記録その九
全性質保持者生産計画。
地球外の性質を、全て保持する人間外を生産する計画。
バリアフリーとジョン・バードマンの、生き延びる為に計画した。
非人権な計画。
念願叶って出来たのが、ダークマン一族。
そして、大臣の子孫。
複数の性質保持者。
しかしアメルカは、天然の三性質保持者。
貧民街でも更に過酷な環境と、グラフィティの手によって産み出された。
この世界の主役として、申し分無い経歴。
それでもこの物語の主役は、ヴェントなのだ。
貧民街出身の人間外。
産まれた時からDクラス確定の人生。
最低の親に、最高の環境。
一性質保持者という、普通の才能。
それでも彼は、この物語の主役なのだ。
彼自身は平凡でも、彼の人生は。
果たして、平凡かどうか。
***
「アメルカ」
と、彼は話かける。
話かける相手はアメルカ。最近になってDクラスになった少女。
新しい家族。彼は本気で、そう思っていた。
例え元Aクラスでも。
例え元富裕層にいたとしても。
それでも彼女は、家族そのもの。
彼の異常なまでの仲間意識は、彼の唯一無二の特異な点でもあった。
「……何かしら、ヴェント」
しかし彼女にとってはそうではない。
恐怖は薄れたが、今度は苦手意識が沸き出した。
久しく感じていない、家族に向けるであろう親愛の視線。
それが何だか無図痒く、しかしそれでも突き放せない。
そのもどかしさが。彼女に苦手意識を抱かせていた。
「一緒に、遊ぼう」
彼は真顔で言う。
彼女はそれに、溜め息で返した。ここ数日、彼はこんな調子で話してくる。
こちらとしては、汗を掻きたく無いし、そもそも、Dクラスの寮から出たくも無い。
地上に上がれば、殺されるのに。――いや、今はまだ大丈夫かも知れない。
(殺すべきかどうかの、審査中……)
そんな事を思いながらも、断ろうとした。
しかし、ふと、疑問が芽生えた。
(あれ? ……こいつ、臭くない?)
服は、実は使い回しではない。一年事に新しく変わるのだ。
つまり学年が上がる事に、服は新調される。
しかし、それを抜きにしても、彼の服はボロボロだ。
所々破けてるし、シミも出来てるし。
しかしそれでも、汗臭くない。
おかしいと、アメルカは彼に抱き付いた。
「わっ!」
と、ヴェントは後ろに倒れる。
彼女はそんな事はお構い無しに、彼の匂いを嗅ぐ。
(臭くない……ありえない。私ですらもこんなに臭いのに……)
実はアメルカ、結構な匂いを放っていた。
この前ベルンに、「臭せぇ」と言われて、一本背負いを食らわした程だ。
自分の匂いを、結構気にしていた。
しかし、元凶であるこの男は、汗臭さを匂わせない。
Dクラスは、シャワー室を一週間に一回しか利用出来ない。
服を洗うのも、一週間に一回。
しかし、この男。
(服はボロボロ、なのに……)
きちんと洗濯している?
彼女の疑問通りに、彼はきっちりと服を洗濯している。
例え遊び疲れたとしても。
例え筋肉痛で泣いたとしても。
洗濯は欠かさず、毎日する男。
それがヴェントという男である。そして同室であるベルンも、彼の洗濯に付き合わされる。
(しかし解せない。いったいどこで? 洗濯を――)
そこまで考えて、はたと思う。
自分の現状を。
服は変えたとはいえ、匂いは変えていない。
彼の匂いを嗅げる距離とはつまり。
自分の匂いが、ダイレクトに相手に伝わる距離だ。
(あ、あああ……)
周りの価値観が三回変わった特異な少女、アメルカ。
しかしそれは、一周回って元通り。
今までに無い状況。
困惑に、羞恥心、乙女心が悲鳴を上げる。
頭が暑くなり、顔は真っ赤。そして彼女は気絶した。
あまりの事に気絶した。
しかしそれは、目の前にいる彼とて同じ事。
雪の様な白髪、純銀の様な純白の肌。
目が肥えた大臣すらも絶賛した、絶世の美少女。
匂いなど気が回らない程に。
その匂いですらも魅力的な程に。
彼女の身体は魅惑的だった。
初めての感情、戸惑い。
家族愛ではない、別の何か。
しかしその正体は分からず。
その感情は分からなかった。
頭は暑くなり、顔は真っ赤。そして彼は――気絶した。
産まれて初めて、気絶した。
――後から気絶したにも関わらず、先に起きたのは彼の方だった。
***
Dクラスしか知らない秘密の空間。
Dクラスのみの利用空間。
Dクラスのみの、特権区域。
それがこの場所、この空間。
地下の地下、地下深く。
無数に張り巡らされた空間。
リチャード・バルゲンとグラフィティの協同作品にして、無名の芸術品。
しかしここは、かつてのDクラス〈ルーク〉が。
生き甲斐を、教えられた場所。
死ぬ為に外に行くDクラスに、リチャードとグラフィティが、使用を許可した空間。
芸術を胸に、ルークが外の世界で冒険する事の、原点となった場所。
この場所をDクラスは、【リチャードの抜け道】と呼ぶ。
例え彼が死んでも、名前だけは残したい。
そう願った。
一人の少年の遺志と共に。
***
光すらない暗闇の中、手を繋いで二人は歩く。
ヴェントは壁に手を当てて、目的地まで、経験で進む。
歩く事数十分。アメルカの、暗闇の恐怖が限界に達しそうな時、光が見えた。
そしてアメルカは驚愕する。
複雑な巨大迷路。
そこはまるで下水道。
しかし水は透き通り。
天井には照明器具まであった。
薄暗くも通路を照らす、照明器具。
どこに流れているのか分からない水を横目に、彼等は奥に歩いて行く。
複雑な通路。階段だったり、坂だったり。
橋だったり、分岐があったり。
最早アメルカには、帰り道すら分からない。しかしヴェントは、迷わず歩く。
歩いて、歩いて、歩いて、止まる。
止まった先にはドアがあった。
ヴェントがドアを開けると、中は洗濯室。
富裕層の、それも大臣クラスの洗濯室が。
そこにあった。
あまりの衝撃に、言葉がでない。
ドアには、【1ーD共用】と彫ってあった。
(つまり、これレベルの洗濯室が、後9つあると言うの!?)
思った以上にとんでもない。
ヴェントが何気無しにいった。
「便利な場所、教えるね」
という言葉とのギャップはとんでもない。
(せいぜい、地底に出来た池にでも、案内されると思ったのに……)
予想以上だった。そして思った。これは秘匿しなければ、と。
富裕層にバレれば、ここはDクラスの場所ではなくなる。
Dクラスが、継承してきたであろう場所じゃあ、なくなる。
――彼等の為に、秘匿しなければ。
(あら私? どうしてこんな事を思ったのかしら?)
彼女にとって、それは初めての感情だった。
この前の出来事、初めての、仲直りという経験。
その時から芽生え始めた感情。
今日やっと、自覚した。新たなる感情が生まれた事を。
自覚した。
しかし、その感情の正体は分からなかった。
その感情の名前は、思いやり。
その正体を知るには、もう少しだけ、彼女には時間が必要だった。
「もっと良いもの、教える」
唖然とする少女アメルカの手を引いて、ヴェントは進む。
洗濯室の奥にある機械。
今は亡きバリアフリーと違い、グラフィティは独自に進化していった。
狂いながら、彼女は進化していった。
ただ一人の男の、亡骸を抱きながら。
これは彼女の残した技術。
バリアフリーが生み出した、素粒子変換製造設備の、小型版。
自らの師匠に、美味しい物を食べさせたかった彼女が、生み出した。
途方もない機械。
その姿は、君の時代の自動販売機と同じ姿。
しかしその中身は、オーバーテクノロジーまみれの、ロストテクノロジー。
彼女は名前をつけなかったが、もし名前をつけるなら……。
【自動製造機】と呼べる代物。
このシェルターを引っくり返す程の代物を。
Dクラスは共用していた。
現時点において、それの本当の価値を知る者はいない。
しかし、それの本当の価値を知れる者は、ここにいた。
世界を変える少女、アメルカ。
くしくも彼女は、気絶する。
ヴェントが普通に使った機械の、本当の価値を知って気絶する。
困惑するヴェントは、取り合えず彼女が起きるのを待つ事にした。
その手に、ココアを握って。
外の世界まで、後二十二日。
***
グラフィティが残した技術、自動製造機。
オーバー過ぎる程の、ロストテクノロジー。
シェルターの中で、最高峰の価値を持つ機械。
例えシェルターの王と言えども、地位を擲ってでも欲しい機械。
そんな機械と彼女は出会う。
ここから物語は、一気に加速する。
複雑に絡み合う、人間関係!
驚愕なる真実!
果たして世界は、どうなってしまうのか!?
何て、言っちゃったりして。
では、次の記録で。