シャケ
本業が忙しくて執筆の時間が……!
巣穴を朝に出て、近くの密林を彷徨い歩く。獲物を探し求めて。虫の音や小鳥の囀りは聞こえるけど、目当ての獲物は現れない。……お腹が減った。
魔法の回数を試した一昨日の夜、巣穴にストックしてあった……と言っても、大蛇の肉の残りだけど、それを食べ切ってしまったのだ。
昨日の朝には魔力切れも回復してたけど、念の為に狩りはお休みした。万が一、魔力が回復しきってなくて、それで狩りの最中に魔力切れを起こし、気絶してしまったら大変だ。
弱肉強食の世界で、狩りの最中の気絶は死を意味する。何事も万全を期し、行動する事が生に繋がると思う。
という訳で、ネズミを狩って以来二回目の狩りへと出たけど、獲物が見付からない。
ネズミでも良いからと探してるんだけど、あたしが強くなったと感じて逃げたのか、そのネズミの姿が見当たらないのだ。……大量のオシッコを垂れ流してしまったから、その匂いで逃げたかもしれないけど。
「ちょっとドキドキするけど、遠出、してみよっか。獲物が見付からないとお腹減って死んじゃうし」
その日の不毛だった狩りを終え、巣穴の中で独り言ちるあたし。こういうのは口に出した方が覚悟も決まるという物だ。
そうと決めればさっさと寝て、明日からの遠出に備えよう。
お腹からは空腹を主張する音が聞こえるが、湧き水を飲んで誤魔化して寝た。
翌日、日の出と共に目を覚まし、そのまま巣穴を後にする。遠出をする以上、早めに出発するのは常道だと思う。
「密林から出る前に獲物が見付かれば良いけど……」
そう呟きながら、そこそこ歩き慣れた密林を進む。体が大きくなったからか、以前は体を刺激してきた草も低く感じた。
時おり立ち止まって、獲物の音が聞こえないか耳を動かし、更に匂いで辺りの気配を探る。やはりネズミは居ないみたいだ。
ネズミが居ない事に少しガッカリしながら、更に密林を奥に向かって進んだ。
どれ程進んだのか、それとも進んで無いのか。変わり映えしない密林の景色にうんざりして来る。この感覚はたぶん、人間だった前世の感覚だろう。
人間だった頃の知識は役立つけど、感性は要らない。と言っても、感性全てを引き継いでる訳じゃないけど。
もしも全てを引き継いでたら、ネズミとかニワトリとか、ヘビもだけど、生でなんか食べられない。それに、噛み付いて噴き出る血なんて見たら気絶したかもしれないし。
噴き出る血を味わった瞬間、今のあたしは生きてるって実感する。凄く美味しく感じるんだもん。
腐りかけの肉だってそうだ。凄く芳醇な香りに感じる。
肉の事を考えたら涎が垂れちゃった。てへっ♪
「この音……滝、かなぁ。滝って何だっけ? 行ってみれば分かるわね」
肉の事を考えて涎を垂らしながらも、密林を進む事しばらく。あたしの耳にドドドドッて凄く大きな音が入って来た。それと同時に、水の匂いもして来る。間違いなく滝だろう。前世の知識が曖昧なのは仕方ないよね? あたし、動物だし。
あ、お魚食べたい!
あまり覚えてないけど、前世では肉よりも魚の方が好きだった……気がする。
シャケだかサーモンだか分からないけど、スモーク何とかってのが大好物だった筈。お寿司屋さんでは、スモーク何とかにマヨネーズがかかったのを良く食べてた、と思う。……お寿司屋さんとかマヨネーズが何かは分からないけど。
「水の匂いがするから、きっとお魚さんも居るよね? 獲れるかな、お魚さん」
音と水の匂いを頼りにそちらへ進む。程なくすると、断崖絶壁から流れ落ちる雄大な滝の光景が広がる場所へと辿り着いた。
どれぐらいの高さの滝だろう。感覚だと100mの落差はありそうだ。滝壺へと落ちる水が飛沫と散り、水煙となって辺りを漂う景色は、あたしが人間でも幻想的だと感じただろう。陽の光が射し、水煙を糧に虹も架かっていた。
滝壺から、一筋となって流れる小川へと視線を移す。人間によって汚染されてないこの世界なら、きっとお魚さんも居るに違いない。ううん、違うわね。汚染じゃなくて、自然のままの小川だから、が正解ね。
空腹から涎を垂らし、そんな事を考えながらもあたしは小川へと静かに近付いた。
「うわぁ……! いっぱい居るぅ!」
お魚さんがあたしを恐れて逃げない様に、そっと小川の中を覗いた。当然、体は伏せた状態のままだ。
その体勢でそっと覗いた小川の中は、正にお魚さんの楽園と呼べる世界が広がっていた。
爪を出し、前足で水を掬う様に水中を抉れば簡単にお魚さんが獲れそうだ。さっそく試す事にした。
「ダメだ。上手く逃げられちゃうよ」
結果は惨憺たるものだった。
どれ程素早く前足を振り抜いても、お魚さんは爪をすり抜ける様に避けてしまう。だったら体ごと飛び込めば良いかと考え実行に移すも、当然飛び込んだ瞬間には逃げた後だ。水が冷たくて気持ちが良いのが救いか。
ならば魔法を使えばとも考えるが、それでお魚さんが獲れなかった時の事を思うと中々踏ん切りがつかない。この後も狩りを続けるならば、出来るだけ魔力は温存しておいた方が良いだろう。
「尻尾で釣れないかなぁ?」
そこで、あたしは閃いた。尻尾を使ってお魚さんを釣れば良いじゃない! って。
前世の知識が確かならば、お魚さんの中には光に集まる習性を持ったのが居る……らしい。尻尾の先をあたしに宿った炎の力で光らせれば、その習性のお魚さんが釣れるかもしれない。
あたしは、さっそく実行に移した。
炎の熱が発生しない様に気を付けながら、ごく僅かに魔力を使い、尻尾の先端をうっすらと光らせる。陽射しの下では見えにくいけど、あたしの尻尾は仄かに光を放ってる筈だ。
次に、先端を光らせた尻尾を、お魚さんからは見えない様に体を伏せた状態で小川の中へと浸す。水温が冷たいのはさっきも言ったけど、熱を発生しない様にしてても光らせた尻尾が多少熱を持つ。火照った尻尾が冷やされて、少し気持ち良く感じた。
「グルルルルルル♪」
期待に喉を鳴らしながら、お魚さんが尻尾に掛かるのを待つ。体が大きくなったからか、喉を鳴らすのも威厳が出て来た。うん、あたしカッコいい。
水中に垂らした尻尾をゆっくりとユラユラ揺らし、時おりピクっと素早く動かす。そうした方が、お魚さんも興味を持つだろう。
それが功を奏したのか、それとも光る尻尾に興味を持ったのか、あたしの尻尾に食い付いたお魚さんが現れた。
「グルルルルル♪ 痛っ!?」
相手がお魚さんだから喰いちぎられる事は無いと思ってたけど、喰いちぎられるかと思う程痛かった。
だけど、せっかく掛かったお魚さんだ。逃がしてなるものか!
痛みを感じたのとほぼ同時に、あたしは尻尾を水中から素早く引き上げる。視界の端に映ったけど、かなりの大きさのお魚さんだ。食べ応えがありそう。
「お魚さん、ゲットだぜ♡」
水中から尻尾を素早く引き上げると、釣れたお魚さんはピチピチと地面の上をのたうち回り、やがて力尽きた。完全に死んではいないのか、時おり口がパクパクと動いている。
釣れたお魚さんの大きさは、全長が70cmくらいで丸々と太り、凄く美味しそうに見える。お魚さんの種類は何だろう? シャケに似ている気もするけど、前世からお魚さんの種類には詳しくないから分からない。
美味しければ何でも良いよね?
という事で、白虎として生まれて初めてのお魚さん。謹んで食べさせていただきます。
「いただきます!」
丸々と太ったお腹へと齧り付くと、脂の旨みが口いっぱいに広がり、次いで、どうやら卵を持ってたらしく、その卵がプチプチと弾ける食感が気持ち良い。姿がシャケに似ているだけあって、味もシャケに似ている。凄く美味しい! シャケと命名しよう!
夢中でシャケを食べたせいか、あっという間に無くなってしまった。それなりの大きさだったけど、今のあたしには物足りない。
でも、釣りは懲り懲りね。釣れるまで時間が掛かるし、何より尻尾がふやけちゃう。
あたしはシャケに後ろ髪を引かれながらも、滝壺に架かる虹が美しい小川を後にした。
……そう言えば、シャケには魔力器官が無かったわね。ま、いいけど。
お読み下さり、真にありがとうございます!




