鳥将軍の二合殺しは深い闇 その4
「あっそうだ。昼前に鳥将軍の大将が来ましたよ」
「吉蔵が?」
「はい。店に顔を出してくれって言ってました。新潟の地酒が入ったらしいです」
「なに、新潟の地酒とな?」
「行きますか?」
「もちろんじゃ」
と、いうことで、俺たちは鳥将軍に向かった。
商店街を抜けて花屋の角を曲がる。この通りには、食堂や飲み屋がたくさんある。鳥将軍はその通りの真ん中くらいにある。間口は狭いけど奥行きがある古い店だ。
「まだ始まってませんね」
時計を見ると、まだ五時前。鳥将軍のオープンは六時。早すぎた。
「かまわん。入るぞ」
爺ちゃんは戸を開けて入って行った。
「おう、吉蔵。新潟の地酒が入ったそうじゃな?」
「権蔵じゃないか。さっそく来てくれたのかい」
「当たり前じゃ。早く酒を出せ」
「まだ準備中だよ。一時間くらいしてから来てくれ」
「何をしておるのじゃ?」
「見ればわかるだろう。串打ちだよ。まだ酒の仕込みも終わってない」
「ワシらも手伝ってやる。伸も手を洗え」
「俺、串打ちなんてしたことないですけど」
「鍼を打つのも、串を打つのも同じようなものじゃ。早くしろ」
ここで逆らうと、爺ちゃんがへそを曲げて、焼き鳥を腹いっぱい食べる俺の計画が危うくなる。俺は根がカシコイから、笑顔で対応だ。
手を洗ってカウンターの向こうへ。爺ちゃんは黙って座敷に上がり、あぐらをかいた。
座敷には、高級そうな日本酒の空きビンと、コンビニでよく見かける紙パックの酒が並んでいた。
爺ちゃんは紙パックの酒を高い酒の空きビンに注ぎ始めた。
安い酒を高い酒に偽装……見てはいけない汚れた世界、ゆがんだ営業努力。
いけない! 爺ちゃんと目が合ってしまった。
「伸、何か文句あるのか?」
「いや、あの……文句なんて……何をしているのかなーと思って」
「これは、この店の秘伝、二合殺しじゃ」
「なんですか、そのコワイ名前は」
「酒を二合飲んだら、そのあとは味がわからなくなる。そういうお客に出すのが、二合殺しじゃ。一番安い酒でもお客は満足。一番高い酒と同じ料金を払うから店も潤う。ウインウインの関係じゃ」
恐ろしい。自分の悪事を正当化する悪の理論。
戦後の焼け野原を生き抜いた爺ちゃんたちの底知れぬ闇。
こういう闇には深入りしないのが俺流。