来た。やはり、ゴリラの攻撃でダメージを負ったみたい。魔力が回復すれば甲羅は直るらしいけど、しばらくは優しくしてあげよう。
「良かった! 無事で……! 死んじゃってたらどうしようって思ったよ……」
「ふん! これくらいじゃ死なんわい! 伊達に千年もの間生きとらんからのぅ。……それよりも、ヒナは無事か!?」
さすがタート、これだけ元気なら心配無さそうだ。年の功より亀の甲って言うし、上手い事ダメージを逃がしたのだろう。自分でも言ってる意味が分からないのは知ってる。
それよりも、タートが言う様にヒナの事だ。ヒナの無事が確認出来ない事には安心出来ない。
「うちも無事なのー!」
ヒナを心配していたら、そのヒナの声が聞こえて来た。どうやら無事な様で、兎にも角にも一安心である。
だけど、少し声が変わった様な……?
「ヒナ……なの……?」
後ろを振り向くとヒナは居た。……大きくなった姿で。
「これは驚いたぞい……! 何故、急に成長したんじゃ、ヒナや?」
やっぱり、あたしの目の錯覚じゃないみたい。タートにも大きくなったヒナの姿が見えてる様だ。
「うんとねー、ママの青いメラメラを喰ったのー! 美味しかったよー!」
「あたしの炎を喰った!?」
「何じゃと!? それは真か、ヒナ! という事は、ヒナは火属性の持ち主という事じゃ! 更に言えば、種族は『火食鳥』じゃ。このまま成長を続ければ、やがて『不死鳥』にもなれるやもしれん……!」
タートの言う通り、ヒナは火食鳥なのかもしれない。現に、成長して30cm程になったヒナの体の一部は、火が燃えてる様に見える。一部とは、頭頂部に一本だけ長く伸びた羽根だ。その羽根が炎へと変わっていた。
という事は、このまま成長を続けて不死鳥となれば、ヒナの全身は全て炎に包まれるという事だろうか。
もしもそうなれば、それだけでヒナは聖獣と言える存在に見えるだろう。
「が、ガッハッハッ……ッ! 貴様ら、この『ハヌマン』様がまだ生きてると言うのに、随分と余裕だなぁ。しかし、驚いた……。聖獣になりかけの奴に火食鳥、そして『玄武』に片足突っ込んでる奴らだったとは! 必ず貴様らを喰って、俺は……『斉天大聖』になってやる!」
タート達の無事を喜び、ヒナの成長に驚いていたあたし達の前に、全身がズタボロに焼け焦げたゴリラが、燃え盛る火炎地獄の中から三度姿を見せた。あれでも死なないとは、とんでもない奴だ。と言うか、まだ体が燃えている。本当に良く死なないと思う。
しかし、玄武? 斉天大聖? 何の事だろう?
聖獣になりかけとは、たぶんあたしの事だ。それは何となく分かる。そして、火食鳥もタートからの説明でヒナだと分かった。
それでゴリラは斉天大聖とやらになりたいって事は、玄武ってタートの事みたいね。何かしら、玄武って?
「ウボァー! 『アバターヘア……!』ウゴオオオォォッ!!」
「拙いぞ、ビアンカちゃん! 彼奴……あの姿でも分身を作りおった!」
「嘘でしょっ!? しかも、分身体は無傷だし……!」
ゴリラ……名乗ってたからハヌマンと呼けど、ハヌマンは瀕死と言っても過言じゃないのに、ハヌマンが作り出した30もの分身体は無傷だ。つまり、あの恐ろしい程の力を誇るゴリラが30体も出現したのだ。絶体絶命のピンチだよ……!
「ガハッ……ッ! ハァ……ハァ……ッ! 俺が死ぬのが先か、貴様らを殺して喰らうのが先か。俺が死ねばコイツらは消える。だが……! 俺は貴様らを喰らい、先へと進む! 大人しく死んで、俺の糧になれぇぇーっ!! グオオオアアアアァァッ!!」
『『グオオオアアアアァァッ!!』』
自分で言う通り、ハヌマンは本当に瀕死なんだと思う。吐血しながら敵意を剥き出しに吼えたハヌマンは、分身体へと号令を出す。辺りには分身体達の雄叫びが響き渡り、あまりの怒号に地響きさえも引き起こした。音とは空気の振動だと言うが、正にその通りの出来事だろう。その雄叫びで大地を揺らすのだから。
「うち、喰われるん?」
「これも定めじゃ、ヒナや。弱者は強者に喰われるがこの世界の常理。せめて、苦しまぬ様に逝きたいものじゃ……」
タートやヒナは、生を諦めかけている。無理もないわね……あたしだって絶望してるもの。
だけど、黙って死ぬのは嫌だ。せめて、一矢報いたい。
「ヒナはアイツなんかには喰わせない! それに、タート! そんなにあっさりと聖獣を諦めるの!? 聖獣になる為に千年も生きて来たんでしょ? 最後まで諦めちゃダメよ!」
「――ママ……! うち、生きたい!」
「ビアンカちゃん……! そうじゃな。年の功より亀の甲、ワシが諦めて何とする! これをやると数日間は動けん様になるが、後はビアンカちゃんに託すぞい! 『アダマンバリア!』」
あたしの言葉で、ヒナもタートも気持ちを持ち直してくれた。まだ、終わりじゃない。目前に分身体ゴリラの群れが迫っているけど、あたしも生きる為に魔力を出し尽くそう。
そんなあたしの覚悟が分かったのか、タートも全ての魔力を振り絞って最強の防御魔法を発動した。土色のタートから淡いピンクの光が迸り、半径3mのドームを形成する。ドームの表面には六角形の紋様が見える事から、実体を伴わない魔力だけの甲羅シールドなのだろう。
「やはり……キツい……のぅ! 後、30秒じゃあ!」
分身体のゴリラ達は、タートのドームへと怒涛の攻撃を始めた。両手を振り回しながらドームを叩き付ける姿に恐怖を感じる。だけど、自信をもって発動したドームだけに、さすがの強度だ。ゴリラの恐ろしい力を以てしても、ヒビの一つも入らない。
でも、タートの魔力が尽きれば、砕けてしまう。
「じーじ、頑張れッ!」
「ヌオオオオオオッ! ヒナに応援されたのじゃ……! あと一分は耐えられる!」
凄い! ヒナに応援された途端、タートが展開するピンクのドームの光が増した。
アダマンバリアを攻撃していたゴリラの群れは、更に強度を増したアダマンバリアによって自滅して行く。一定のダメージを負うと、分身体の体を形成する魔力が抜けるみたいだ。分身体ゴリラの群れは半数までに減っていた。
「後は……あたしね! タートが作ってくれたこの時間、決して無駄にはしないよ!」
ハヌマンに瀕死のダメージを与えたのは火と風の合成魔法だった。『ショックファイア』とは、言うなれば爆発系の魔法となる。
まだ試してはいないけど、火と風の合成魔法ならばあたしはもう一つ考えていた。そう、竜巻も風属性なのだ。
もしもその竜巻に火属性を合わせたら……?
「もしもタートのドームが割れちゃったら、その時はヒナが炎を食べてね?」
「分かったー!」
「もう、もたん……! 早くしてくれ、ビアンカちゃん!!」
目標はハヌマンがいる地点。あたしはハヌマンを起点に新たな魔法を放った。
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