記録その五
前回はアメルカの事しか語れなかった。
だから今回の記録では、彼等の生活について、語っていこう。
今回の私は解説者としてではなく、語り部として、語っていこう。
話がそれない様にね。
***
朝が来た。殺風景な部屋に、電気が自動で点く。
殺風景な部屋。タンスに二段ベッドしかない部屋に、彼等はいた。
マットが抜かれ、枕すら無いベッドに。
彼等は毛布で身をくるんで、朝の寒さに耐えている。
ヴェントにベルン。この物語の主役は、今はまだ幸せな微睡みの中にいた。
『ゴーン! ゴーン!』
鐘が鳴る。
今日の鐘を鳴らす当番は〈ハレスチ〉。
前回鐘を鳴らす時は、ギリギリで鳴らしてしまい、散々な目に合った少年だ。
『ゴーン! ゴーン! ゴーン! ゴーン!』
鐘が鳴る。しかし、彼等はまだ起きない。
『ゴーン! ゴーン! ゴーン! ゴーン!』
十回鳴った。そしてようやく、ヴェントは微睡みの中から目を覚ますのだ。
ベルンはまだ寝ている。
そんなベルンを見るたびに、ヴェントは思う事があるのだ。
(よくぞまあ、寝ていられるものだ)
鐘の音は小さく無い。例え、ヴェント達Dクラスの寮が、地下にあったとしても、鐘の音は、十分部屋に届いている。
「ベルン、起きて」
「んっ……後五分」
「駄目……そのせいで前、遅刻しかけた」
ヴェントはベルンを揺する。ベルンは一度目を覚ましたら、後は早い。
「……ああ、良い朝だ!」
ベルンはそう言うと、ぐっ、と伸びをする。そしてヴェントは、
「いつも通りの朝だよ」
と、いつも通りに言うのだ。
例え、後二十七日で捨てられ様とも、彼等の生活は変わらない。
いつも通りに起床。
いつも通りに授業。
いつも通りに遊び。
いつも通りに就寝。
それの繰り返し。
今日もまた、床に散らばった教科書を――ヴェントのはやはり、きちんと揃っていた――持ち、教室に向かって歩き出すのだ。
コンクリートの廊下を、裸足で歩いて。
***
朝の廊下は薄暗い。シェルター内にある照明器具――ただし富裕層、発電機内の建物を除く――は、ちょっとずつ時間を掛けて点く様になっているからだ。
しかもDクラスは地下にある。このシェルター自体が地下にあるのだが、ここで言う地下とは、教育機関の地下ということだ。
シェルターの地面よりも更に下にあるということだ。
故に窓は無く。天井には照明器具の他にダクトが通っている。
昔ヴェントとベルンは、ふざけてダクトに入ろうとして後悔した事がある。
埃まみれだったのだ。
「あーあ、後一ヶ月で捨てられるのに、どうせなら休みにしてくれよな」
「後二十七日だよ、ベルン。とは言え、確かに休みにしてほしいね」
などと文句を言いながら、彼等は薄暗い廊下を歩く。
殺風景な部屋から出てきた彼等は、殺風景な廊下を歩き、殺風景な教室に入るのだ。
全てがコンクリートまみれ。それもその筈。
そもそもここは、教育機関の土台としての機能しか持っていないからだ。つまり、教育機関を造る段階としては、Dクラスと呼ばれるものは無かった。
本来はCクラス。しかし、富裕層の子供達が、一時期、本当に出来が悪かった時期があった。
その事を
、悪い兆候だと深く考えたシェルター内の王は、教育機関に新に、Dクラスを設け。
あえて貧民街で優秀な子供をBクラスにいく様に定めた事によって、富裕層の親、子供達に、努力する様促したのだ。
いくら富裕層の子供だとしても、あまりにも出来が悪ければ、貧民街の子供――ただし、Bクラスの子供に限る――よりも下に見られる。
逆に、貧民街の子供だとしても、出来が良く、優秀ならば、富裕層の子供――ただし、Cクラスの子供に限る――よりも上に見られる。
そこから養子になったり、逆に親子の縁を切られたりする。
Dクラスには関係無い事だが。
「おはよう」
「おはよう、リル」
「おはよーリル」
「いや! 俺は!?」
教室に着いた彼等は、いつも通りクラスメイトに挨拶をする。若干一名、挨拶をされてないが。
「おはよう、ロミー」
「……お、いたのかロミー!」
「いつもお前より先にいるわ!」
そう言いながら、ロミーはベルンに飛び掛かる。
いつも光景だ。いつものじゃれつきだ。
六年間を共にした、彼等なりの挨拶。しかしそれを、快く思わない子供がいる。
今年から――正式には卒業まで残り一ヶ月から――Dクラスに入って来た生徒。
容姿端麗。成績優秀。――しかし何故か、Dクラスに入って来た生徒。
この世界の主役にして、この教室の異端児。
一度二度、そして三度として、周りの価値観が変わった特異な少女。
ロミーとベルンの喧騒を、鬱陶しげに睨む彼女は、しかし我慢の限界だった。
「うるさい」
と、彼女が言葉を発すると、先程の喧騒が嘘の様に静まり返った。
クラスメイトとして、これから共にしていく仲間として、されど彼女は扱いに困る存在だった。
元Aクラス。富裕層の子供。教師にそう説明されて、嫉妬半分、妬み半分。何でお前何かがこんな所にいるんだ? などという視線に晒されながらも彼女は、まるで自分には関係無いと。
無関心にして無関係。
無表情にして無感情。
故に彼女は孤立していた。しかし、それもまた、彼女には関係無い。
何故ならその孤立は、いつも通りの事だから。
――そんな彼女が、言葉を発した。
周りの事など興味の無い彼女が。
周りの事と言うより、周りの人間に興味の無い彼女が。
「うるさいって何だよ」
そんなアメルカに、怒りを籠めて言う。
ベルンは今にも、アメルカに掴みかかりそうだった。
ベルンはアメルカが嫌いだった。
すました態度。見下した目。我関せずのその姿勢。全てが嫌いだった。
まるで、自分が悲劇のヒロインだと言わんばかりの、周りの人間に一切の期待をしないと言わんばかりの。
「うるさいのよ、あんた達。無意味だと思わないの? いつもいつも喧嘩して。それよりも教科書を読んだ方がとっても有意義よ」
「はぁ? 何だよ教科書って、馬鹿にしてんのかよ!?」
アメルカの馬鹿にした態度に、ベルンは怒りの形相で言う。しかし彼女はビビらない。ビビるどころか、ふんっ、と鼻で笑った。
「さすがはDクラス。全てにおいて愚かですこと。……良いですか愚民、私の読書の邪魔はしないでください。後二十七日で死ぬのです。あなた方は、ならば最後の日まで、口を閉じて黙ってください。」
「……! んだとこのクソ女!!」
アメルカのあまりの言い様に、さすがにベルンは我慢出来ず、アメルカに飛び掛かった。が、
「ふんっ」
彼女は、逆にベルンの突進を利用し、彼の身体を組伏せた。
しかし彼女は、もう一人の少年の対処は出来なかった。
「きゃっ!」
などと可愛らしい悲鳴をあげ、アメルカは壁際まで飛ばされた。
「……大丈夫? ベルン」
「……ああ、大丈夫だ」
ヴェントはベルンに手を差し伸べ、ベルンはその手をしっかりと掴む。
「そこまでだよアメルカ」
「……っ!」
ヴェントが制止の声を呼び掛けるも、アメルカには効果は無かった。
アメルカはヴェントに獲物を変え掴みかかった。
しかし、
「残念、僕の性質は粘着だよ?」
ヴェントに掴みかかったアメルカの手が、まるで接着剤でくっつけられたみたいに離れない。
「離せ! Dクラスが!」
「うんそうだよ、君と同じね」
アメルカは叫ぶが、ヴェントは動じない。アメルカの両手は変わらず、ヴェントの身体にくっついたままだ。
「出た! ヴェントの粘着!」
「地味に便利だよね、あれって」
ロミーははしゃぎ、リルはボーとしている。
アメルカは何とか引き剥がそうとするが、引き剥がせない。無理に引き剥がそうとすると、接してる皮膚が剥がれそうで怖い。
(失敗した、こいつとの相性は最悪だ!)
アメルカは自らの性質に思いを馳せながら、しかし、自分の性質がこの状況ではまったく役に立たないと知ると顔を青ざめる。
「ふーん、君も青ざめるんだ。何だ僕達と同じだね」
ヴェントはそう言うと、にこりと笑った。
(……? えっ? 何言ってるの?)
アメルカはヴェントの態度に困惑した。その間にヴェントは、自らの性質を消し、リル達の所に、ゆったりとした動作で戻った。
まるで先程までの喧騒が嘘の様に。
「そういや、ギルの奴も青ざめてたよな!」
ロミーが笑いながら言った。
「ロミーも、ふざけて触った時、青ざめてたよね」
リルがボーとしながら呟いた。
「クソッ! あいつ超つえー!」
ベルンが悔しがりながらも、先程の敵意は消えていた。
「あっ、そうだ」
ヴェントはクルンっ、と振り替えると、いつもの真顔で、アメルカに手を差し伸べる。
「よかったら放課後、一緒に遊ぼうよ」
「……嫌よ!」
これがアメルカとヴェント達Dクラスが、仲良くなっていく切っ掛けである。
外の世界まで、後二十六日。
***
これが、この世界の主役アメルカと、この物語の主役ヴェントの、始めての会合かな? 今まではどちら共、会話すらしてなかったから。
さて、今回の記録はここまでにしておこう。今回の記録にも、新しい言葉が出てきたね。
【王】に【性質】。
これを語るにはそれぞれ別の説明がいるんだけど。まあでも、どちら共、国を思う愛国心が原因だし。
説明するのも簡単かもしれない。……でもそれは次回の記録にしておこう。
では、次の記録で。