記録その四
一人の男が言った。
『女に産まれたかった』
と、そんな事を言ってしまうと、女性の方から非難交合間違い無しなのだが。しかし、彼がその言葉を言ったのが、死の間際だったらどうだろう。言葉のニュアンスも変わるのではないだろうか。
彼の名前は〈ハール〉。およそ百年前に死んだ男だ。彼はシェルターの外に出され、五年間生き延び――死んだ。そんな彼が最後に言った言葉の真意は、シェルター内の価値観にある。
こんな諺がある。
『男子1ドル、女子100ドル』
君の時代には無い諺だろう、それもその筈。
この諺は、シェルター内で生活していくなかで、誰かが言った。つまり、君の時代から二百年と十ちょっと先に生きている誰かが、言った言葉なのだ。
彼は思ったのだろう、もし、自分が女だったら? 兵士にならなかっただろう。シェルターの外に出されなかっただろう。シェルターの外が――こんなに恐ろしいと知る事もなかっただろう。
シェルター内では、子をなせる女性が優遇される。
時代は女尊男卑。
この記録を見ている君は女性だろうか? だとしたらこのシェルター、案外居心地が良いかも知れないね?
***
いきなりこんな話をしてしまい、君は困惑しているかも知れない。しかしこれは、アメルカの境遇を語る為には欠かせない事だ。
彼女は貧民街で育ち、売られた。
何だか貧民街で産まれた子供は、必ず教育機関に売られるみたい。君はそう思ったかもしれない。
いやいや、それは誤解だ。ちゃんと親に育てられてる子供もいる。前回の記録に出ていたミルカがそうだ。
とにかく彼女は、貧民街で親に裏切られたのだ。
自立心の獲得。彼女は周りを信頼しない。
闇だ、彼女の心の中で闇が生まれた。
彼女の悲劇は、続く。
可愛かったのだ、彼女は、可愛かった。
……ところで話は変わるが、君の時代では、『超』とか『マジ』とかを使うのが流行ってるらしいね。私も使ってみようかな。
……すまない、話を戻す。
雪の様な白髪。純銀の様な純白の肌。
ここまで言えば、君は、察したかもしれない。
彼女は、そう、アルビノだったのだ。
ありとあらゆる色素が抜け落ちた人間。
『まるで絵画の様だ!』
とは、彼女を教育機関から、養子として買い取った富裕層の男が言った言葉だ。
君は、知ってるかな? 日本と言う国を。歴史を。
昔の日本では、富裕層と貧乏人で美意識が違う。
貴族と農民では美意識がまったく違うかったそうだ。
このシェルターでもそうなんだ。
富裕層では女尊男卑。
貧民街では男尊女卑。
何でこんな話をしたかって? もちろんこれも、彼女を知る上で必要な事なんだ。
彼女は最初、貧民街で育った。珍しくも美しい、アルビノの少女。そんな彼女に、恋をし、近付く男数知れず。時には、彼女を奪い合う為喧嘩
も起こった。巻き起こった。
そんな喧騒を抑え、彼女の隣に立つ少年がいた。
彼の名は〈ルクード〉。彼女アメルカの義理の兄。
胸に秘めた恋心を隠し、アメルカに兄として接する少年。
アメルカは彼が大好きだった。アメルカを無気味がる両親よりも、好きだった。
依存していた。
頼りにしていた。
その時のアメルカは、貧民街にいながらも
、さながら姫の様な、純真無垢の少女だった。
しかし彼女は、引き剥がされる。義理の兄を、依存関係を、両親の手によって。
もしかしたら叶っていたかもしれない、少年ルクードの恋物語と共に……。
場所は変わって富裕層。
アメルカがまず受けたのは驚愕だった。と言うより、衝撃だった。
美意識の反転。
女の子が殴りあっていた。
男の子が女の子に群がっていた。いや、これは前の状況と同じか。
とにかく、アメルカは、価値観の違いにより孤立する。その時からアメルカは、段々と口数が減っていくのだ。
言葉遣いも男口調になっていくのだ。
もしも彼女が、可愛くなければ。アルビノでなければ。彼女はきっと、BクラスかDクラスに行けた事だろう。
そこで理解者が出来た筈だ。しかし、そうはならなかった。
彼女は知識を磨き、Aクラスに行く。
彼女の友達は、富裕層しか入れない図書館にある
書物のみ。
そしてここから、彼女の物語が始まる。
アメルカという少女の、知的好奇心と冒険心が巻き起こす物語。
彼女もまた、ヴェントと同じく。外の世界に憧れるのだ。
今回はここまで、彼女の事で今回は終わってしまった。
さすがは世界の主役だね。
超スゴい! マジ最高!
……これはさすがに、私らしさが無いね。まあ良いか。
外の世界まで、後二十七日。
では、次の記録で。