カメ
『泣き虫破壊神と女神達』も更新しております。
沼を離れてから小一時間程歩いたと思う。その辺りで、あたしはある事に気付いた。
「……見られてる……のかなぁ?」
何者かの視線を感じたのだ。
「あたしの事、狙ってるの? でも、この草原の主を倒したあたしに向かって来る奴なんて居るのかしら……」
気にし過ぎかな? たぶんだけど、この草原であたしに勝てる奴なんて居ない筈。それに、ウサギを倒した事は恐らく草原に住む全ての生き物にも知れ渡ってる筈だから、あたしに喰われたい奴以外は襲って来ないだろう。
「気にしても仕方ないから先に進もっと」
もしかしたら、あたしの魅力にメロメロな奴かも。自意識過剰かな?
そんな事を考えつつ、更に北に向けて進み始めた。
更に30分が過ぎた頃、あたしの目の前に小さな岩が転がってるのを発見した。いや、岩じゃない。よく見ると、どうやらカメの様だ。
大きさが30cmくらいのカメが、草の根元でこちらを向いてじっとしていたのだ。
「待たれよ!」
「喋った!? という事は、アンタが次の相手なの!? 聖獣になる為の生存競争ってやつの……!」
「慌てるでない。ワシは『タート』、見ての通りただの亀じゃ。お主と争うつもりは無いのじゃ」
カメは喋った。いやいや、先ずそこからして大問題だ。
今まで出会った喋る生き物は、ヘビとウサギの二体だけ。あ、ママは除くわよ?
そのどちらもあたしを獲物として捉え、そして捕食の為に襲って来た。
なのにこのカメと来たら、あたしと戦わないと言う。喋るんだから、このカメだって聖獣とやらを目指してる筈。……何を考えてるのかしら。
「お主がこの草原の主であるウサギを倒して喰らった事は分かっておる。ワシらでは手に負えなかったあのウサギを、のう。それはともかくじゃ、お主が言っておった聖獣となる為の生存競争、ワシも狙っておる」
「やっぱり敵ね!」
「話は最後まで聞かんかい! ……声を荒らげてすまん。じゃが、お主のその様子では聖獣についての事は何一つ理解しておらんと見える。じゃから、先ずはそこから語るとしようかのお」
何故かカメに怒られた。……解せぬ。
「先ず、この世界についてじゃが……お主はどこまで理解しておるのじゃ? ……その様子じゃと、話はそこからだの」
あたしの顔は相当悩んだ表情をしてたみたい。カメはため息を一つ吐いて、そう言った。失礼極まりないと思う。
でも、仕方ないじゃない。頭悪いんだもん、あたし。それに、白虎だし。……若干、変化したけど。
頭を悩ますあたしに、カメのタートは説明を始めた。
「先ずこの世界の名前についてじゃが、名前は『アガルタ』と言っての、聖獣を目指す者達の為に神によって創造された世界じゃ。中には、『聖域』や『神域』などと呼ぶ者もおるがの。それでじゃ、この世界におる全ての生き物は、あらゆる世界で死んだ者達が転生して生まれ変わった姿という訳じゃ。……ここまでは理解出来たかの?」
つまり、あたしのママを初め、ネズミやニワトリ、それにヘビやウサギといった生き物は全てあたしと同じ転生者って事なの?
でもそれだけだと、魔法を使える奴と使えない奴が居る説明が付かない。
この世界の全ての生き物が聖獣を目指して生きてるのだったら、何故魔法を使える奴と使えない奴が居るのか。聖獣を目指してるんだったら、全ての生き物が魔法を使えても良い筈だ。
タートの説明の続きに集中しよう。
「言いたい事は分かる。何故、魔法を使える者と使えない者がおるのか。お主が不思議に思ってる事は、お主の顔を見れば分かる。話を続けるぞ? 先ず、魔法の使えない者の事じゃが、その連中は前世において『普通の良い者』だった者達じゃ。言い方は悪いが、この世界で聖獣となる者達への餌じゃな。良い魂を喰う事によって、聖獣となる者の魂はより昇華され、その力を得るという訳じゃ」
だとしたら、あたしの場合は何なの?
タートの説明だと、あたしは聖獣となる者達への餌だ。何の力も持って無かったもの。
「そして魔法を使える者は、前世において良い者というのは同じじゃが、違う事が一つだけある。魔法を使える者は『かつての聖獣の欠片に気に入られた者』という事じゃ。つまり、この世界で生まれながらに聖獣に至る可能性を持った者達の事じゃな。恐らく、お主もそうじゃろう」
「でも、あたしは何の力も持ってなかったよ? それに、聖獣の欠片なんて知らないし」
疑問に思った事をタートにぶつけてみた。だって、力なんて持ってなかったし、聖獣の欠片だって知らない。ううん、思い出せないが正解ね。
あたしが知ってるのは、意味も分からない言葉とそのイメージ、それと前世のあたしが大事に飼っていた可愛い猫の『トラ』だけ。聖獣の欠片なんてやっぱり分からないよ。
「早とちりするでない。お主が力を得ていなかったのは、餌を喰ってなかったからではないかの? 例えば、乳離れが遅かった……とかのう」
ギクッ!? なんて鋭いカメなの……!
だって、仕方ないじゃない。ママがおっぱいを飲ませてくれたんだもん。しかも、つい最近まで。
「……説明を続けるぞ? 聖獣の欠片とは、別に物ばかりでは無いのじゃよ。まぁ、ほとんどが物として存在したみたいじゃが。
かつての聖獣とて、やはり生きていたのじゃから、当然魂もあった。その魂も、やはり聖獣の欠片としてどこかの世界へと飛んだ筈じゃ。そして、その世界で生き物として存在していてもおかしくはあるまい。
話を戻すが、力を得た聖獣に至る可能性を持った者が魔法を使えるという事じゃ」
「聖獣の欠片や魔法を使えるとか使えないとかは分かったけど、それじゃあ何で言葉が通じるの? 同じ種族なら鳴き声とか雰囲気とか……とにかく、そういうので意思は通じ合えるけど、あたしとタートみたいに異種族なのに言葉が通じるのは変だと思う。それに、言葉が通じない方が相手を殺した時に嫌な思いをしないで済むのに……」
いくら弱肉強食の世界で、生きる為に獲物を殺して喰わないといけないとは言え、あたしだって相手を殺す瞬間は嫌だ。ましてや、言葉が通じる相手なら尚更だ。
ヘビの時はまだ良かった。意識を失ってる時にヘビが死んだのだから。
だけどウサギの時は違う。嫌な思いを属性の相克の話に置き換えて誤魔化したのだ。……死ぬのが嫌だからってのもあったけど。
それに、あたしに聖獣に至る可能性があるならば、きっとママにだってある筈。そして、お兄ちゃんやお姉ちゃんもだ。聖獣になる為に家族で殺し合うなんて嫌だよ……。
「言葉が通じる様になるのは、聖獣として認められ、このアガルタから旅立った後の為じゃ。そこから先は噂でしか聞いた事は無いんじゃが、その世界の秩序と安寧を保つ役割が神から与えられると言われておる。聖獣を目指しているワシらには、その噂が本当かどうかなど知る由も無いがの。
しかし……お主の、相手を殺すのは嫌だという考えは確かに素晴らしい物じゃ。言葉が通じる通じないは置いておいてのう。じゃがしかし、この世界はそういう風に出来ておるのだから仕方あるまい。それに、お主が殺した相手は決して死んだ訳では無い。お主の中で力となり生きておるのじゃ。そのウサギの特徴が現れた見た目もそうじゃよ。お主の体がそれを物語っておる」
タートの説明であたしの罪悪感は多少減ったが、ウサギの特徴云々のくだりは嬉しく無い。でも、今まであたしが殺して食べた相手があたしの中で生きてるって所は、正直に言って嬉しく思う。
あ、だからか! ヘビもウサギもあたしに「糧になれ」って言ってたのは……!
タートの話で凄く納得した。この話を聞くまでは、糧とは単純に栄養的な意味合いで捉えてた。だけど糧になるというのは、栄養を含め、魂や力、その全てを捧げて自分と一つになれって事だったんだ。
「ありがとう、タート。凄く納得出来たよ。だったら、あたしも聖獣とやらを目指してみるよ!」
ここにはカメのタートしか居ないけど、あたしは聖獣を目指すと宣言した。
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