ネズミ
本日、二話目です。
「お腹空いたよ、ママ……」
ママが居なくなった寂しさからそう呟き、あたしは巣穴としていた洞穴を後にする。何とかして食料を手に入れる為だ。
まだまだママのおっぱいを飲みたかったけど、食べようと思えば普通の食事も摂れる。牙、生えてるしね。
ちなみに普通の言葉を話してる様に聞こえるだろうけど、実際には喋ってない。本当はこうだ。
「ミャー、ミャアォ……」
ママとの会話も、実際には鳴き声でのやり取りだった。
何と説明していいのか分からないけど、相手の気持ちが直に心に伝わる感じって言えば分かるかな?
あ、巣穴を出る前に、用を足さなきゃ!
巣穴としている洞穴の奥、そこには湧き水が湧き、チョロチョロと細い流れを作って洞穴の外へと流れて出て行く。その流れの途中があたし達親子がトイレとしていた場所だ。
水が湧き出る所は水飲み場としてるけど、その下流で用を足すのだから衛生面での問題は無い。……はず。
細い流れを跨ぎ、軽く後ろ足を曲げてシャッ! と、用を足す。初めはママに処理してもらわないと用を足せなかったけど、今はお手の物だ。
「スッキリしたし、改めて食料ゲットにしゅっぱーつ!」
ママが居なくなって寂しいけれど、あたしもやはり野生動物の端くれ。生きる事の欲求が勝った。と言うか、寂しさよりも好奇心が勝ったのだ。食欲もだけど。
あたしは、巣穴としていた洞穴の近くしか知らない。そこからの景色しか見た事が無かった。
洞穴の前だけが小さな広場みたいになっていて、そこから先は鬱蒼と樹木が生い茂る密林地帯。ママが居る時、何回も密林に入ろうとしたけど、その度に「そこから先は危険だから行っちゃダメ!」と怒られ、しゅんとしながら巣穴に戻ったものだ。
でも、これからは自由。あたしの好きに生きていいんだ。ママが居なくなったのはやっぱり寂しい。それでも、成長が止まって小さくても、あたしだって野生の一部だ。強く生きてみせる!
「初めはやっぱりネズミよね。お兄ちゃん達、美味しそうに食べてたなぁ……!」
巣穴を勇んで出たはいいけど、やっぱり怖い。あたしはおっかなびっくり密林へと足を踏み入れた。
そこは正に野生の世界。見た事も無い草や花、それに蔓植物が絡まった樹木たち。良く見ればそこかしこに、小さな虫や蜘蛛が一生懸命に生きてる姿が確認出来た。あたしはそっと近付き、虫たちの匂いを嗅いでみる。
「……何だか変な匂い。食べられない気がする」
酸っぱい様な苦い様な、例えようのない匂いだけど、虫は食べちゃダメだと本能が告げてくる。
「チュー!」
見る物全てが珍しく感じ、自分の四つ足で近付けるもの全ての匂いを夢中で嗅いだ。食べられる物を探して。虫はダメ。草もダメ。当然樹木なんて以ての外だ。
匂いセンサーを全力で展開中、背後から鳴き声が聞こえた。鳴き声からして、あたしが探してたネズミだ。
ネズミは風下から近付いてたみたいで、あたしの匂いセンサーには引っ掛からなかった。
あたしはゆっくりとネズミの方へと体を向けて姿勢を低くし、そっと前足の爪を出す。初めての狩りだ。幾分かは緊張してるけど、頑張れ、あたし!
「……ネズミって、こんなに大きかったっけ?」
今のあたしが見た事あるネズミは、お兄ちゃん達が自分で狩って食べてたネズミだ。口に咥えて巣穴の前の広場まで戻って来て、そこで美味しそうに食べていたのを思い出す。
その時のお兄ちゃん達は、二口で食べていた。だからあたしもネズミは小さいと思い込んでいたんだ。
でも改めて思い出すと、お兄ちゃん達の体の大きさは既にママと同じくらいになっていた。つまり、体長4m前後だ。体の大きさに併せて体高だって高い。2m前後はあったと思う。
あたしは、ネズミの大きさを見誤っていた。
目の前に現れたネズミの大きさは、だいたいあたしと同じ50cm程。……だからだ、あたしの前に出て来たのは。
ネズミはチューと鳴きながら、どこか笑っている様に見える。あたしを見て、久しぶりのご馳走だと思っているのかも。
あたしだって初めての獲物だ。負けるつもりは無い。と言うか、負け=死の図式が成り立つ弱肉強食の世界では負けたら終わりだ。勝つしかない。
「ミャアアアアア!!」
先手必勝とばかりに、あたしはネズミへと飛び掛った。口を大きく開け、両前足の爪は全開に伸ばしながら。
ネズミよ、あたしと出会った不幸を悔いるがいい!
あたしは勝ちを確信していた。飛び掛った瞬間までは。
「ヂュウゥゥゥーッ!!」
「ミギャアアアアア!?」
何、あれ? 何なの!? 痛い、痛過ぎる!
目に見えない衝撃波があたしの体を撃ち抜いた。どうやらネズミが放ったものらしい。
何で? 何でネズミがそんな事出来るの!? そんな『魔法』みたいな事を……!
理解不能の事態に襲われれば人は恐怖すると言うけど、それは本当だ。あたしは目の前のネズミに激しく恐怖していた。……あたし、白虎だけど。
このままだと負ける。命をネズミに奪われてしまう。ネズミに食べられてしまう、あたしが。
そんなのは嫌だ。まだまだ生きたい。生きてこの世界を満喫したい。……負けない!
見えない衝撃波を喰らってダメージを負ったけど、体のどこにも傷は無いし、まだ動ける。少しふらつくけど、このくらい、どって事ない!
目の前のネズミは意外と賢いのか、それとも臆病なのか。あたしが立つのを静かに見ていた。ううん、侮ってるみたい。ニヤリと笑ったもの、ネズミのくせに。
だけど、今度は油断しない。あたしだってママの血を引く白虎の端くれだ。体が小さくてもネズミなんかに負ける筈がない。
「ミャアアアアアッ!!」
あたしはさっきと同じ様にネズミへと飛び掛った。
ネズミは案の定さっきの衝撃波を放って来た。狙い通りだ。あたしは小さく笑った。
空中で頭を捻り、それに合わせて体も回転させる。重心を自らズラす事で飛び掛った軌道を変化させたのだ。あたしの横を衝撃波が通過した。
「チュ!? ヂュゥ……ゥゥ……ゥ……」
横回転しながらネズミへと到達したあたしは、前足の爪をネズミへと突き刺し、直後に首へと牙を立てた。
小さな体でも白虎のあたしだ、顎の力はそれなりにある。ネズミの頚椎を噛み砕いて、仕留める事が出来た。
「やっ…………たぁぁーーっ!! 初めての狩り、成功ーっ! 食料ゲットだぜーっ!!!」
あまりの嬉しさに女の子としての言葉遣いが乱れたけど、別に良いよね? 今回くらい。次回から気を付ければ。
それよりも、初めて食べるネズミ。すっごく美味しそう。ううん、絶対に美味しい。だって、ネズミに噛み付いた時、凄く美味しかった、ネズミから流れ出る血の味が。
濃厚でジューシーで、それでいてしつこくなくて、サッパリとした味わい。野性味あふれる味って言うのかな?
とにかく、ネズミが雑食だからこその美味しさなんだろう。
「いただきます!」
人間だった時みたいに手を合わせてのいただきますは出来ないけど、命をいただくのだから、ネズミの命に感謝を込めてそう言った。と言うか、そこが我慢の限界だった。お腹が減り過ぎてて。
だから、夢中で食べた。鼻の先から細長い尻尾の先まで。骨ごと噛み砕いて全てを平らげた。途中、最も美味しく感じた心臓の辺りに変な食感があったけど、丸呑みしちゃった。だって、噛み砕けなかったんだもん。お腹に入れば消化してくれるよね?
「ご馳走さまでした! お腹いっぱいになったし、巣穴に帰って寝よっと。寝る前の用足しも忘れない様にしなきゃ」
あたしは巣穴へと帰り、しっかりと用を足してから、眠りに就いた。自分と同じくらいの大きさのネズミを、何故全て食べられたのかという不思議な事に気付かずに。
そして、何故そのネズミは衝撃波を放てたのかという疑問も忘れて。
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