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イヴント・オブ・ラヴ  作者: 帯藍窈副
2/17

記録その二

なあベルン、伝えたい事があるんだ。

……あ? 何だよヴェント?


僕は――。




***




「アメルカ、君の言い分を聞こう。これはどういう事かな?」


綺羅びやかな一室、豪勢な机と椅子、豪華な棚に、お客様を向かい入れる為の机とソファーが、部屋真ん中に置いてあるそんな一室に、向き合うように対峙する。二人の女性がいた。

豪勢な椅子に腰掛け、机に肘をのせて相手を睨むように見詰める彼女は、この第一地区教育機関理事長を務めている人物、名前はベロニカ・ラルー。そんな彼女に睨まれながらも、少しも動じず仁王立ちしている少女、名前はアメルカ、アメルカ・ケチャルー。この第一地区教育機関における優秀な生徒。孤児院から驚愕的な早さで知能を磨いてきた異端児。最底辺から最高値まで登り詰めた天才である彼女が、理事長のベロニカに睨まれていた。

それもその筈、学年首席である彼女は、前代未聞の事件を起こした。


「学年首席を誇る君が、全教科のテストゼロ点。これはどういう事だ!」


ベロニカは机を激しく叩くと勢いよく立ち上がった。そんな彼女の視線の前にいる少女は、しかしそれでも憤然とした表情をしたまま言い放つ。


「どういう事も何も、そう言う事ですわベロニカ理事長。……全教科のテストゼロ点、恥ずかしながらそれが私の、努力した結果ですわ」

「ふざけるな! 学年首席の君が、全教科ゼロ点だと? あまりふざけるのもいい加減にしろアメルカ。……君の親御さんから伝言がある。テストの再試験を受けなければ、親子の縁を切るそうだ」


ベロニカは、胸元から取り出した手紙をちらつけながら、脅す様に言う。否、それは脅す様にではなく、最早脅しだった。

まだ十五歳の少女であるアメルカに、親からの庇護を受けられなくなるのは、脅し文句としては効果は抜群だっただろう。

それが普通の少女なら。


「あらそうです事、ならばやはり私は、明日から外界科の教室に通う事になるのですわね。結構、親子の縁を切るなど、寧ろこちらから切りたいぐらいですわ。」


――こんな事で、縁を切る存在など。と、彼女はさして何も感じて無さそうに言った。そんな彼女の言い分を聞いて、理事長は渋々椅子に座り直す。そして少しの間沈黙し、長い溜め息を吐いた。


「……そうか分かった。私からはもう言う事が無い。……アメルカ、君は今から、外界科の校舎に向かってもらう。外界科の教師を務めているリーグ先生に君を連れて行く様に連絡しておく。……正門の所でリーグ先生を待っていなさい」

「分かりましたベロニカ理事長。ではさようなら」


無感情に言い放ちながら、アメルカは退室しようとドアに歩み寄る。しかし、ドアに手をかける瞬間、理事長に呼び止められる。


「――何か?」

「最後に、ケチャルー一家の恩情だ。……君が今着ている服は、君に上げるそうだ。」


最初、何を言われたか分からなかった彼女は、しかしすぐに言われた事を理解し、カッと顔を真っ赤に染めた。そしてドアを思いっきり閉めながら退室していった。


「……君がした事は愚かだよアメルカ。そして君が考えている事も愚かだよ、アメルカ」


激しく閉まるドアにもさして動じず、理事長は、何も感じて無さそうな目をドアに向けながら一人呟いた。しかしその一人言は、顔を真っ赤にしながら憤慨している少女には、届かなかった。




***




ピッと、リモコンのボタンを押してテレビの映像を止める。テレビには先程のアメルカとベロニカのやり取りが流れており、丁度ベロニカが呟いた場面で画面は止まっていた。

場所は変わり、今度はとある教室、リモコンを持つ少女、アカシックレコードこと、お姉ちゃん先生と、教育用の机と椅子に、背筋を伸ばして座っている少女、生徒をしている少女こと、アーカイブ。片や教師にしてお姉ちゃん。片や生徒にして妹。そんな彼女達が、教室一室で向き合っていた。


「さて、アーカイブ、いきなりだけど問題です。このアメルカやベロニカがいるシェルターの外は、一帯どうなっているでしょーか?」


アカシックレコードは、リモコンを片手で弄びながらアーカイブに問いかける。

アーカイブは無表情で、しかしはきはきとした声で返答する。


「はい、お姉ちゃん先生。シェルターの外は、放射能汚染で人間が住めない環境になっている。という事になっています」

「はい、正解でーす。パチパチ」


アカシックレコードは拍手しながら微笑みを浮かべる。そんな彼女の拍手に、無表情ながらも照れくさそうに、アーカイブは俯いた。


「あはは、照れくさそうに俯いちゃって、可愛いねーアーカイブは……そう、シェルターの外は放射能汚染で人間が住めない環境になっている、という事になっている。本当は違うのにね。しかしこのシェルターは、放射能汚染を防ぐ為だけに出来たのかな? はい、アーカイブ」

「はい、お姉ちゃん先生。このシェルターは、遺伝子改良による人間を生態系の頂点に位置する存在にする為の実験施設でもあります」

「そう、遺伝子改造による人間の新たなる能力の取得、つまりは品種改良を行っている訳だこのシェルターで、いやはや、全くもってびっくりだよね」


やれやれ、と顔と手を振りながら、呆れる様にアカシックレコードは言った。


「ではアーカイブ。人間はこのシェルターで生活して凡そ299年経っているのだけれど、人間が手にした新たなる能力と、計画の最終目的ってなーんだ?」

「はい、お姉ちゃん先生。人間が手にした新たなる能力は、自らの体質を六つの性質に自在に変質させる能力、そしてその能力をシェルター内の全住人に取得させる事が、計画の最終目的です」

「おおー、凄い凄い。さすがアーカイブ、実に良い解答だよ」


アカシックレコードは、うんうんと頷きながら言った。そんなアカシックレコードを見詰めながら、アーカイブは無表情ながらも、嬉しそうに顔を赤らめた。


「そう言えば、さっき出てきた外界科ってのは何でしょう? はい、アーカイブ」

「はい、お姉ちゃん先生。外界科とは、シェルターの外を調べる事を表向きの理由にした、不必要な人間を外に廃棄する為の科目です」


残酷な事を言いながらも、アーカイブは無表情のまま、無感情に平淡な声で言った。そんなアーカイブの返答に、にこやかな笑顔を浮かべながら、アカシックレコードは、うんうんと頷く。


「そうです、そしてそんな所にアメルカは行こうとしている。彼女の目的は何なのか、彼女が考えている事は何なのか、ではそれを知る為に映像を続けるね」

「はい、お姉ちゃん先生」


――ポチッとな。と言いながら、アカシックレコードはリモコンのボタンを押す。すると、ベロニカが映っていた画面が動き出し、ベロニカのドアップの顔から、今度はアメルカが廊下を歩く場面が流れ出した。




***




アメルカには、産まれた時から一つの疑問があった。自分以外の人間に対しての疑問。


「何故人間は、平然と家族を捨てる事が出来るんですの?」


正門に行くまでの廊下を歩きながら、彼女は不思議そうに呟く。先程出てきたケチャルー一家の判断が、彼女は本当に分からなかった。――何故、何故彼等は、私を愛してくれないのか。

孤児院で過ごして来た時から、彼女は疑問だった。何故なのか、どうしてなのか、何故……私だったのか。アメルカよりも愚かで、アメルカよりも醜く、けれどアメルカよりも愛されている彼等を見て、彼女は本当に分からなかった。分からなかったが、しかし彼女は、一つの結論を付ける。


「やはり私は、他の人間とは違うのですわ。彼等は私を理解出来ない、私も彼等を理解出来ない様に、なるほど、そうですわね。彼等が私を愛さない様に、私も彼等を愛していませんですの。ならばやはりこれは、そう言う事ですのね」


廊下をゆっくりと優雅に歩きながら、彼女は一人呟く。自分の言った言葉に、一人納得しながら、そうでなければならないと、まるで断定する様に、彼女は呟く。

孤児院の時から、彼女は他人を愛した事が無い。例え孤児院の経営者が、自慢げにアメルカの事を他者に風潮している姿を見ても、彼女は彼を愛する事が出来なかった。例え同級生に愛を叫ばれても、彼女は心を振るわす事が出来なかった。何故なら彼女は、自分と彼等は違う存在と思い込んでいるからだ。自分は他者と違う。その証拠に、他者は自分よりも頭が良くない。自分が平然と出来る事が他者には出来ない。だから彼等は醜くも彼女を妬む事しか出来ない。愚かにも彼女を欲する事しか出来ない。彼女を愛する事など出来やしないのだ。


「本当に愚かですわ。本当に醜くいですわ。彼等何かと私が、同じ訳がありませんわ。私は、賢くも美しく、そして何よりも、私は誰よりも強い。彼等など、必要ありませんわ。ええ、必要ありませんとも」


まるで思い込む様に、自分が愛され無いのは彼等が悪いと言う様に、彼女は呟く。誰もいない廊下を歩きながら。

どこまでも歪んだ思想、あり得ない程に曲がった自己暗示、優秀過ぎたが為の唯我独尊、だからこそ彼女は外界科に行く事を望む。

自分よりも優秀で、自分よりも美しく、自分よりも自分を愛してくれる存在。まだ見ぬ外の世界に、きっといる筈だと思い込んでいるのだ。

例え、外の世界が放射能汚染で、誰もいない荒れ地だとしても、彼女は思い込むのだ。


「まだ誰もいませんわね」


正門に着いた彼女は、周りを見渡す。リーグ先生とやらは、まだ来ておらず、ただ道だけがポツンとそこにある。彼女は空を、否、シェルターの中故に、天井に付いた照明器具を見上げながら、これからについて考えてみる。


(……外界科、学年一愚かにして停滞遺伝子を持つ不必要な人間の集まり……、そう言えば彼等も、私と同じく親に捨てられた人間達とか、まあ私とは違い愚かで醜く人を妬む事しか出来なさそうな人達でしょうけれど、でもまあいいですわ。どうでもいい人達などどうでもいいですし、何でもいい他人など何でもいいですわ)


とは言え、劣悪な環境などごめんですわ。等と思いながら、正門の場所にリーグ先生が来るのを、彼女は大人しく待つ。すると遠くから、馬車が近付いて来て、彼女の前で止まる。

リーグ先生は馬車の扉をゆっくりと開け、アメルカの前に立つ。ぼさぼさの茶髪に、髭は伸び、気だるそうな顔の痩せた男性。第一地区五番街教育機関所属外界科担任。彼こそがリーグ先生、アメルカはそんな彼を見て、あからさまに嫌そうな顔をする。そんな彼女を気にする事も無く、リーグ先生は馬車に乗るよう彼女を促す。


「……チッ、お前がアメルカか、外界科の寮まで案内してやる。早く乗れ」


リーグは軽く舌打ちした後、不機嫌な声で言った。


「……ふん、では案内をよろしくお願いしますの」


アメルカは鼻を鳴らしながら、悠然とした態度で馬車に乗り込んだ。


「じゃあ行くぞ。外界科に着くまでに、外界科における決まりを教えてやる。寝るんじゃねえぞ」

「あらごめんなさい。こんなゴワゴワした座席では、例え寝たくても寝れませんわ」


リーグは彼女の馬鹿にした態度に、舌打ちし、その後馬車を発進させた。リーグの粗悪な態度とは裏腹に、馬車はゆっくりとした速度で発進する。ゆったりと揺れる馬車の中で、アメルカはこれから過ごす事になる外界科が一帯どんな所か考えつつ、窓の外の景色を眺めた。


――もう二度と戻る事が無い、かつての校舎が遠ざかる景色を。




***




第三街、第四街と馬車で通過していき、やがてアメルカは第五街にたどり着いた。


「着いたぞ、ここが今日からお前が過ごす場所だ」

「……ふん、まるで牢獄の様な建物ですこと」


目の前にそびえ立つ外界科の校舎は、まるで牢獄の様だった。シェルターの外壁に隣接する様に建っている建物は、しかし周囲に十メートルはある壁に覆われている。内からも外からも、出る事も入る事も許さないこの建物は、飾り気など皆無なコンクリートで出来ている五階建て、無機質な建物は、アメルカを歓迎する雰囲気すら無い。そんな建物を前にしても、彼女は鼻を鳴らし、怖じけずく事も無く一歩踏み出した。


「……本当に、劣悪な環境ですわね」


校舎内に入りまず感じたのは匂いだった。汗臭さというか、獣臭さというか、とにかく不快な匂いが彼女の鼻を突き抜けた。

彼女は鼻を手で押さえながら廊下を歩く、リーグが案内するのは校舎の場所までであり、彼は正門までアメルカを案内するやいなや、素早く帰宅した。故に彼女は、一人で廊下を歩いていた。

現在の時間は午後9時を回っており、辺りは薄暗い。シェルターの天井に付いてある照明器具も、少しずつ明かりを消し始めていた。このままでは、寮の部屋に着く前に、廊下で一晩過ごす羽目になる。


(……冗談ではありませんわ! こんな固い床で寝るなど、絶対にお断りですわ!)


彼女はそう思いながら、急いで階段を降りる。外界科の寮は校舎の地下にあり、彼女の部屋は地下六階。階段や廊下の照明器具も、シェルターの天井に付いてある照明器具に会わせて、どんどん光源を小さくしていく。このままでは、辺りは暗闇に包まれてしまう。彼女は急ぎ足で階段を駆け降り、そして地下六階に漸く着く事が出来た。彼女は部屋を一つずつ確認していき、やがて、自分の部屋を見つけた。


(……もう真っ暗……電気が切れる前に見つかってよかったですわ)


彼女は安堵の溜め息を吐きながら、扉を開けて部屋に入る。部屋の中は暗闇で、手探りで自分の寝床を探す。四つん這いになりながらも探っていくと、彼女の手に柔らかい物が触れた。サラサラとしたそれはいったい何なのか分からず、彼女は他の部分を触ってみる。


(……サラサラとした毛? に布の感覚、もしかしてここが私の寝床と言うのですの? ……固い床に毛布? だけ、本当に劣悪な環境ですこと)


彼女は急激な環境の変化に溜め息を溢しながらも、自分の寝床で横になる。毛布を引っ張って自分にかけようとするも、何故か引っ張っても引っ張っても、何処かに引っ掛かっているのか、何故か毛布が引っ張れず悪戦苦闘する。


(ああもう、めんどくさいですわ! こうなったら抱き枕として使いますわ。……あら? 何だかこの毛布、暖かいですわ?)


やけになった彼女は、毛布に抱き着き、何故か暖かみのある毛布に疑問を感じながらも、やがて微睡みの中に落ちていった。




***


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