マーキング
今まで食べた獲物の中でも、ウサギは格段に美味しかった。味はニワトリに似ていたが、それだけじゃなく、何と言うか力が湧いてくる様な味なのだ。
肉を噛みちぎり、飲み込む毎に力が湧き、その力によって更に次の部位へと喰らいつく。
夢中でウサギを貪ってる途中、あたしはそれに気付いた。折れていた筈の前足を両方使い、その爪をも利用してウサギを齧っていたのだ。
「あ……痛くない……? 治ったのかな? だとしたら、あたしが生まれついて持っていた不思議な力はやっぱり回復力という事ね。獲物を食べる事が発動条件だった訳かぁ。……あれ? それだとシャケを食べた時、何で尻尾をシャケに噛まれた傷は治らなかったんだろう?」
ウサギを食べる事を一時中断し、その事を考える。思考がしっかりと働く程、あたしの体は回復していた。
シャケを釣った時の尻尾の傷は既に治ったけど、獲物を食べて回復するというなら、シャケを食べた時に回復していてもおかしくない。
それが今回は瀕死の重傷……いや、重体と言っても良い程のダメージを負ったのに、ウサギを食べ始めたらその途端に回復した。
シャケとウサギの違いは何だろうか。
シャケは水の中でしか生きられない水棲生物だ。そしてウサギは陸上でしか棲息出来ない哺乳類。哺乳類が回復の条件かな?
でも、それだけだと条件が大雑把過ぎる。もっと詳しい条件がある筈だ。それに、ヘビを食べた時も回復した事の説明が付かない。
シャケには無くて、ウサギとヘビにはあった物。
「もしかして……魔力……?」
シャケには不思議な塊……つまり、魔力器官が無かった。だけど、魔法を使うヘビにはそれがしっかりとあった。今食べてるウサギはまだそこまで喰い進めてはいないが、恐らく心臓付近にそれはあるだろう。
魔力器官はともかく、あたしが回復する条件は、魔力を持った生物。考えれば考えるほどそれしか当てはまらない。
「魔法を使う獲物を食べればあたしは回復するのね、理解した……と思う」
傷の回復条件に納得し、中断していた食事を続けようとした所で、もう一つ回復した物に気付いた。
「魔力も回復したみたい……? 魔力の回復はあたしの力じゃないよねぇ。という事は、魔力を含んだ肉を食べたからって事? ま、いっか。まだまだお腹は減ってるし、一番美味しい心臓は食べておきたいから食べよっ!」
難しい事を考えてると頭が痛くなるし、今は食べる事に専念しよう。ウサギ、美味しいしね♡
あ、ウサギを凄く美味しく感じるのって、魔力を含んでるからかな? ううん、きっとそうだよね。そうだと思う。力が湧いてくるのも、きっと魔力を含んでるからだ。色々と分かって来たよ!
「ごちそうさま……の前に、やっぱりこれも食べた方が良いよね? でも……色がまるでうんちみたい……」
ウサギにもやっぱりあった。美味しかった心臓の脇に魔力器官と思われる塊が。
ネズミやニワトリ、それにヘビも魔力器官があったけど、何も考えずに食べてたし、何より丸呑みだったからほとんど見てなかった。
だけど、その魔力器官を食べて吸収する事で新しい力に目覚めたし、恐らく魔力だって増えたと思う。だからウサギのも食べた方が良いに決まってるけど……色が、ねぇ。
色は焦げ茶色だし、形も完全な丸じゃなくて歪だし……何日も出なかった時のうんちにしか見えない。
「体が大きくなったから丸呑み出来ると思うけど……。ああ、もう! 女は度胸よね! 丸呑みしてやる!」
焦げ茶色のそれを一思いに口に咥え、それを一気に丸呑みする。だけど……
「うぇぇぇ……。苦いぃ、噛んじゃったよ。おぇ……んく……ックン! ケヘッケヘッ! やっと飲み込めたぁぁ」
……うんちのイメージが邪魔をして、丸呑み出来なかった。それどころか噛んでしまったのだ。
口いっぱいに広がる苦味と臭み、それにエグ味までしていた。
それでも吐き気を我慢し、涙目になりながらも何とか飲み込んだ。あたしの予想が確かならば、一晩寝て明日になれば、ウサギが使っていた土の力がきっと手に入る筈。少し、楽しみだ。
「体と魔力は回復したけど、やっぱり疲れたわね。ウサギのお肉もまだたくさん残ってるし、しばらくこの辺りで暮らそう」
ウサギのお肉を奪われない様に、そしてあたしの寝込みを襲われない様にする必要がある。この辺りをあたしの縄張りとするのだ。幸いな事に水の力で幾らでも出せるし、半径200mの範囲でここを囲む様にマーキングしよう。
「毛づくろいしたいけど、やる事やらないと落ち着けないしね」
ウサギを中心としたここで、一際濃い匂いの物をしておく。ここがあたしの仮の住処だ。
それからぐるりと円を描く様に、20箇所の地点で幾らか匂いの薄い水を混ぜた物を少量ずつ撒いておく。縄張りの完成だ。
マーキングが終わり、ウサギの所まで戻って来たが、もう一仕事残ってる。地面に軽く穴を掘り、寝床を造るのだ。
明日まで待てば、ウサギの土の力が使える筈だから穴を掘るのも楽だと思うけど、今日の内に済ましておく。寝床を作らないと落ち着かないし、毛づくろいも出来ない……事はないけど、やっぱり寝床の上で毛づくろいはしたい。
一際濃い匂いのする土に向けて水球を放つ。土を湿らせる程度に威力は抑えている。次に、湿らせた土に衝撃波を放ち抉る。狙い通り、深さ50cm程の窪みが出来た。
「後は……そこら辺の草を刈って敷けば完成ね」
両前足の爪を出して草を刈り、口で咥えてそれを集める。ある程度集めたら寝床へと敷き、それを数回繰り返した。
刈ったばかりの草は湿り気を帯びてる為に居心地は悪いが、即席で作った寝床としては上出来だろう。あたしはその上にゴロンと寝転んだ。
巣穴を出てから五日。ちょっと遠出のつもりが、ちょっと所ではなくなってしまった。毛づくろいをしつつ、ぼんやりとそんな事を考える。
「ウサギ……気になる事を言ってたわね。聖獣になるとか何とか。どういう事かしら?」
五日ぶりとなる毛づくろいを終え、眠りに就く前にその事を思い出した。
あたしは、あらゆる種族を食べれば食物連鎖の頂点に君臨出来るって漠然と考えていたけど、どうやらそれは違ったみたい。ヘビが三種族を食ったって言ってたから、あたしはてっきりそうだと思い込んでたのね。
でも、ウサギは言ってた。生存競争に勝ち残り、聖獣になるって。……聖獣って何かしら?
消えかかっている前世の記憶の中で聖獣と言えば、聖なる獣の事だったと思う。でも、聖なるって事は、きっと神様とかそういうのに認められないとダメだよね? 神様なんて居るのかしら。
だいたい、生存競争に勝ち残るって、他の生き物を殺したんじゃ聖なる獣って認められないんじゃないの?
いくら考えても、頭の悪いあたしじゃこれ以上は無理。
「はぁ……寝よう。もしもあたしがその生存競争を勝ち残ったとしら、その時考えよ」
難しい事を考えたからか、それとも仮とは言えようやく寝床で落ち着けたからなのか、あたしはたちどころに眠りに落ちた。……ウサギとの死闘のせいかも。
グッスリと眠り、六日ぶりに気持ちの良い朝を迎えた。
巣穴とは違って、草原のど真ん中で寝たお陰か、日の出と共に目が覚めた。早朝の草原を吹き抜ける涼しい風が気持ち良い。
「体力……問題無し。魔力……異常無し。体の大きさ……異常有り♪ やったぁ! 大きくなってる♪」
やっぱり思った通り、ウサギを食べた事で体が成長していた。恐らく土の力も使える様になっているだろう。
後は、魔力が増えてるか……だけど、それは今日の検証で明らかになるわね。その前に、朝ご飯を食べよう!
あたしはウサギの足へと齧り付いた。一晩経っても、まだ瑞々しくて美味しい。滲み出てくる血がたまらない。
まだまだウサギの肉はたくさん残ってるし、一週間は持つだろう。その間に、巣穴に戻るか先に進むか考えよう。
喉を鳴らしながらウサギを堪能し、気分良くあたしは食事を終えた。
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