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イヴント・オブ・ラヴ  作者: 帯藍窈副
7/17

記録その七

アメルカは困惑していた。昨日からずっと、とある男に付き纏われているからだ。

今までそんな事がなかった訳ではない。それこそ男など、羽虫の如く付き纏ってきた。


(……違う)


だがこの男は、何故か違う。うまく言えないが、何かこう……。


(……懐かしい?)


不思議と、彼女の中で、懐かしい気持ちが沸き上がった。


(昔、誰かに、こんな風に接してきた人が……)


そこまで考えて、ふと気付く。後ろに誰かいる。いや、誰かではない。今自分を困惑させている男は、ただ一人!


「……しつこい男は嫌われましてよ? いい加減諦めてはいかがかしら?」


アメルカは鬱陶しげの態度を隠さず、振り返りながら言った。そんなアメルカに対峙するのは、この物語の主役、ヴェントだ。

二人はDクラスの廊下で、ずっと追い駆けっこをしていた。

ちらり、と、アメルカは横の教室の表記を見る。

【3ー6ーD】。


(……まさか、第三地区まで走る事になるとは)


そう、彼等は第三地区の廊下まで走っていた。後、第七地区分走れば、一周する。


(にしても、息も絶え絶えね)


汗一つかいていないアメルカに比べ、ヴェントは汗だくで、今にも倒れそうだった。

それでもヴェントの闘志は、死んでいない。


「……わかりませんわ。……あなた、何を考えているんですの?」


アメルカには分からなかった。この前の出来事から、こいつはずっと関わって来ている。その前は、まったくの無干渉だったのに。


(もしかしてこいつ……!)


頭の中で最悪の事が思い浮かぶ。いや、しかし、こいつに限ってあり得ない。そもそも、1ー6ーDには、既にあいつがいるのだ!


「? 追い駆けっこは……もう終わりなの? だったら……僕の……勝ち」


ヴェントは、息をするのも辛そうにしながら、それでも勝ち誇った様に、言った。

アメルカは唖然とした。彼の言った言葉が、一瞬、本気で理解出来なかった。


(勝……ち? そんな息も絶え絶えな、死に損ないの様な無様極まり無い姿で? 比べる事すら烏滸がましい! 競う事すら無意味極まる! それほどまでに、圧倒的な差があるにも関わらず、勝っただと!!)


困惑。

困惑。

困惑。

困惑。

困惑。

――憤慨。


アメルカは、有無を言わせず走り出した。

本気の走り、本気の競争、本気の――勝負。


(風呂は一週間に一回? 息も絶え絶えで今にも死にそう? ……知るか!? 二度と、勝ち、何て言えない様に、そんな事すら思えない様に、ついてくるのが馬鹿らしくなるまで引き剥がしてやる!!)



アメルカはまるでチーターの如く駆け出した。

幸い、彼女の殺傷力を持った突進を、受ける生徒は一人もいなかった。


今の時間は、午後二時。

昼御飯を食べ終えた子供達は、地上にある遊具で遊んでいる事だろう。


走って、走って、走って、走る。

音すらも、自分を追えていない。そう感じる程に。

ただひたすらに、走った。




***




倒れた。無様に倒れた。

アメルカはもう限界だった。

廊下に仰向けになって、照明器具を見上げた。この照明の明るさ加減なら、時間は、午後五時ぐらいだろうか?


(……さすがに、やり過ぎましたわ)


頭も冷え、口調も元に戻ったアメルカ。しかし彼女には、この後に地獄が待ちわびている。

そう、帰宅と言う地獄が。


(服も汗でびちょびちょ……本当に! あの男最悪ですわ!!)


汗だくになったのは、全力で走った自分のせいなのだが、しかし、元凶はヴェントなので仕方無い。

その元凶の男の姿は、見えない。


(ふん! 当たり前ですわ! 私とは鍛え方が違いますの! この前の手加減した喧嘩で良い気になった様ですけれど、これで格の違いと言うやつを思い知ればいいですわ!!)


彼女はヴェントを鼻で笑い、しかし、あの男から感じた懐かしさを思い出し、物思いに更ける。


(……あの時感じた懐かしさ。忘れてしまった何かを、大事な何かを、あの男から感じた)


火照った身体を、ヒンヤリとした廊下で冷やしながら、考える。

あの懐かしさは何だったのか。


(……はぁ、きっと勘違い。デジャヴというやつですわ)


勘違いと結論をつけ、息も整ってきたので立ち上がろうとした、その時。

廊下の奥から、誰かの息遣いが聞こえる。そんな馬鹿な、あの男の訳がない。

違うと思いながらも、彼女は立てなかった。まるで金縛りにあった様に。


(そんなのあり得ませんわ! きっと違う人、そうに違いありませんわ!)


その声は、息遣いは遠い。しかし着実に、そして確実に、こっちに向かって来ている。


彼女は立てない。もう息は整った筈なのに、またすぐ走れる筈なのに。


姿が見えた、彼だ。

汗は

もはや流れない程に。

身体は今にも倒れそうな程に。

けれども彼の、目は死んでいない。


アメルカは理解する。

こいつの心は、折れない。

例えどれだけの差があろうが。

例えどれだけの高さがあろうが。

こいつは死ぬまで、前に進むと。

――そう、確信した。


やがて彼は、倒れているアメルカを追い越し、そして自らも倒れた。本当に今にも、死にそうだ。


(何でそこまで……)


自分を追い駆けるのか、アメルカには理解出来ない。

彼の思想が、思考が、信念が。

彼の行動の理由が、理解出来ない。


「あなた、おかしいですわ」


気付けば声は震えていた。怖い、怖い、怖い。

先程まで、あんなに優位だったのに、あんなに圧倒的だったのに。

しかし今は、こんなにも――怖い。

こいつは今は苦しそうな顔をして、自分の前にいる。


(殺してしまいましょうか、こいつ)


彼女はそう思った。

本気でそう思った。

この男は障害になる。

残り日数、二十四日。


(邪魔される訳には、いかない)


彼女の原点、彼女の行動理由。彼女が求める、ただ一つの希望。

それを手に入れる為、彼女は自らの性質を使おうとした。


「おかし……くない……よ?」


しかしその前に、彼は言った。息も絶え絶えで、まだ苦しそうにも関わらず、断言した。

自分の行動は、間違って無いと。

自分の行動は、正しいのだと。

断言、したのだ。


「……いいえ、おかしい! あなたはおかしいですわ!!」


アメルカは起き上がった。跳び跳ねる様に起き上がった。

そして叫んだ。

断言する様に叫んだ。

断罪する様に叫んだ。


ちらりと、横の教室の表記を見る。

【1ー6ーD】。

そこにはそう書かれていたのだ。

一周したのだ。三地区分で、息も絶え絶えだった彼が。

七地区分、走りきったのだ。


「意味がまったくわかりませんわ! あなたは何ですの!? 何でそこまで追い駆けて来ますの!?」


有らん限りの声をぶつける。有らん限りの疑問をぶつける。

気が付けば、アメルカの大声につられて、ちらほらと、Dクラスのメンバーが周りにいた。

しかしそれすらも、どうでも良い。


「……正直に言いますと、今私はあなたに恐怖していますわ。」


声を押さえ、殺気を押さえて言う。今ここには、奴がいる。


「……ごめんなさい」


ヴェントが呟いた。しかしその声はあまりにも小さく、彼女には届かない。


「? ……聞こえませんでしたわ? 何と仰ったのかしら?」


ヴェントはそれに答える様にゆっくりと立ち上がり、彼女の目を見据えて、今度はしっかりと言った。


「ごめんなさい」


今日何度目になるか分からない、困惑。

こんなにも分からない人間は初めて見た。

今までいた男は、もっと単純だった筈だ。

例えばそこにいる男。この前飛び掛かって来た男。

その男は分かる、嫉妬や妬み。

今はましになったが、あの出来事の前なら。

敵意と同じ、視線を向けていた。

しかしこの目の前にいる男は、分からない。

何を考えているのか。

何を思っているのか。

何を、謝っているのか。

追い駆けた事を謝っているのだろうか? いや、違う。

じゃあもしかして。


(この前の出来事を謝っていますの!?)


つまりこいつは、そんな事の為だけに、十地区分、走りきったと言うのか!?


「この前突き飛ばして……ごめんなさい」


ヴェントが続けて言った言葉で、確信が確定に変わった。

単純だった、どの男よりもこいつは。

謝る機会を伺ってただけだった。

しかし、それでも分からない。あの時感じた懐かしさは、原因はいったい何だったんだろう。


「あの……アメルカ?」

「えっ?」


名前を呼ばれて、はっとする。目の前の男は、先程とはうって変わって、不安そうな顔をしている。


「ああ、別に良いですわ」

「許してくれるの?」

「ええ、許してあげますわ」


そうアメルカが言うと、ヴェント笑みを浮かべた。あの出来事の時に浮かべた笑顔。全てに期待されて無いDクラスで、あまりにも場違いな、明るい笑顔。


「ベルン」

「……はぁ、たく。分かってるよ」


ヴェントに促され、ちょうどそこにいた男、ベルンはアメルカの前に出ると、頭を下げた。


「……この前飛び掛かって、悪かった」

「え、ええっと……」


またもやアメルカは困惑する。

今までこんな事、一回も無かった。そんな状況。


「アメルカ」

「…………」


しかしそれでも、分かった。


「……私も、酷い事を言って、ごめんなさい」


きっとこうする事が、正しい事だと。


彼が浮かべる笑顔が、その答えだった。



外の世界まで、後二十四日。




***




この日を境に、アメルカとDクラスは一気に打ち解け始める。

それもその筈、何故ならここには。

同じ境遇。

同じ環境。

同じ結末。

血よりも濃い、絆で繋がった、家族。

誰にも期待されず、誰にも必要にされない。そんな彼等が求めた希望。

例え周りが何と言おうが、彼等にとって、過ごしやすい、楽園。

Dクラス、死を受け入れさえすれば、そこは、彼等にとっての憩いの場。


今回の記録はここまで、次回はまさかの転校生! が、現れるかも知れないね。

多分、きっと、そうなんじゃないかな?


では、次の記録で。












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