第1部 戦争に行くまで ー第1章 早朝の死神ー
後から変更することもあるかもしれません。
誤字脱字などもあったらすみません。
よろしくお願いします。
かつて、地上にはいくつもの大陸や島というものが
あって、海というものも存在していたらしい。
しかしある時、世界を巻き込んだ戦争が始まり、
多くの国を巻き込んで地上の世界は滅びてしまった
そうだ。
そして、多くの生き残りが長い地下での避難生活の末、地下へと居住空間を広げていったのである。
残っている文献はこれだけで、どんな国があったか
などの詳細な記録は、ほとんど分からなくなって
しまった。
それから何百年もたった現在。まだあの戦争は勝者も決まらず、続いていた。
♢♢♢
職場を出て、エレベーターへと向かう。
一般人用では無く、軍部上層部専用の、頑丈な方だ。
入口で立ち止まって虹彩ロックを解除した。
そして1階のボタンを押す。
この国の造りは、おそらくどこの国もそうだが、地下に建物があり、上から順に1,2,3階・・・と続いている。
上に行くほど治安も悪く、社会的弱者も多い。また、階層が上がるほど、戦場である地上に近づくようになっているため、この国の中枢機関は、地下第7階層にある。
そして自分は今その第七階層から、軍用エレベーターを使って第一階層にむかっている所だ。
軍用エレベーターは一般用エレベーターよりも俄然早く動く。
ああ、もうスラム街と呼ばれる第一階層に到着する頃だろう。
建物の路地裏には錆びた鉄の臭いが立ち込めていた。自分はその中を、大声で叫び遊ぶ子どもを蹴散らし
ながら、進んだ。
時々電子地図を立ち上げてみるが、随分目的地までは入り組んでいるようだ。
「夫婦二人暮らしか・・・。」
ポツリと呟きが漏れる。可哀想だが、新婚じゃなく、もう5年くらい経っているようだから、まだましだろう。
中には新婚早々「これ」を受け取る者もいるのだから。
♢♢♢
身体が激しく揺らされる。もう朝なのか。
「・・・!起きて?」
大層可愛らしい声で自分を呼ぶ声がした。
こういう時に甘えた声を出すのはずるいと思う。
「早く起きて、ご飯食べよう!」
可愛い声とは反対に、自分の上半身が意思と反して
無理矢理起こされた。仕方ない。観念して目を開いた。
「・・・おはよ・・・。」
枕元のメガネを取って掛けて、愛しい妻の顔を見た。
まだ眠気があり、目が完全に開かない。
「おはよう!」
妻は返事を返しながら傍の窓を開けた。
そして少し離れたところを流れるドブ川を眺めて、
「今日はまだ川の匂いが大丈夫な方だよ!」
と、笑顔で叫んだ。
そして、二人でいつものように部屋の隅のバケツに
貯めておいた真水で、身繕いを軽く済ませた後、妻が配給されていた小さな缶を二つ開け、朝食を用意した。
ここでは真水は非常に貴重で、週に一度だけ配給されている。大事に使わなくてはならない。
また、簡単に自分達の家について説明しておくと、家は大きな古いビルとビルの間にある、スラム中のスラム街に存在する。
このスラム扱いされる第一階層の中でも、まだ金のある人々は大きな壊れかけたビルに住んでいるのだ。
自分達は金が無いため、ビルに住む事は出来ない。
スラム暮らしの一日が、今日も始まる。
「お腹空いた、早く食べよ!」
そうして妻が最初の1口を口に入れた瞬間、ドアを
叩く音がした。
「珍しい、なんだろう・・・こんな朝早くから。」
そう言って自分はドアを開けた。
♢♢♢
しばらく薄暗い路地を抜けて行くと、板を貼り合わせて作られたらしき小屋を見つけた。
住所ではここである。罪悪感を感じるが、いつもの事だと自分に言い聞かせた。自分の任務を全うしよう。
大きな軋んだ音を立ててドアが開いた。
中から出てきたのは、青白い顔をしてメガネをかけた青年である。身長はかなり高く、長く後ろで一つに結んだ黒髪をなびかせていた。そして、金色の瞳で自分を見つめた。
「招集である!国のために、また大事な人を守るため に君に戦ってもらわねばならない」
言い慣れている決まった言葉を叫び、驚いている彼に黒い箱を手渡した。
「その中に必要な書類は全て入っている。来月までに全ての用意を済ませて来るように。」
小屋の奥の方に、目を見開いて俯いている女の姿が
見えた。自分の声は当然届いているはずだ。あれはこの男の妻だろう。綺麗な金色の長髪を後ろで三つ編みにしていた。黒い瞳が床を見つめている。
ふと自分の目線に気付いたのか、女を隠すように体を動かして男が言った。
「・・・分かりました。」
了承の言葉だけ聞いたら、自分の任務は終わりだ。
早く戻ろう。戻りたい。
踵を返して来た道を戻った。
自分の仕事は死神のようなものだ。
徴兵、それはすなわちほぼ死を意味する。
ーーー戦場である地上に出て、帰ってきた人はほとんどいないのだから。
♢♢♢
「・・・ついに来たね。」
妻の声でハッと我に帰り、後ろを振り向いた。
「とうとう私達にも来たんだ、それ。」
「・・・うん。」
「本当に、あなた当て?」
縋るような瞳で見つめられたが、渡された箱に書かれた文字を見せるしか無かった。
黒い箱の蓋には、赤い字で自分の名前が刻まれている。
「嘘・・・。」
うなだれ、涙目になった妻にあせり、慌てて言った。
「そんなまだ行くのがすぐとかじゃないから、とりあえず大丈夫だよ。取り敢えず今日はご飯を食べよう。」
自分の言葉を聞いて、
妻はよろけながらも立って移動した。
「こんなに早く来るなんて・・・。」
その時ボソッと呟いた彼女の声は自分には届かなかった。