記録その八
富、地位、名誉。
同じ教育機関で、切磋琢磨している子供達。
けれど彼等は、求めるものはてんで違う。
例えばAクラス。
彼等が求めるものは富だ。
Aクラスに入った時点で、地位も、名誉も保証されているからだ。
シェルター内の最高の富。
大臣を目指して頑張るのだ。
Bクラス。
彼等が求めるものは地位だ。
貧民街出身の彼等が求める最高の地位。
機械士を目指して頑張るのだ。
Cクラス。
彼等が求めるものは名誉だ。
名誉あるAクラスに入る為に、勉強に励むのだ。
そして最後に、Dクラス。
彼等が求めるものは絆だ。
富も、地位も、名誉も。
生きる事すら許されない彼等が求めるものは、しかし、人間として、人間外として最も大切なもの。
家族愛。
***
(何故だ、アメルカ)
豪勢な部屋。一目見て分かる豪華な家具。
フカフカのベッド。
大きく、高級な机。
優雅なソファーに座る彼女は、しかし。
その部屋とは対称的に、不機嫌な顔をしていた。
彼女の名前は〈ルルリカ・エメラルド〉。
エメラルド大臣の、実の娘。
第一地区六年生、現Aクラストップ。しかしその評価は、本人の前では口にしてはならない。
何故ならそれは、アメルカが手を抜いて得た。
偽りの評価に、他ならない。
(この大事な時期に、Dクラス行きだと!?)
彼女にしてみればそれは、あまりにも愚行。
考えられない程に、愚考。
しかしアメルカは、その愚かなる事をしてのけた。
ルルリカはソファーから立ち上がり、ベッドにダイブする。
ベッドのフカフカ加減はいつも通り。
ルルリカの侍女二人が、真面目に仕事をしているという証拠。
(あり得ない。アメルカは、何を考えている)
ルルリカはそう思いながら、思い出す。
幼少期の頃から、彼女が何を考えていたのか、一度でも理解した事は無いと、思い出す。
(しかしそれでも、あり得ない)
例え、その考え方が理解出来なくても。
彼女が起こした事の重大さは、理解出来る。
次期大臣候補筆頭。
貧民街出身にして、あまりにも異端。
成績優秀、文武両道。
ケチャップ大臣の義娘にして。
ダークマン一族に鍛えられた、猛者。
貧民街出身にしてはあり得ない。
三性質保持者。
そして何よりも、ルルリカにとっての――ライバル。
幼少期の頃から何よりも。
幼少期の頃から誰よりも。
競いあった、競いあったつもりでいた。
競争者。しかしそれは、あくまでルルリカにとっての、競争、だった。
(そうだ、アメルカにとって私など……)
眼中に無い。そう、ルルリカは思って、泣きそうになった。
最初は自分が勝っていた。幼少期のアメルカは、ただ本が好きなだけの変人でしか無かった。
ルルリカは知らない。彼女は本が好きな訳ではない事を。
その時からアメルカは、外の世界に思いを馳せていた事を。
大人は否定し、思春期の子供は鼻で笑う事を。
アメルカは本気で、目指していたという事を。
外の世界での、生活を夢見て。
(あり得ない、そんな筈はない!)
その考え方を、例え正解であっても否定する。
何故ならそれは、自殺する為に努力してきた事と同義だ。
まさしくそれは、Dクラスにいる、奇人変人達と同じだ。
第一地区六年生、元Aクラストップ。
アメルカ。
自殺行為と言われ様と、自分が求める希望の為なら、死ぬまで前に進む少女。
それはくしくも、彼女が怖れたヴェントと一緒だった。
悍ましき程の思想。
理解出来ない理想。
だからこれは、貧民街出身と、富裕層出身との。
途方もない、価値観の違い。
周りの価値観が三回変わった、特異な少女、アメルカ。
しかし彼女の価値観は変わらない。貧民街で養ったあの頃から変わらない。
死すら恐れない。
死すら受け入れる。
恐ろしいまでの、自由への――渇望。
アメルカはそれを、希望と呼んだ。
「ルルリカ様、紅茶はいかがですか?」
永遠に答えが出ない疑問に、ルルリカが苦しんでいる時、頼んでもいないのに、侍女が紅茶を容れてくれる。
ベッドの上で悶え苦しむ主を見かねて、侍女である彼女が、心を落ち着かせる為に紅茶を容れたのだ。
「アメルカ様の事で、悩んでいるのですか?」
疑問形の言葉、しかしそれは、断言だった。
ルルリカの心を掻き乱す存在など、一人しかいない。
「……そうだ、アメルカの考えが、私には理解出来ない」
「それはそれは……」
侍女はそう言いながら、ルルリカを机に促す。
机には、これまた高級なポットに、高級なカップ。
紅茶ならではの優しい匂いを嗅いで、ほぅ、と息を吐く。
彼女が容れる紅茶はうまい。故にルルリカは、少しずつ味わって、紅茶を飲む。
「ふぅ、そうだ。ニーチェはどこに行った?」
「彼女は洗濯とお風呂を沸かしております」
もう一人の侍女は、ここにはいない。
富裕層の大部分を、王城の次に独占している、エメラルド大臣の家。
洗濯室に、個人の風呂等。
様々な設備が整っている。
かつての技術。行き過ぎたオーバーテクノロジー。
もはやロボットにしか修理不可能。
人間外には、ロボットの修理しか出来ない。
人間外には、ロボットの製造は出来ない。
ロボットを操作する、知能無き記録媒体。
発電機の地下の地下、王族と大臣と、特別な一族しか存在を知らない、秘匿設備。
かつての人間外に協力した人工知能を持つ機械。
その名も〈バリアフリー〉。
彼が残した、最後の安全装置。
二千年先を考慮したそれは、人間にも人間外にも、仕組みの一部すらも、理解出来ない。
最早魔法と言っても差し支え無い。
素粒子変換製造設備。
彼女が何気無しに使っている風呂ですらも、ロストテクノロジーと言える物だ。
「彼女に何かご用ですか?」
急に出てきた同僚の名に、彼女は疑問に思う。
「ニーチェは、元貧民街出身だからな。」
「ああ、成る程。確かに彼女なら、アメルカ様と通じるところがあるかも知れません。」
本人は否定するが、貧民街から伸し上がってきた彼女もまた、十分に、異端児なのだから。
しかしそんな彼女は今、洗濯物と戦っているのだから。
次期大臣候補と呼ばれた彼女が、次期大臣候補の侍女を希望したのだから。
やはり貧民街出身の人間の考えは、理解出来ない。
***
「アメルカ様」
ここにもまた一人、アメルカの事で頭を悩ませる少女がいた。
彼女の名は、〈チェロ・ダークマン〉。
ダークマン一族に身を連ねる、猛者。
三性質保持者にして、次期当主候補のその一人。
次期当主候補筆頭と呼ばれる少女、〈チェコ・ダークマン〉の実の妹。
彼女もまた、ある意味で特異な少女だった。
産まれは富裕層、しかし、その家族は特殊な存在だった。
ダークマン一族、初代王、〈ジョン・バードマン〉に忠誠を誓う一族。王族の盾。しかしそれでも、シェルターを存続させる為なら、例え王族と言えども手に掛ける。
シェルター内最強の一族にして、王と大臣しかその存在を知らない、特別な一族。
王族の血を何よりも大切にする、血統の一族。
現当主は、五性質保持者。
〈ジョージ・ダークマン〉。
アメルカが起こした前代未聞の事件。
平穏を好み、変化を嫌う一族にとって、例え次期当主候補、チェロを妥当したアメルカだとしても。
貴重な人材だとしても。
排除するには、十分な理由になる。
「アメルカ様、どうか考え直してください……」
彼女がいるのは王城の地下、王族と大臣以外立入禁止区域。ダークマン一族の住みか。
その更に下には、シェルターの地下深くに張り巡らされた、最早誰も知らない空間がある。
用途不明の空間。
人間外の自称芸術家、〈リチャード・バルゲン〉。
彼の弟子、人工知能を持つ機械にして、芸術家見習い、〈グラフィティ〉。
彼等二人の、生涯をかけた芸術作品。
彼等二人にしか分からない遊び心。
このシェルターの中でひっそりと、五十年の年月をかけて造った、無意味な空間。
そんなものの上にある、とある一室。
地下故に窓は無く、しかし貧乏とは程遠い。
Dクラスの寮が殺風景な部屋なら。
ダークマン一族の住みかは、無機質な部屋。
機能性のみに特化した。飾り気の無い部屋。
タンスにベッドに机に椅子に。
ソファーに風呂にトイレにキッチン。
しかし全てに飾り気が無く、全てが黒い。
そんな部屋に、彼女はいた。
敬愛なる彼女の無事を祈って。
***
そんな事は露にも知らず、彼女は教科書を読んでいた。
外界教育。
外の世界に関しての教育。
子供の時誰もが習う教育。
しかしこの教科書には、いらない情報がたくさん載っていた。
地球外についての、詳しい情報。
生きていく上での大切な情報。
大陸の場所、生物、植物。
毒の見分け方、応急措置の仕方。
シェルターで生きていくには、不必要な情報ばかりが、載ってあった。
三百年前から使い回しの、ボロボロで、所々読めない所はあるが、しかし、この情報は新鮮だった。
図書館にすらこんな本は無かった。
外の世界を目指すアメルカにとって、必要な情報がわんさかと載ってあった。
あまりにもボロボロ過ぎて、期待出来ない本が。
良い意味で、期待外れだった。
しかし。
(……もう読み尽くしてしまいましたわ)
そう、アメルカの優秀な頭脳は、この教科書の情報を余すとこ無く記憶してしまった。
一年、二年、三年、四年、五年、六年。
全ての学年の教科書を読み尽くしてしまった。
他の学年の教科書は、しれっと勝手に、読み尽くして。
彼女は読み飽きた教科書を、床にそっと置くと。
マットが無いベッドに、腰がけた。
懸念すべき事があるからだ。
ダークマン一族。
考えうる限り、絶対に邪魔して来るだろう。
殺しに来るだろう。
(……前代未聞、変化を嫌う彼等にとって、これ以上の理由はありませんわ)
ダークマン一族の異常さは知っている。そこで鍛えられたのだ。
彼等の理念も、信念も、執念も。
そして何より。
(彼等の異常なまでの強さ……さすがの私も、彼等の手にかかれば虫けらの如く……)
殺される。断言出来る。彼等に慈悲は無い。
一度敵に回れば、絶対に殺す。
しかしそれでも、いきなり殺しに来る事は無いだろう。
Dクラスの寮。アメルカにとってここは要塞だ。
例えダークマン一族と言えども、この場所には入って来ないだろう。
入って来たとしても下っ腹、丁度あいつみたいな、中途半端な奴しか送って来ない。
というかそもそも、何故奴は最初からいたのだろう?
(私が来る前から、奴はいた)
それともあいつは、ダークマン一族とは関係無い?
(それはありませんわ、何故なら奴は……)
死臭を漂わせていた。死臭というよりか、あれは……。
(腐臭、死体の匂い)
Dクラスの人間は不潔だが、死体の匂いを纏わせているのは、あいつしかいない。
(……リル、と言いましたわね)
彼についても、警戒しなければならない。
そう思いながら、アメルカは眠りについた。
(……うぇ、早く身体を洗いたいですわ!!)
……悪態を尽きながら。
外の世界まで、後二十三日。
***
転校生が来なかったじゃないか。と、君は文句を言いたくなるかもしれない。
だから言おう、ごめんね、と。
さて、今回の記録では、色んな情報が飛び交った。
ロストテクノロジーにバリアフリー。
リチャード・バルゲンにグラフィティ。
今亡き人工知能。彼を踏み台にして、このシェルターは成り立っている。
もちろん彼というのは、バリアフリーだけだ。
グラフィティは、リチャード以外の人間を嫌ってたからね。
彼等の事は、機会があれば、語るとしよう。
では、次の記録で。